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第十五話 天弧

 爆風を受け吹き飛ばされた俺は、転がった先からパステルの言った妖狐を見た。

 其の姿は、最初に見た時よりも2倍に膨れ上がり、白い体毛が逆毛立っている。

 妖狐の顔には禍々しい赤い目が爛々と輝いていた。

 そして、妖狐の体から生えている尻尾は9本あり、前世に見知った九尾の狐そのものだった。


 倒れたまま【鑑定】 を使い妖狐を見る。


 【名前】天狐

 【LV】27

 【HP】420/420

 【MP】800/800

 【状態値】S38/V30/I52/P28/A45/L40

 【スキル】1尾 金剛/2尾 岩弾/3尾 水鏡/4尾 氷雨/5尾 雷光

      6尾 鎌鼬/7尾 陽炎/8尾 月読/9尾 鬼火


 見た途端、俺は絶望した。

 今までに出会った魔物は、精々LV15まで。

 スキルもそんなに無かったし、苦労したとしても対処出来る範囲内だ。

 ここまでLVが高い魔物など見た事も無い。

 しかもスキルが多く、戦ってきた魔物が雑魚に見えるくらいだ。


 俺の【ラーニング】を増やす目的であったなら願っても無い魔物だろう。

 影からコッソリ覗くだけでも十分なスキルだ。


 確かに【ラーニング】すれば凄いかもしれない。

 だが、今の俺達にとってはただの疫災でしかない。

 こんなのと戦うなんて以ての外だ。

 いや、逃げる事すら可能なのだろうか。


「・・・皆・・・無事?」


 パステルの声で、我に返る。

 そうだ、俺達はようやく森の中心を抜けられたのだ。

 今此処で、死んでしまっては元も子もない。


 例え相手が高LVの魔物であろうと、臆していては生きられない。

 今は逃げる事が先決だ。


「大丈夫です」


 俺はパステルの声に反応する。

 すると、追うように無事を知らせる声が続く。


「・・・だ・・大丈夫」


「・・・母さん、大丈夫だよ」


 少し離れた所から、それぞれイリスとセフィリアの声がする。

 大丈夫と言っている。

 本当かは別にして、生きてるだけでも喜ばなくては。 

 俺は、皆の無事が確認出来た事に安堵する。

 


 爆風の過ぎた周りは、妖狐、いや天狐が放った【九尾 鬼火】で巻き起こった砂塵が覆っている。

 これなら多少動いても、そう簡単に位置を把握される事はないだろう。

 俺達はパステルの所に集まり、砂塵の目暗ましを利用してその場を後にしようとした。

 皆も今までの戦闘で、阿吽の呼吸と言うものを共有したのだろう。

 誰も確認をしなかったのに、一様に足音を気にし、出来るだけ木々に其の身を隠しながら徐々に離れようと行動する。


 ゆっくり、ゆっくりではあるが、木々の陰を利用し徐々にその場を離れていく。

 離れながらも聞こえてくる、威嚇するような天狐の声。

 声の方角を頼りに、天狐の追撃が無いかを見やる。

 気付かれないように、砂塵の向こうに居るであろう天狐の動きを注意していると、またも頭にスキルが浮かぶ。


 【六尾 鎌鼬】


 浮かんだ瞬間、あたり一面に舞い上がっていた砂塵は切り裂かれ、見る見る視界が晴れていく。

 切り裂くように砂塵から飛び出る風は、幾重にも廻りに飛び散っている。

 其の内の1つが、俺達の方へ向ってくるのが見えた。

 まだ遠くにあるであろう風の塊は、物凄い風圧を持って押し寄せて来た。

 風圧の大きさと、スキルの名前から俺は、【六尾 鎌鼬】の効果が解ってしまった。

 

「頭を伏せろ!」


 俺は咄嗟に叫び、イリスの頭を右手で押さえ、反対の左手で庇うようにパステルとセフィリアを抱き込み倒れるように地面に伏せる。


 伏せた後には大きな風圧が辺りの空気を震わし、バキバキっと砕く音を伴って、俺達の頭の上を勢い良く過ぎていった。

 大きな木の陰に隠れていたはずなのに、風圧は勢いを落とす気配は無かった。

 

 風圧が過ぎ去り、恐る恐る上を見ると、視界が開け青空が見える。

 想像通り、鎌鼬は真空波だった。


 ポッカリと穴が空いたように空間が出来、天狐を中心に切り刻まれた木々が倒れていた。

 そして、俺達は天狐から丸見えになる。

 隠れていた木が根元から切られて視界を遮るものが無くなっているのだ。


 直ぐに俺達の姿を見つけた天弧は、獰猛な笑みを浮かべて笑っている。

 その顔は獲物を狙う虎のように恐ろしかった。


「・・・やっかいね」


 パステルは呻くようにもらす。


「・・・パ・・・パステルさん・・・ど・・・どうしよう」


 イリスはガクガクと振るえ、腰を抜かしたように座り込んでしまった。


「・・・・・・」


 セフィリアも無言のまま、天狐に睨まれて固まっている。


「LV27もありますが・・・勝てますか?いや逃げれますか?」


 多分どうしようもないとは解っているが、それでも一縷の望みを探りたい。

 そう思って、俺はパステルに聞いてみた。


「・・・LV27・・・そうか、流れか」


「流れ?」


「ええ、生り立ての妖狐なのね・・・そうか、流れか」


 パステルは何か解ったかのように独り言を繰り返す。


「ならば、何とか出来るか・・・」


 そういって、出来ないかもとか、其の後はとか1人で考え込んでしまっている。


「何を」


 俺がパステルに聞こうと声を出した途端。

 またも頭に浮かぶスキル名。


 【五尾 雷光】


 其の瞬間、眩い光が辺りを包み視界が真っ白に染められる。


 しまった!


