第四十話 神とエクストラヒール
俺は白い空間に居た。
何処か懐かしい感じのする空間で、独り寝転がっている。
体は何時もと変わらない。
確かワイバーンとの戦闘でグチャグチャになってなかったっけ?
潰された筈の右手をワキワキしながら考える。
あの後どうなったのか?
考えようとするも思考がクリアーにならず、どうしていいか、どうするか思い付かない。
何も考えが纏まらず、何もする事無く時間だけが過ぎて言った。
随分時間が経ってから、突然聞き覚えのある声が俺に向って話しかけてきた。
「お久しぶり彰人さん」
声はすれども姿は見えず。
そういえば何処かでこんな事があった気もするが思い出せない。
誰だっけ?
「おや、随分とつれないですね。まあ仕方ありませんか混乱から抜け出せていないようですし」
何故知らぬ人につれないと言われるのか?
「すいませんが、何方ですか?」
「え?いやはや此処までラルスに成り切っているとは・・・意外にミースを楽しんでくれているようですね」
そうだ、俺はラルスだ。
何かを守る為に、俺はボロボロになるまで必死に戦っていたはず。
なのに世界を楽しいんでいるなんて、勝手な事を言うものだ。
「楽しむ所か、随分苦労してますけど?」
「ははっは、まあ人生ハードモードの開始だったしね~。でも余裕だったでしょ?」
ふむ、この声の主は俺を随分と知っているようだ。
「余裕は・・・無い、それに大切な人を沢山失った」
「あ~それは普通じゃないですかね?前世の世界じゃ平和すぎて実感ないでしょうが、本来死は身近なもの。延命が過ぎる貴方の世界の方が異常なんですけどね」
前世?
俺はラルス、ミースで奴隷の子だった存在。
イリスという姉がいて、セフィリアと言う妹がいる。
大切な家族だ。
家族?
そう言えば、俺には真理という妹もいたような・・・
何時?
ラルスになる前・・・日本?
段々クリアーになってくる思考に、俺は事態を把握した。
「な!お前は神か!」
「おや、やっと思い出してくれましたか。いやはやこのままだったらお話出来なくなると焦っていましたよ」
随分と、そう12年以上も音沙汰無かった神との再会に、俺は驚き戸惑っていた。
「で、今更なんの用だ?」
「ああ、正気に戻ってくれたんですね~じゃあちょっとお話しましょうか」
「手短に頼む。早くイリスとセフィリアの所に帰らないと心配しているだろうから」
「まあまあ、此の世界では時間は関係ありませんから、安心して話し込みましょう」
「そうなのか?」
「ええ、それと此処で話した事は記憶に残る事はないので。気を張ることも無いですよ」
サラっと言ってのけるが結構重要な事だぞ、記憶が残らないというのは。
それに、何故此処に俺がまた連れ込まれたのかも不安になる。
死んでしまったのだろうか?
すると俺はもうイリスとセフィリアと会えないのだろうか?
「あ、彰人さんはまだ死んでないから大丈夫です。ただ生死の境を彷徨ってるだけですから。まあ、そのお陰で、こうして久しぶりに君の成長を確認してお話が出来るんですがね」
心を読むのか?
「面倒なんでね」
思考するのもバカらしくなたので、単刀直入に話すことにした。
「っで、話はなんだ?」
「えっとね、彰人さん。君は【異界の融合術】を発動させたようだから、その説明かな?」
「記憶に残らないのに説明とか、可笑しいと思わないのか」
「あ~まあ、記憶に残らないけど、何ていうか此処で会話する事で君の不安は取り払われるからかな」
「不安?」
「っそ、何処で何で何の為に【異界の融合術】を手に入れたのかと言うね」
「意味が解らない」
「はっはは、得体の知れないスキルという不安は取り払われるからそれで良いじゃない」
「・・・・」
「あ、相変わらず嫌な顔をするね~。でも勝手に話しておくよ」
相変わらず身勝手に話を進める神に呆れながら、俺は話を聞く事にする。
「君のいた世界にも神はいるんだよ。其の中でも強いのは、地球の生命を司るフィシスという女神なんだよ。地球じゃ動物の王と呼ばれているけどね。っで、その女神が彰人さんをミースに転生させるにあたって、【異界の種子】を内緒で付けていたんだよ」
「内緒だって?なんでそんな面倒な事を」
「それは私も解らないよ。だだ、彼女曰く『進化をもたらす者』として贈ったそうだよ」
「・・・っで、その進化ってなんだ?」
俺は思わず神の話に食いついてしまった。
「彰人さんはミースと地球の違いが解りますか?」
「そりゃー魔法があって、亜人がいて魔物がいる。後は社会が封建制度のままってところじゃないか?」
「もちろんそれはそうですが、ミースと地球の人類の歴史に費やした時間は然程変わらないんですよ。なら何故貴方達の地球はあんなに発展しているんでしょうね?」
「それは・・・」
神の言葉に考え込む。
確かに同じ時間を経過した人類がいて、何故か他方だけ発展できたのか。
色々要因はあると思うが、それにしても文化LVに雲泥の差が出るのは何故だろう?
