第二十二話 エルナの店
食事を終え、ギルドに戻るとアドルフとフランクが待合室で待っていてくれた。
ただ、2人の姿は実に対照的だった。
アドルフは上機嫌で、俺達を見ると子供のように手を振りはしゃいでいる。
何か良いことでもあったのかな?
そんなアドルフと真逆なフランク。
悪魔に魂を抜かれたように、窶れ死人のようになっている。
どんだけ恐ろしい目に合ったんだろうか?
2人の余りにも違う姿に、戸惑う俺達を気にする事無く、アドルフはご機嫌で話し出す。
「よ、待ってたぜ!早速商業ギルドにいくか!」
俺達を見るなり、早速椅子から立ち上がり歩き出そうとする。
その勢いに、本当に何があったかと疑問が大きくなり、それとなく聞く事にした。
「あの~フランクさんが動かないんですけど?お2人に何かあったんですか?」
「いや、何もねーぜ。ただギルドマス「ヒィイイイイイイ」ターと・・・」
アドルフの言葉に、フランクが反応して悲鳴を上げる。
どうやらアドルフの言葉の中にトリガーがあったようだ。
本当に何があったんだろう?
「怖い、怖い、怖い・・・」
「おいおい、フランク。いい加減立ち直れや」
ガクガク震えるフランクに呆れたアドルフは、仕方なくフランクを肩に担ぐ。
ジタバタ抵抗するも、フランクはアドルフの肩でもがくしか出来てい無い。
「ったく、大人しくしろや!!」
「ふぁい!!・・・怖い。小人怖い。熊怖い・・・」
「うんじゃ行くか!」
勝手に仕切りだすアドルフ。
俺の質問に答える気はないようだ。
まあ、深く聞く気は元々なかったので、そのまま商業ギルドに行く事にする。
テンション高いアドルフに付いて出ること30分。
段々俺達はギルドを出た事を後悔しだすのだった。
随分、ギルドから町の中央に向って歩いたのだが・・・
町行く人々の目線が痛い。
俺達一行は、周りから異常に目立っている。
何が目立っているかって?
そりゃあ、目の前を先導する人物が原因でしかない訳だが。
周りの視線に恥かしい想いをする俺達は、目の前の2人を見る。
楽しそうに鼻歌を歌いながら、フランクを担いで歩くアドルフは顔とのギャップが大きすぎて気持ち悪い。
アドルフに担がれたフランクは、恐怖に引き攣った顔から涙を流して奇声を上げていて、頭のネジが飛んだ可哀想な人に見える。
この2人の姿を見て、目が行かない訳わない。
「ねえ、オイゲン・・・あれどうしよう・・・」
「いや・・・ワシもどうしたものやら・・・」
「止めさせてよ、オイゲン」
「ぬふぉ!ド、ドリスこそ止めぬのか?」
「嫌よ、今何か言ったら落ち込むに決まってるでしょ?!立ち直らすの面倒だもの」
「ワシとて嫌じゃわい、あやつの世話など懲り懲りじゃわい」
どうやらアドルフの行動を、ドリスもオイゲンも止めるのが躊躇するらしい。
つか止めようよ、仲間でしょうに。
俺は、頼りにならない2人に見切りを付け、イリスとセフィリアを見る。
彼女達なら、止めてくれるかもしれない。
「アーおっちゃんご機嫌~♪セシリーも楽しいな~」
「ね~アドルフさんが気分良いと、私達も嬉しいね」
「うん~♪」
あーこっちもかい!!
