第四十四話 出会うは敵か見方か
神殿の奥深く、階層にして3層目にあたる場所に奇妙な2人組みが居た。
片方は大男で全身鎧、背には大きな両刃のバトルアックスを背負っている。
もう1人は外套を被っていて顔は見えないが、覆い隠す外套からも解る起伏が女性とわかる。
2人は侵入者の気配を感じて、此処まで逃げてきていたのだ。
そして戦力の確認と、万が一手練がいた場合に備え此処を選んだ。
目の前には重厚やドアがあり、それを2人は息を潜めて眺めている。
「もう少しでありんす、じっとしていてくんなんし」
女の言葉に無言で鎧の男は頷く。
ドアから離れた石柱の1本に身を隠して見付からないようにする。
コツコツコツ
次第に近付く足音に、女の警告が飛ぶ。
石柱の影から、こっそりと様子を伺う2人。
「見なんし・・・」
女が指差す方向に、4つの人影が浮かび上がる。
若い戦士と、重厚な鎧を付けた背の低い戦士。
その後ろには聖職者の姿をした女性と、老いたローブの男。
PTを組んでいることは見て取れる。
問題は、彼らが敵か味方かだ。
薄暗がりの中、辛うじて見える特徴からそう判断した。
鎧の男は余りはっきりと見えていないようで、しきりに侵入者と女を見比べている。
「敵・・・じゃありんせんようです・・・」
女がそう答える。
其の答えに鎧の男は安堵して、女の頭を撫でて労をねぎらっている。
女は何処か照れ臭そうにしながら、鎧の男の撫でる手に身を任せている。
更に暫く観察して見える人影は、どうやら冒険者のようだ。
相手の正体が解って来ると、此の後如何するか考える女。
此処は忠告すべきだろうか?
いや、その前にどうやって相手の前に出る?
逃げる事で頭が一杯だった女は、相手が敵で無い場合の対処を考えていなかった。
判断を決め兼ねてマゴマゴしていると、若い戦士が躊躇なく扉に手を触れる。
拙い!
女は警戒心も無く扉に触れた男に驚く。
罠の存在を疑わない行動に、思わず声が漏れた。
普通こういった場所のドアに、軽々しく触れる奴なのど論外だ。
「あ・・・」
女の小さく呆れた小声が室内に漏れる。
決して小さな声ではなかったので、案の定向こうに気が付かれた。
一斉に此方に向く4つの人影。
「誰だ!!」
若い戦士が代表して、女に問う。
声を上げた若い戦士を前衛にして、警戒の陣をとる人影のPT。
其の様子に、此方の鎧の男も背中のバトルアックスを手に掛けている。
女は警戒された事に悔やみながらも、意を決して姿を現す。
多分、早く行動しないと大変な事になるからだ。
女が姿を現すと、若い戦士の触れたドアに変化が現れる。
ドアの縁が輝き、徐々に開いていく。
ギギギイギイイイイ
重厚なドアは、不気味な低音を響かせて内開きに動いてく。
ゆっくりと開くドアを見て、女は其処から出てくるであろう存在を恐れ、若い戦士のPTメンバーに警告を飛ばす。
「逃げてくんなまし!!」
ドアが開く音が響く中、女の叫びに人影達は戸惑っている。
女を警戒しつつも、人影達は何事かとドアの方を見て驚愕していた。
ドアの向こうに居るものを確認して慌てふためく人影達。
それもその筈、ドアの中に居るのは女が知る最凶の存在。
それがドアの中から姿を現していく。
ガアアアアアアアアアアア!!!