 そう思ってももう遅い。

 既にスキルは放たれ俺達は飲み込まれている。

 雷の名の通り、電撃による攻撃と予想していた俺は、ビリビリと感電する痛みと熱く焼ける苦痛を覚悟していたが、そうはならなかった。


 何かに阻まれ、俺とイリス、セフィリアは地面に押し付けられて電撃の嵐から守られていた。

 俺達を包むもの、それは襲撃の日から何時も俺達を支えてくれた暖かい感触。

 パステルが身を挺して、俺達を守ってくれたのだ。


「パステルさん!!!」


「そ・・・そんな・・・」


「母さん!!」


 皆パステルに向って声を張り上げる。

 

「ふふ、ちょっと早いけどお別れね。まさかこんな風にお別れするとは思わなかったわ」


 雷に打たれているのに、パステルは優しく微笑んでいる。

 其の顔は、慈愛に満ちすでに何かを覚悟している顔だ。


「今から私が隙を作るから。其の間に出来るだけ遠くに逃げなさい」


「いや!!!母さん!!一緒に逃げてよ!!」


 セフィリアは声を張り上げ、パステルにすがる。


「駄目よセフィリア、逃げなさい。逃げたらイリスとラルスの言う事をちゃんと聞くのよ?良い子にするのよ?此れから貴方の家族はイリスとラルス。力を合わせて苦難を乗り越えなさい」


 パステルはセフィリアに向いながら、俺達にも言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「ラルス、皆を守ってね。イリス、皆を助けてあげてね。セフィリア、愛してるわ」


「母さん!!!」


 【五尾 雷光】の勢いが納まり、勢いが無くなったと見ると、パステルは立ち上がり天狐に向き合う。


「さあ!!!逃げなさい!!出来るだけ逃げて!!!」


 言い放つと、パステルは尚も攻撃を仕掛けようとしている天狐に向って突進していく。

 

「母さん!!!!」


 セフィリアの悲痛な叫びを上げるが、パステルは振り向く事無く天狐に向った。


「どうしよう?どうしよう?ラルス・・・ラルス・・・」


 イリスはオロオロとして闘志を無くしている。

 セフィリアもパステルを見詰めて動かない。


 俺は皆に向かって、『逃げよう』と言おうとする。

 だが、喉元まで出掛かった言葉も、俺の奥底から沸く怒りの為出る事はなかった。


 余りにも突然で、余りにも理不尽な別れ。


 俺は目の前で母を失った。

 イリスの母も俺の目の前で死んだ。

 今度はセフィリアの母まで目の前で死ぬ。

 俺は、3人の母の死を全て見なければならないのか!!


 俺は2人の母の死を見、そしてその屍を越えて生きる事が出来た。

 それに、母の覚悟を知り、母の願いを受け、2人の母の死を認めている。

 だから、怒りに任せて荒れ狂う事は必死に抑えてきた。

 抑えて、頭を冷やし、そして冷静に考えられる自分であろうとした。

 なのに、怒りが収まらない。


 俺は母の死を2度も経験した。

 其の悲しみは前世でも感じる事は無かったもので、この世界で経験した初めての体験だったが、かなりショックだった。

 今でも思い出すと胸が痛い。


 イリスもセフィリアも今この瞬間初めて母との別れを経験しているのだ。

 その苦痛や悔しさ、悲しさは手に取るように解る。

 母達の覚悟もそうだ、愛しい我が子の為に身を犠牲にいている。

 その覚悟と愛も俺は知ることが出来たし、残す子等を心配する悲しみも今は解る。


 本当は逃げるべきだろう。

 皆の為にも、イリスとセフィリアを強引にでも引き摺って逃げる事こそ正しいのだろう。

 だが、沸き起こる怒りに俺はそうする事が出来ない。

 愚考をしないと学んだのに、どうしても冷静になれない。

 内から沸き起こる怒りが、俺にこの理不尽をぶちのめせと!!


 目の前では、パステルが命の残り火を燃やすが如く天狐に挑んでいる。

 適う事など出来ないほどの戦力差のある戦いだ、天狐は玩具でも宛がわれた様に、余裕でパステルを弄んでいる。

 どうせ直ぐ殺せると踏んでいるのだろう。

 俺達も弱く脆弱な存在と考えて、狩を楽しんでいるように見える。


 パステルは徐々に傷を増やし、息も絶え絶えになりながらも天狐と対している。

 戦闘を見る俺の頭には、次々スキルが頭に浮かぶ。


 【四尾 氷雨】

 【一尾 金剛】

 【七尾 陽炎】 

 【二尾 岩弾】

 【八尾 月読】


 そして、動きの止まったパステルに止めとばかりに【九尾・鬼火】が放たれようとした瞬間。

 

「九尾・鬼火!!!」


 俺は、天狐に向ってスキルを放っていた。

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