TARGET35 会合、衝突?
「私、聞いてしまったんです」
生徒会室での昼食中、他愛のない会話が途切れた一瞬の沈黙を埋めるように、愛は突然語り始めた。
「一体何をです?」
「暑さと二条ロスでおかしくなったか?」
「ま、まあまあ。とりあえず聞きましょうか…」
純粋に聞き返す梓弓。面倒そうに毒づく八束を結衣が苦笑いで宥めると、愛は満足げに、そして得意げに話し始めたのだった。
「最近、お父様とお兄様がこそこそ本部へ足を運んでいたのでずっと気になっていたんです。私を置き去りにして何か楽しいことをしていたらずるいと思いまして。尾行や盗み聞き作戦の末、私は衝撃の事実に辿りついてしまったのです!」
「そ、その事実とは…?」
その場にいる皆が固唾をのんで見守る中、今度は耳を寄せるよう指示し、内緒話の形をつくった。
「ここからは他言無用です。実は…今回私たちの出る新人戦が、革命軍に狙われているらしいんです!」
「えっ…そんむぐぐ」
「大きい声を出してはいけません。これは世間にも公表されていない案件なんですから、当然内密に」
「会長が知ってしまった時点でまずいと思うんですが」
「だから二条さんと宇田川先生は、学校を休んで仕事をしていると。合点がいきますね」
うんうんと頷き、ドヤ顔のまま立ち上がる。机を強く叩き、声高らかに宣言した。
「そこで! 私たちも秘密裏に動き、一緒に新人戦を救うというのはどうでしょう?!」
愛の提案には終始驚くことしかできなかった。何せこれは命令外の活動、命令違反と咎められる可能性も大いにある。いくら西東京の権力者とはいえ、それなりの罰が下されるだろう。ちょっと近くのファミレスに行こう、というような軽い話ではない。それでも、もしそれができるのなら。
GSOに貢献できるのなら、と。結衣は無言で、しかし希望とやる気に満ちた表情で頷いた。
「やりましょう! 私たちにできることなら! なあ智樹」
「いや。あまり動かない方がいいんじゃ…」
「や・る・の・よ?」
「お前最近強情すぎない?」
まず4人は動くことになった。他に誘う人物としては、一人しかいないだろう。昼休みは耳が痛いからと、ひとり屋上で昼食を摂っている少年。この学校に在学する能力者の一人でもある―――
「やめといた方がいいと思うよ」
舞い上がる気分を至って冷静に落としたのは、事前にそのことを知っていた少年。城島 忍である。冷たい返答に皆の闘志も一気に下がった。
「どうしてですか?! ここで活躍しないと、もしかしたら新人戦が中止になってしまうのかもしれませんよ?!」
「そりゃそうだけど…」
忍は知っている。この学校のどこかに必ず危険が潜んでいる。あのとき彼に語りかけてきた謎の男は、間違いなく今回の騒動に関わっている。だから学校ではなるべく慎重に動いてほしいのだ。ほしいのだが、八束以外は確実にいうことを聞いてくれなさそうだ。ここはふりだけして早々に諦めさせるのが得策か、と忍は決意する。
「しょうがないな…」
「忍?!」
「ただし、必ず僕と一緒に行動すること。危険だと思ったらすぐに退くこと。それを守れるなら、いいですよ」
ちらりと彼女らを見ると、オーバーなのではと思うほど喜んでいた。それだけ、いまは動きたくてしょうがなかったのだろう。戦闘員といえ、一般学生まで駆り立てるほどの緊急事態はそうそうない。この窮地を救いたいのはここにいる誰もが思っていることだ。少しでも貢献できるのなら、これ以上ない名誉である。
この前向きな気持ちで状況も好転するだろうと推察していた。しかし
この判断が、この騒動の展開を大きく変えることになるとは、知る由もなかった。
☆
会議室の自動ドアが開くと、まだ集合時間の10分前にも関わらず、中には既に他のメンバーが集まっていた。やっと来たかという溜め息を漏らす者もおり、なんだか遅刻をした気分になった。
道師さんが座れと催促し、急いで自分たちの席に着いた。背後からコップが目の前に置かれ、冷たい茶を注がれる。それと同時に、会議は始まった。
「では、全員揃ったので前倒しで予定を進める。まずは現状報告を頼む。二条・宇田川ペアから」
呼ばれると、まだ眠そうな顔をした隼人センパイが重い腰を持ちあげ、いつもの気だるげな口調で報告を始めた。
「…現段階で目立った動きはなし。奇怪な事件も1つとして報告されていない。数週間前の陽動が嘘みてえにな。怪しい外国絡みの暴力団は、紅麗組に協力を要請し、その場で快諾してくれた。今頃街中を暴れまわってるだろうな」