「やっぱ気が付きませんよね。仕方が無い事ですよ、何せ彰人さんはソレを普通に持っているんですから当たり前です。普段から何気なく使っている物に自分自身では気付かないものです」
俺が当たり前に持っているもの?
何だ?
地球の人類にあって、ミースの人類に無いもの??
「ええ、それは彰人さんが発現させた【異界の融合術】に関連しています」
「どういう事だ」
「簡単ですよ。彰人さん達地球人は、何かをする度に必ず工夫をしますよね」
「当たり前じゃないか。ミースでだって工夫はするだろう?」
「そうですね、確かに工夫しています。でも根本が違うんですよ。火を起こす事を例えれば、地球では初めに木を擦る摩擦熱から始まり、今ではライターを作り出すまでに発展した。しかも誰でも直ぐに労力をほぼ使わずに」
「あ、そうだな」
「じゃあミースはどうでしょう?」
「火魔法があるだろう」
「そうです、そこが問題なんです。火を起こすには火魔法を覚える。では覚えられない人はどうするんでしょう?簡単です。火を起こせる人に頼めば良い。もしくは火魔法で火を起こす商売に金を払えば良いっとなるんです」
「どこがダメなんだ?」
「それでは何も発展しない。魔法を覚える努力だけが一般化され、道具を良くすると言った事や、快適な環境を手に入れる為に新しい発見を追及するといった事を全くしない」
「・・・・」
「更に言えば、新しい何かをしたい時には、必ずその目的に合った新しい魔法の作り出そうとしてしまうのです。しかも目的の系統に合った魔法をより高度に洗練させるようにしてね」
「でもそれだったら魔法が発展して良いじゃないか」
「ええ、其の通りです。でも其の割には魔法による文化水準の向上は認められませんよね?」
「確かに・・・」
「そう、彰人さん達地球人は、あらゆる物事を全て複合的に取り入れて、より良いものを作り出す事を当然のように出来てしまいす。科学・文化・政治など数え切れない分野において。本来の基になるものに異なる分野で培ったものを複合させ融合させる。そうして全く新しいものを作り出す。だからこそ此処までの発展が手に入れられたのです」
「それがミースには無いのか・・・」
「ええ、魔法に自然科学を合わせるだけでどれ程の発展が望めるかもしれないのに、誰も其の事を試そうとも思いません。むしろ気付きすらもしない」
異世界ミースが何故中世世界を延々と続けているのか。
その疑問の答えが、神の言葉で理解できた。
確かに考えれば、魔法科学と言うものが発展して、地球以上の文明を気付けていても可笑しくない筈だ。
「章人さん。だから貴方は【異界の種子】を贈られ、今ようやく【異界の融合術】として開花したのです」
「そんな物を俺は開花させたのか・・・」
「別に、複合でも合成でも結合でも名前は出たでしょう。章人さんに融合と出たのは、そのように貴方が本来持っている本質を表しただけに過ぎません。スキルを合成出来たのも、この力の片鱗が及ぼした効果に過ぎないのですから」
「そうか、解った。だが、そんなチートスキルを俺が持っていても良いのか?散々世界のバランスがーっと散々言って癖に」
「まあね~そうなんだけどね。でも私としては、このスキルについては意外に願ったり適ったりだったんだよ」
「何で?」
「っはは、それは君が本当に死んだ時に、また此の場所で会話する機会があればその時にでも話そう」
「もったいぶるんだな」
「いいじゃないか~前回は君主導だったんだから、今回は私が主導権を握ってもいいですよね」
「っ、まいいさ使えるものは有効に使う。それだけだ」
「それだけって・・・随分とあっけらかんとしてるね。相変わらずってところか」
「それよりも、時間は関係ないとは言え俺はそろそろ帰りたいんだが」
神との話を切り上げ、俺は早くイリス達の下に帰りたい一心で起き上がった。
だが、起き上がった俺に神は当然のように俺の弱みを突いて来る。