まあ、かなりアドルフに懐いているし、変に思わないんだろうな。
違和感なくご機嫌な姿を単純に喜んでしまっている。
どんどん周りの視線が痛さを増し、見物人も多くなってる気がする。
此処は、俺が何とかするしかないな。
「ねえ、アドルフちょっといいかな?」
「ん~♪なんだラルス、俺に任せておけば大丈夫だ。安心してついてこいや」
「えっと、お願いがあるんだ」
「ん?なんだ」
俺の行動を無謀な挑戦と見たのか、後ろから感嘆の声が聞こえる。
「ラ・・・ラルスがラルスが、勇者になってるよオイゲン」
「おおお、ワシにも見えるぞい。勇者が光臨しておる」
あ~うん、聞かなかった事にしよう。
あのね、ドリス、期待した目で見ないで。
それとオイゲン、拝んじゃ嫌です・・・
「アドルフ、商業ギルドに登録してい無い身で、まとまった物を売ることは出来るかな?」
「そうだなーまともな店だと身分証明がいるかな。登録証がないと難しいと思うぜ」
「そうか、なら普通の人々は必ず登録証を持って売り買いをするのか?」
「いや日常品程度なら問題ない。まとまった物の場合だけだ。無いと盗品を疑われちまうからな」
成る程、ならどうするか。
「じゃあ、アドルフが変わりに、代理で売ってくれるのは可能か?」
「んぁ、全くまあかまわねーぜ」
「では、早速お願いしても良いかな」
「ああ、任せろ!」
「まずは、この辺で一番高級な洋服店に連れて行ってくれるかな」
「あ・・・ぁ?高級・・・」
「ええ、貴族も利用してそうなね」
俺は商業ギルドにて試してみたい事がある。
だから、どうしても纏まったお金を手に入れておく必要がある。
アドルフが俺のお願いに困り果て、鼻歌を止めたのは言うまでもない。
だって、アドルフが婦人服のしかも高級な店をしている訳がない。
困り果てたアドルフに代り、ドリスの知る店に向かう事で落ち着く。
ようやく奇異な視線から開放され、普通に歩けた。
寄り道をして、城側に近い区画まで足を運び、ドリスの知る高級服飾店へと来た。
確かに高級に見える。
門構えからして、他の店と一線を画している。
店に入ると、そこらかしこに煌びやかな衣装が飾られ、見本が置かれている。
この世界も前世の記憶と同様なのか、高級店の場合はオーダーメードが主流であり、置かれている見本意外は1反単位で巻いた布が置かれていた。
入った俺達を見て、怪訝な顔をしながらも店員が対応に現れる。
「いらっしゃいませ、本日はようこそ御出でくださいました」
見るからに身奇麗で、紳士然とした店員。
そんな店員の姿に、俺以外は皆、場違いすぎてキョドっている。
ドリスも知っているだけで入った事がないらしく、少しオドオドしているのが印象的だった。
皆を尻目に、俺は一歩前に出て店員に言葉をかける。
アドルフの出番は、支払いの時だ。
今は俺が前に出て話をする事にした。
「実は、私達は見ての通り冒険者です。本来はこのような格式高いお店にお邪魔する身分では御座いませんが、少々訳が御座いまして。是非見ていただきたい物が御座います、お時間頂けませんでしょうか」
そう言って、優雅にお辞儀をしながら右手を胸元に持ってくる。
此処に来るまでに、あらゆる店、人、物を隈なく【鑑定】して覚えてきた。
更に店の窓越しに、階級に応じた挨拶の仕方も見た、筈だ。
此れで間違いでは無いと思うが。
「左様で御座いますか、しかしながら当店も忙しゅう御座いますれば、お時間もそれ程お取りする事も出来かねるかと。またの機会があれば是非に」
そう言って丁寧にお断りをする店員。
やはり、高級すぎたかなとも思ったが、こういった場所の方が後々好都合だしな。
俺は、出来るだけ笑顔で例の絹を取り出す。
「そうですか、ではお近づきの印に此方を1本進呈いたしましょう」
取り出した絹の反物を強引に店員へ渡す。
「此れは、さる伝手から依頼された1品で、私達を通して大量に購入していただける買主を探しているところです。このキリエにて一番大きく貴族の方々にもご用命のある此方でならと伺った次第です」
大層な事を言いながら、店員をチラリと見る。
絹を見て、その出来栄えと触り心地を確かめて唸っているのが見えた。
どうやら、物に関しては興味を持ってくれたようだ。
「中々に良い品物ですな、確かに此れ程の物は滅多に入りません。ですが、やはりお時間は・・・」
言い掛けた所に俺は更に店員に1本の反物を取り出し見せる。
此れは、絹を作っている時に思い出したのだ。
この世界の布事情がわからなかったので絹程は作っていなかった物だ。
でも、それなりにはある。
町行く人々と此の店に入って確信出来た為、あえて見せる事にした。
此の世界の庶民は、殆ど麻布かウール使用の毛織物を着ている。
身嗜みの良い商人や、時折すれ違う貴族っぽい人で、上質な麻布か薄絹程度だ。
あくまでも上質な麻布が上流階級の衣服であり、絹は王侯貴族かそれ並みの富裕層だけのもののようだ。
「では、此れもお売りできるとしたら如何でしょう」
その反物を見せると、店員は驚愕の目を見開き反物を食ういるように見る。
「そ、それはまさか・・・」
「ええ、ビロードで御座います。此方も纏まって御座います。ただ、出来るだけ早く買主を見つけなければなりませんので、今度伺う時にあるかどうかは解りませんが」
「しょ、少々お待ちくださいませ。主と相談させていただきます。此方でお待ちください」