最後の一言に反応したのは、京都から派遣された内のひとり、鶴見 美香である。眉を吊り上げ、声を荒げて反論した。
「待って下さい。GSOの承認があるとはいえ、警察はその暴動を見逃すはずがありません。もしも調査を邪魔された場合、どう対応するおつもりでしょうか?」
美香さんが道師さんへ視線を投げると、返答したのはその隣に座る弥生さん。
「安心してください。警察に関してはこの弥生さんが話を通してきましたよ~弥生のお願いなら、警察さんは何でも聞いてくれちゃうんだ♪」
予想外の返答に唖然とする美香さん。道師さんが呆れた表情を浮かべつつ、語弊だらけのそれに情報を加える。
「正確には、こいつと現警察のトップの間には込み入った事情があってな。何年か前、警察のお偉いさんと酒の席をご一緒することになり、GSOから私と弥生他数名が出席した。そのとき向こうのトップが随分と弥生を気に入ったらしく、酔った勢いで手を出し、そのままホテルまで持ち帰ろうとする大惨事が発生。その事件を一撃必殺の宝剣の如く振りかざし、いままで交渉が上手くいかなかったことはない。という話だ」
隣でとぼけた表情をつくる弥生さんを見て、一同が冷めた視線を送る。本当にこんな適当そうな若い女性が、現東東京代表の秘書を務めているとは…仕事のときは真面目なんです。仕事は。
「東京って意外と大雑把なんですね…」
「西東京は至って真面目だぞ、一緒にするな」
「京都は大変なんですよ。なかなか警察がいうことを聞いてくれないので、仕方なく武力行使を」
「京都も対外じゃないか」
今日も忙しそうな偉い人たちを、私と隼人センパイは遠目に眺め、その様子を観察していた。アホらしいと呟いたのは報告しないであげよう。
この一見平和な光景を見ていると、いまが窮地にあることを忘れてしまう。むしろ、平和であったらどれだけこの気持ちが軽くなることか。しかしそれは容易に想像ができてしまう。
ただ心優しく、それでいてときには厳しくありながら強く人々を引っ張るその先導者たちが、何の緊張感もなくそれぞれの苦労談を話しているのなら、心の底から笑うことができるだろう。
「そういえば二条とは初対面だったな。彼女は京都支部から派遣された鶴見 美香。隣が鶴見 アギトだ」
「はじめまして二条さん。噂は聞いているわ。今回の仕事、一緒に頑張りましょう」
「はい。よろしくお願いします」
ふと、美香さんの隣に座るアギトという少年に目を向けると、とても友好的ではない、刺々しい視線が向けられていた。思わず委縮してしまうが、なんとか笑って返す。
「アギトさんも、どうぞよろしく…」
「…お前が隼人さんの新しいパートナーか。思ったより弱そうだな、あんたのパートナーを務めるには、荷が重そうに見えるな」
思いがけぬ言葉が心にぐさりと刺さる。弱いはともかく、ふさわしくないといわれるのは少々応えるものがあった。痛くはないけど、モヤモヤする…
「ほーう。言うようになったじゃねえか。京都に行って少しは丸くなったと聞いていたが、相変わらずで安心したよ。だがな、てめえの目は間違ってる。こいつはてめえの思っている以上に優秀だぞ? バカなのはどうしようもねえが」
「隼人センパイは私を一概に褒めることはできないんですか?」
つんとそっぽを向く隼人センパイにむくれていると、勢いよく椅子を吹き飛ばす音に驚き、少年の方へ向き直る。
「ほう…隼人さんがそこまで言うなら気になってきた。いまから俺と勝負しねえか?」
唐突な提案に、会議室がざわつく。それも当然、いまはまだ会議中なのである。
唖然としたのち、慌てて美香さんがアギトさんの頭を上から押さえつけ、机に叩きつける。
「アギト。あんたいまの状況わかってるの?! 場を慎みなさいとあれほど言ったのに、どうしてこう」
「許可する。」
美香さんの説教を遮ったのは、他でもない代表の道師さんだった。会議室はさらなる混沌が巻き起こる。
「道師さん、何を言い出すんですか?!」
「ちょうど模擬戦場も空いているし、時間も余っている。なによりメンバー最年少二人組の模擬戦だ。どこまで戦えるのか、見てみたいとは思わないか?」
無表情の裏に輝く何かをちらつかせながら、そう言い放った。
なにより、この状況にまったくついていけない。助け舟であり、恐らく元凶となった隼人センパイを見てみると、こちらも面白そうに顔をニヤつかせている。
「いい機会だ。特訓中のアレを試すには、ちょうどいいんじゃないか?」
「隼人センパイ…あまりに無責任です」
こうして、私とアギトさんによる『新人戦』が幕を開けた。
もう、どうにでもなれ!