開け切らないドアの隙間から、魂を抜かれるような咆哮が聞こえてきた。
女が一度挑んで失敗し、何とかこの階層を脱出して事無きを得た者。
だからこそ知っている其の存在に、若い戦士のPTメンバーでは耐え切れない事を悟る。
「っく・・・助けんしょう!!」
横に居る鎧の男に声を掛け、飛び出す女。
鎧の男は、飛び出す女を見て斧に手を掛けていない空いた左手で後頭部をガシガシと掻く。
掻いた後、仕方ないと言わんばかりに女の後を追って行った。
ドアが開くと、その奥から巨大な体躯が姿を現す。
人影の1人、オイゲンが呻く。
「そうか、やはり本当じゃったか・・・」
「オイゲン、やっぱ此れって」
「うむ、最悪じゃの~まさかこんなのが守り手とはの・・・」
オイゲン達や女の前に全身を現す其の存在の名は鵺。
猪を思わせる背中の隆起に虎の胴体と四肢。
靡く鬣の中には猿の顔。
そして尻尾は頭とは別に行動する蛇がいる。
天孤と並び恐れられる獣の高位ランクにして雷を操る雷獣の王。
それが、この建物の最下層において現れたのである。
オイゲン達は、女の事を放置して鵺に向って戦闘態勢を整える。
クロードが剣を抜き丸いバックラーを構える。
ジモンは全身の鎧を盾に、ハルバードを振り回す。
其の後ろで、オイゲンは魔法を唱え出し、ビアーチェも神聖魔法で支援を掛ける。
鵺を警戒しつつ、オイゲン達はジリジリと後退する。
オイゲン達も無駄な戦闘で命を落とす気はない。
此処は一旦引く為に、隙を伺っているのだ。
女は叫びながら近付く。
「こなたの フロアーを出たら上の階まで追ってきんせん!!」
その言葉にオイゲンが反応する。
「本当かの!!」
「嘘は付いておりんせん !!奴は此の階でしか動けんせん!!」
「ぬ・・・しかし逃げ切れるかの?」
「今は信じてくんなまし、わっち が援護いたしんするによって 、走って逃げてくんなまし!!」
「わかった!!」
オイゲン達は鵺を警戒しつつ、早足で後ろ歩きしながら後退する。
オイゲン達と鵺の間に割込んだ女は、聞きなれない呪文を唱える。
「我が眷族にして常世の闇に潜む同胞よ。我が願いによりて再び現世に蘇らん。【サモン・ダークエゼアルシト】!!」
女の呪文が完成すると、床に広がる赤い魔法陣から次々と武装した黒いワードック湧き出す。
器用に2足歩行を行う黒いワードックは、右手に三日月型に反ったハルペーを持ち、左手に丸いバックラーを装備している。
上半身には軽装の皮鎧を身に纏い、腰に皮の尻当てを付け前垂れが付いている。
地球で言う所の『アヌビス』に似た姿だ。
女の詠唱により召還された黒いワードックは全部で20体はいる。
それが一気に鵺に向かって襲い掛かって行った。
それから更に、女は追加の魔法を唱える。
「闇より来たれ見えなき闇夜よ、全ての光を消し去り辺りを覆いつくせ【イロウションシャドウ】」
此れはオイゲンでも知る呪文。
闇魔法の1つで、相手に対して目暗ましを行うものだ。
「さあ今の内です、走って逃げてくんなまし !!」
女の言葉に頷き、上の階に上がる階段に向って走るオイゲン達。
そこに女と鎧の男も追随して、一気に階段へと向かう。
後ろでは、足止めに必死な黒いワードックが黒い空間の中で戦う音だけが響く。
時折魔法で暗黒と化した空間に、閃光が走る。
鵺の雷が、暗黒を切り裂いているのだ。
本来なら光を見えなくする【イロウションシャドウ】なのに、その効果を発揮出来ていない。
それ程までに強力な雷を、鵺は操っているのが解る。
「そんな に時間稼ぎは出来んせん 、早よう逃げてくんなまし !!」
女の悲痛な叫びに、オイゲン達は足を速める。
階段にさしかかる頃には、黒いワードックは倒され【イロウションシャドウ】もなくなっていた。
「早よう!!」
後ろに迫る鵺の気配を感じながら、女とオイゲン達は階段を上っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
此の状況はなんだろう?
俺は目の前にいるオイゲン達と見知らぬ2人組みを向かえて、皆を労っている最中だ。
朝に別れてから、随分時間も経ち夕方あたりだろうか。
建物に入った直ぐの空けた一角で、優雅に野営セットを展開していた俺達の所に走ってくるオイゲン達を見つけたのは1時間ほど前。
余程必死に走っていたのか、皆疲れ果てて肩で息をしていた。
俺を見てオイゲンは安堵したようだが、クロード達は逆に罰の悪そうな顔をしていたのが印象的だった。
しかも、其の後ろから知らない2人組みまで付いてきている。
何が何やら解らないまま、俺はオイゲン達を迎え入れ彼らの為にお茶を振る舞い、イリスが回復魔法をかけるといった状況になった。
大した怪我も無く、オイゲン達も落ち着きを取り戻してるが、後ろの2人組みへの対処をどうするかが問題だった。
特に鎧を着た大男の態度が怪しかった。
俺達を見た途端、ワナワナと震え出し手を前に突き出して近付こうとして近付かないを繰り返す。
正直、キモイの一言だった。
俺達の訝る姿に正気を戻した鎧の大男は、何か項垂れてスゴスゴと離れてくれたが何がしたかったのだろう。
それに、外套を被っている人物も変だった。
話し掛けられた時、俺は耳を疑った。