店員は、ビロードを見て急に態度を変え、俺達を客間に案内してくれる。
どうやら見込みは当たったようだ。
ビロード、それは中世では非常に人気があり貴重な布のはずだ。
作れるには作れるが、手作業が主流の時代では、需要に供給が追いつかず何時も在庫切れを起こす。
っと前世読んだ本の資料にあったと思う。
貴族の間では生地の質や色が、とても意味を持っていたとも書いてあった。
特に絹を使った色つきはとても高価であり、当時では破格の値段が付いていたと思う。
店員が目の色を変えて、態度を変えたのも致し方ないだろう。
通された客間で、俺達は店員の帰りを待つ事にした。
「あ、あのよラルス、お、おちつかねーんだが」
「あ、あたしも。よく平気で話せるわねラルス」
アドルフとドリスは、ソワソワして落ち着きがない。
オイゲンは諦めたのか自然体で過ごしている。
フランクは、まあ放っておこう。
ちなみにイリスとセフィリアは、思考が追い付いていかないのだろう。
店を見て、ただ口を開けてボケーっとしているだけだった。
「お待たせしました。私が当店の主、エルナと申します。先ほどは失礼致しました」
現れたエルナは、貴婦人と見紛う位の素敵な中年女性だった。
もう少し若かったら、さぞもてたと思える容姿からは優しい笑みが零れている。
「いえ、お会いできて光栄です。ミスエルナ。私はラルスと申します。」
「ホホホ、ミスでは御座いませんよ、ミスターラルス。それからミセスエルナで結構ですよ」
そうか、現代だとミスとミセスは区別しない風潮だが、やはり文化レベルが中世なのだろう。
呼称の際の区別は徹底しているようだ。
既婚未婚の区別も見分けて使わないといけないな、注意しよう。
「では、改めてミセスエルナ。無作法にも突然の来店にも関わらず、こうしてお会いできた事を心より嬉しく思います。それと私もラルスとお呼び下さい、こんな無頼者にミスターは似合いませんから」
最大限子供の笑顔を見せてエルナに媚びてみた。
ちょっと小賢しいかもしれないが、演技がかってても良いだろう。
「ええ、私も光栄ですラルス。まずはお茶でも如何かしら」
こうして、エルナの勧めを受け、暫しティータイムとなる。
エルナは最近のキリエのファッション事情を話してきたり、俺達の旅の出来事などを聞いてきた。
お互いに相手の人柄を見るための、ジャブの応酬といった会話だ。
肩が凝るがお付き合いしないわけにも行かない
雑談も終盤に指しかかり、本題が始まる。
「それで当店へ、そうですか。先ほど見た絹も上等ですが、それ以上のビロードをお持ちとか」
「ええ、此方です」
エルナに店員にも見せたビロードの反物を取り出して見せる。
「手にとって見ても宜しいかしら」
「どうそ」
エルナは手に取ったビロードを丹念に調べていく。
調べながら目の色が変わり、感嘆の溜息が聞こえてきた。
その鑑定眼に俺も安堵する。
此れは【アルキメイト】で作った最高級絹を使用したもので、手製など及びも付かない織目なのだから。
「素晴らしいビロードです。もし私共が買うとして如何ほどご用意頂けるのかしら」
「そうですね、今あるのはシルバー、黒、赤、青、ピンク、グリーンの各色10反ずつ、合計60反です。もし独占して買い取っていただけるなら色は自由に数もお望みのままにご用意できますが」
「60!色まで自由ですか・・・誠ですか」
「ええ、ミセスエルナのお望みのままに」
俺の答えに、エルナは動揺を隠せなくなっている。
暫し、エルナが長考を初め沈黙が続く。
「解りました、今あるもの全て買い取りましょう。絹は1反15銀貨。ビロードは1反40銀貨で如何でしょうか」
「結構です、それで構いません。今回はご無理を言っている事とお近付き出来たお礼、何より今後も独占して買い取って頂けるならば」
エルナは驚いて、俺をマジマジと見る。
そりゃそうだろう、一切の交渉をせず言い値で了承するのだから。
「言った私が言うのも何ですが、本当に宜しいの?」
「ええ、次は適正値段でお買い上げいただきます。今回はサービスとお思いください」
「ホホホホ、豪儀な事で。解りましたわ、次回を楽しみにしております。此れからもよしなに」
「ええ、こちらこそ」
「それから、一度お茶を一緒に楽しみましょうラルス。何時でも尋ねてくださいな」
「はい、喜んで」
エルナの心象も良くなり、後は受け渡しをするだけとなった。
俺は、アイテムBOXから絹50反、各色合わせてビロードを60反だす。
此の時、初めてアドルフに反物を渡し、エルナとの交換に立たせた。
一瞬エルナが怪訝そうにしたが、アドルフのギルド登録証を見て安心したのか深く追求しなかった。
エルナも店員に持ってこさせた箱から、無造作に31金貨と50銀貨を取り出し双方確認の上交換する。
「では、確かに」
「此方こそ、また手に入りましたらお持込下さい」
「ええ、近いうちに是非とも」
こうして、俺は纏まった金を手に入れた。
金銭の価値基準がまだ解らないが、まあもう少しいるだろう。
此の後も武器商店、防具商店、雑貨屋と何処も大店を渡り歩きアイテムを売り捌く。
最初にエルナの店で取引できたのが功を奏して、何処に行ってもスムーズに運んだ。
やはり知名度の高い高級店に買い取って貰えた事は大きい。
最終的に手にした金額は結局63金貨と78銀貨、後銅貨を幾ばくかとなった。