「帰るのは良いですが、どうやって?」
「っぐ・・・」
確かに此処に来た経緯も解らなければ、帰る方法も知らない。
段々イライラしてくる。
俺は神との下らない会話をしているよりも、一刻も早くイリスとセフィリアの所に戻りたいのだ。
それなのに、此処を抜け出す方法を知らない事に益々苛立ちを覚えていく。
「そうか~随分と大切に思ってるんだね~ま、それで良いんだけど」
とても嬉しそうだが何処か楽しんでいる風にも聞こえる。
神は何かを面白がっているように思える。
随分と今回は弄んでくれるな。
「ん、あまり手の内は読まれたくないから此処は良い神になっておきましょう。それじゃあ御褒美に今回は私が君を送ってあげよう。それとサービスで、どうすれば彰人さんの、いやラルスの体が元に戻るかを覚えていても良いようにしておくよ」
「会話は記憶に残らないとか言っておいて、どの口がそんなことを言う」
「まあまあ、そう言わず。サクッと生き返ってきてよ。そうでないと私の楽しみが無くなってしまうのでね」
神がそう言ったかと思うと、俺の意識が徐々に此の空間から違う場所に引っ張られていく気がする。
「あれ?あらららら、私が送る事も無かったか。流石だ、君を此処から取り戻す力を有するまでになっているとは・・・存外早くに芽吹くかもしれないね」
「なんだと・・・?」
「ん、じゃあいってらっしゃい~体を元に戻す方法だけは君の頭に刻んでおいたからね~~」
最後に、其の言葉を聞き届ける事しか出来無かった。
俺は白い空間を後にして、イリスとセフィリアの待つラルスの肉体に意識を戻していった。
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ビアーチェの神聖魔法も効果が出ず、更にオイゲンの見立てにより魔力自体を受け付けないラルスに、イリスとセフィリアはもちろん、オイゲンもビアーチェも途方に暮れていた。
オイゲンはそんな2人の為に、何か出来ないかと懸命に記憶を探る。
魔法使いにとって、知識は力になる。
本を読み、先人の言葉を聴き、自らの思考を深める事で。
其の為、オイゲンは若い頃より口伝や本で未知なる知識を知ることを怠ることは無かった。
飄々として面倒くさがりに見えて、そう言った所はマメなオイゲン。
だからこそBランクの実力を持つに至ったのである。
そんなオイゲンですら、蓄積した知識の中からこの事態に対処できそうなものを探し出せなていない。
ビアーチェも同様で、教会で見知った癒しではラルスを救えない事が身に染みて解ってしまった。
「やっぱ魔法が掛けれないのがネックよね」
ビアーチェは、ラルスに回復が効かない事が原因だと思っている。
つまり魔力さえ弾かなければ、ラルスを元に戻す方法になるだろうと考えていた。
もちろん、その原因が取り除けないので本末転倒なのだが。
「ふーっむ、中からと考えてもの~。口も碌に無い状態じゃ。ポーションを飲ます事もままならんじゃろうし・・・それに肉体が魔力を受付ぬのじゃ、飲んだところで吸収されるかどうか・・・」
「そうよね~オイゲンの言う通り・・・直接肉体に魔力を流し込むしかないのだけれど・・・そんな事出来ないわよ」
「そうじゃの~魔力といっても皆、其々違う物じゃ。種族の違いや性格の様に、魔力もまた個人の特性にあった波長をしておる。どうやっても相手に合わせて直接送り込むなど、どんなに優れた魔術師や賢者でも出来ぬじゃろう」
「それは僧侶もおんなじよ。司祭でも大司教でも、多分法王でも無理でしょうね」
オイゲンとビアーチェは結論が出ないまま、2人して俯いて唸っている。
考える人の彫刻のように、ウンウン言っているが良い案は出ていない。
悩む2人に向かって、遠慮がちにイリスが聞いてくる。
「あの・・・直接魔力を流し込めばラルスが元に戻る可能性があるのですか?」