貴方は何でそんな廓言葉を話すんですか?!っと。
しかもその廓言葉も正確なのか解らない。
なんせ俺自身が廓言葉に精通している訳も無く、かといって異世界での言語でもある。
確か江戸時代でも明和、安永と来て天保まで其々に違いがあり、廓ごとに違いがある言葉を全部知っている訳ではない。
だから、珍妙な話し方に改めて驚かされるのだ。
「始めまして、わっちはアリスと申しんす。こちはア・・・」
「・・・・・」
「・・・ふむ、そうでありんすか、それはそうでありんすが、主よ良いのでありんすか ?」
「・・・・・」
「いや、でありんすが主の気持ちを考えると・・・そうでありんすか・・・ではそうしんす」
「・・・・・」
「コホン!こちはア・・・ア・・・そうじゃアヒムと申しんす。怪しい者ではありんせんどうか敵意をお収めくんなまし」
と如何にも怪しさ満点な事を言われた。
というか、アリスよもう少し何とかならなかったのか?怪し過ぎだろう。
多分、アリスは本名だろう。
だが紹介された大男は何か隠されている。
俺はじっと疑いの目をアリスに向けていると。
居た堪れなくなったのか、アリスは狼狽して良い訳をしてきた。
「ま・・・真でありんす、何もか・・・隠し事なんてありんせん!こちがアヒムじゃ、偽名などではありんせんよ?そ・・・そんなにわっちをみ・・・見ないでくんなまし・・・」
両手を左右に大きく振り、嘘は言ってないとジェスチャーも交えるアリス。
頭も大きく頭を振るので、外套の隙間から美しい金髪が零れて見え隠れする。
しかも手を振る度に、豊かな胸もブルンブルンと揺れている。
大きい・・・
何時の間にか俺の目が胸に行っていた様だ。
後ろから2つのどす黒いオーラが迫ってきてハッとする。
「ラ~~~~ル~~~~~ス~~~~~!」
「お~~~兄~~~~!!」
アリスを追求する事が頓挫し、俺はイリスとセフィリアに詰め寄られた。
俺の疑いに満ちた視線をかわしたアリスはホッと息を吐き、何事も無かったように座るのだった。
暫く俺とイリス、セフィリアの押し問答が会った後、落ち着いたオイゲン達がアリスに話しかける。
「まずは、礼を言おう。助けてくれてありがとうじゃ」
オイゲンがアリスに向って頭を下げる。
「わっちも悪い所がありんすぇ。どうか頭を上げてくんなまし」
「ふむ、何故じゃ」
「それは・・・その・・・わっち達を追って来んした 敵だと思っていんした。その為、早めに用心を促す事が出来無かったんでありんす」
「追われておったのか?何故じゃ」
「・・・あ・・・その・・・」
オイゲンに突っ込まれてシドロモドロニなるアリス。
どうやらこの女性は人との会話や嘘を付くことに慣れていないようだ。
「そ・・・その・・・わっちは雷の巫女でありんす・・・アーリラダ王国から来んした神祖でありんす」
突然の告白に、オイゲン達は目を見開く。
「神祖・・・じゃと!」
「まじかよ!神祖がなんでこんな所に!」
「っく!神と敵対する存在に助けられるなんて!」
一同の恐怖に満ちた目がアリスに注がれる。
「ご・・・誤解があると思いんす。わっちは危険な存在ではありんせん・・・どうか怒りんせんでくんなまし・・・後生でありんす・・・」
オイゲン達の忌避する視線と殺気に、アリスは身を震わせ脅えている。
神祖がこんなにもか弱い事に、俺は吃驚する。
だって、神祖ってめっちゃプライドがが高く、高慢で強大な力を持つ存在だと思っている。
なのに目の前には、脅えて小さくなる女性が目に映る。
何この苛められっ子オーラは・・・
そんな脅える女性に、離れていた鎧の男が動いた。
彼女を守るように立ちはだかり、オイゲン達に向き合うのだ。
「ア・・・ア・・・アヒム、手荒な事はしないでくんなまし・・・おゆるしなんし・・・おゆるしなんし」
必死に頭を抱えて強張る女性に、気勢を削がれるオイゲン達。
俺も余りの脅えように、女性が可哀想になって声を掛ける。
「アリスさん、もしよかったら事情を話してくれませんか?そうすれば少しは皆も落ち着くと思うのですが」
すると、俺を外套の隙間から覗き込んで来るアリス。
俺が敵意を見せていないか、確認するように上目使いで見てくる。
其の目には大粒の涙が溜まっていて、今にも零れそうだった。
そしてその瞬間、俺は彼女の顔が見えた。
年の頃は15歳くらい?
イリスよりは多少幼く見えるが、顔つきは柔らかく儚げだ。
肌は白く髪は緩やかに大きなウエーブを作る輝く金髪。
目は赤く輝き、睫毛も長い。
唇は薄っすらと赤みを帯び、紅玉の如き輝きがある。
どちらかと言えば可愛らしいという言葉が似合あう顔だった。
「グス・・・グスン・・・苛めんせんでありんすか?」
「ああ、苛めないよ。大丈夫、お話しようか」
「・・・ズズ・・・グスン・・・真でありんすか?絶対に苛めんせんかぇ?・・・グスグス 」
「ああ、苛めないよ」
「そうでありんすか♪でありんしたら貴方とならお話したいと思いんす・・・♡」
いや、ちょ!
チョロイン過ぎるだろう。
またもや後ろから迫る気配に、冷や汗を掻きながら俺はアリスと話し出した。
「どうして追われていたの?」
「それは・・・」
アリスの話を聞き、ようやく何かが繋がって来た。