オイゲンとビアーチェの会話を聞いていた筈のイリス。
出来ない事を、何故聞いてくるのか疑問であったがビアーチェは優しく答えてくれた。
「可能性はあるわよ。でもそれが出来ないから困ってるのよね」
「・・・あの・・・私やってみます。だからビアーチェさん【エクストラヒール】を教えてください!」
イリスが真剣な顔で突拍子もない事を言い出す。
とても話を聞いていたようには思えない言葉に、ビアーチェは取り乱す。
「えええええ?!いや、やってみますって無理でしょ?教える事は全く問題ないけど、簡単に取得できるもんじゃ無いわよ・・・」
「でも、それしか方法はないんでしょ?」
イリスの決意は固いようだ。
悲壮でありながら、何かに縋るような決意に満ちたイリスの表情に、ビアーチェは困惑する。
「ふむ、結果はどうあれ好きにさせても良いじゃろう。どうせ何も良い案が浮かばぬのだし」
すると、オイゲンがイリスの気持ちを汲み取るように、試させるよう促してくる。
「でも、だからって流石に教えました、ハイ直ぐにできました~はないでしょ?普通」
「おや、そうか・・・知る訳はないか。イリスは呪文を知れば魔法は一発で覚えて使えるぞよ」
「えええええ???ないわ!ありえんわ。幾ら弟子やちゅうても贔屓目はあかんで?」
「嘘じゃないぞよ、現にわしはイリスの師匠であるが放った魔法の操作しか教えることが無い位じゃぞ?」
「・・・・・・マジっすか?」
「大真面目に言うとるわい!」
素の言動が出るほど驚くビアーチェ。
そんな彼女とワイワイ議論を交わすオイゲンもまた熱が入ってきたようだ。
どうやら魔法使いと僧侶は議論が御好きのようだ。
その2人の議論を遮るかの如く、イリスは自分に掛けられた異常性という疑問を確認した。
「あの・・・そうなんですかオイゲン・・・魔法って呪文覚えても使えるまでに時間が掛かるんですか?」
「あ~っうむ・・・言うとらんかったかの・・・普通は呪文を覚えて使えるまでに早くて数ヶ月。遅いと1年から2年は掛かるくらいに修行がいるんじゃ」
「・・・えと・・・私は・・・」
「そうじゃ、直ぐ使えとったの」
イリスとオイゲンの会話に目を剥くビアーチェ。
胡散臭げにオイゲンを睨みながらも、そこは冒険者。
実際に見れば直ぐ真実がわかると、イリスに【エクストラヒール】を教え出した。
ビアーチェがイリスに呪文を教え、【エクストラヒール】のコツを伝授するのに数分。
一通りの指導が終わり、まずはビアーチェに掛けて見る事となった。
「じゃあ、今から指にナイフで傷をつけるから、【エクストラヒール】を掛けて見ましょう」
「はい!」
ビアーチェはナイフを取り出し、左手の人差し指に傷を作る。
少し長めに切れ目を入れた指先からは、血が滴り落ち出す。
「不発なら【ヒール】も発動しないので傷は塞がらない筈。こんな傷でも効果を見るには丁度良いわね。じゃあ準備が出来たらやってみて」
イリスはビアーチェの言葉通り、大きく深呼吸をしてから詠唱に入った。
「我が望は癒しの光なり、それは全てを創造せし神の息吹と似たり、かの者の全てを癒せ【エクストラヒール】!!」
イリスが呪文と共に放った【エクストラヒール】はビアーチェよりも輝き、光の粒子はいたっては倍に膨らむ。
全身を青い聖なる光に包まれたビアーチェは、詠唱の通り全てを癒されていく。
あまりの魔力の力に呆然として固まるビアーチェ。
イリスの【エクストラヒール】が終わった後には、古傷まで消え去った健康的な姿のビアーチェアがいた。
「あ・・・ありえね!!!」
魔法が成功したのに、慌てふためくビアーチェ。
「ど・・・どうでしょうか?」
「どうもこうもないわよ!!なに此の癒しの力!!ありえねー!!」
かつて無いほどに素に戻ったビアーチェの叫びが延々と木霊する。
彼女が落ち着いてから、ラルスに本格的な回復を施すのに1時間掛かった事は此処だけの話。




