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バイト先のネカフェに大学の美少女が寝泊まりするようになった  作者: 古野ジョン


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第6話 名誉なこと

「しばらくの間っ、あなたを私の彼氏ってことにしてあげますっ!!」

「……へっ?」


 突然の告白、というものに憧れる時期はとっくに過ぎた。男嫌い(らしい)美少女様が、畏くも俺のことを彼氏にすると仰せられている。その状況がまったく呑み込めず、俺はそのまま聞き返してしまう。


「な、なんでですか?」

「なんでって……その方が都合が良いからです!」

「ちょちょちょ、何が良いって言うんですか!?」

「あなたが彼氏ということにしておけば、ネカフェにいるところを他人に見られても説明がつくじゃないですか。『彼氏のバイト先に遊びに行った』とか言えば何も問題なしですね!」


 矢吹は自慢げな顔でそう言った。しかしなあ、彼氏がネットカフェでアルバイトしていたとして、わざわざ遊びに行く彼女なんているのかな……。


「でっ、でもやっぱりまずいんじゃないですか。矢吹さんに彼氏が出来たなんて知られたら、さっきみたいな人が――」

「いい機会です! これで面倒な人付き合いとはおさらばします!」

「ええっ!?」

「彼氏がいるから、なんて最強の断り文句じゃないですか!」


 要するに、俺を盾にして厄介な連中から自分の身を守ると言いたいわけか。……なんか納得がいかないな。俺に全くメリットがないじゃないか。


「あの、矢吹さんの彼氏になるのはいいんですけど」

「あくまで彼氏のフリをしてもらうだけですっ!」


 訂正されてしまった。思い上がるなということか……。


「か、彼氏のフリをするのはいいんですけど。僕になんの利益があるんですか」

「ありますよ?」

「へ?」

「私の彼氏のフリを出来るなんて名誉なことじゃないですか! それ以上に何を望むんですか?」

「ええ……」


 どや顔で胸を張る矢吹を前に、俺は半ば呆然とするしかなかった。意外と……自己肯定感の高い奴なんだな。昨日見かけたときは可憐な美少女だと思ってたのに、案外残念な奴なのかもしれない。


「……お言葉ですけど、シャワーも浴びてない女の子の彼氏になっても嬉しくないですよ」

「はっ、はあっ!? 何を言ってるんですか!?」

「さっきの方も言ってたじゃないですか。ゆうべは店内の気温が高めでしたし、意外と寝汗をかいたんじゃないですか?」

「!」


 矢吹はすぐさま自分のジャケットを顔に寄せ、匂いを確かめていた。嫌なものを嗅いだという感じに、みるみる顔をしかめていく。


「べっ、別にっ……臭くなんかないですよ?」

「僕は汗臭いだなんて一言も言ってないですけど」

「言ったも同然です! なんですかっ、女性の匂いを嗅いだりして!」

「嗅がずとも漂ってくるんです」

「そこまでは匂ってないですっ!!」


 ぷんぷんと頬を膨らませ、矢吹は不機嫌そうにそう言った。高飛車な奴だと思っていたけど、意外と面白いところもあるんだな。高嶺の花のような雰囲気を醸し出していた割に、思ったより話しやすい。


「分かりましたよ。今夜、店に行ったらシャワーの使い方を教えますから」

「そっ……それはどうも……」


 なんだか恥ずかし気に頭を下げる矢吹。その表情が妙にあざとくて、思わずドキっとさせられてしまう。普段は誰に対してもすまし顔で対応しているのだろうけど、今日は表情豊かだな。


「あっ、あのっ!」

「はい?」

「あなたのお名前を聞いていませんでした。……教えていただいても、いいですか」

「ああ……」


 矢吹は真面目な顔で問いかけてきた。言われてみれば自己紹介がまだだったな。俺はこほんと咳ばらいをして、ゆっくりと口を開く。


森宮(もりみや)大学三年、若宮(わかみや)成樹(なるき)と言います」

「えっ……先輩だったんですか?」

「そうですよ」

「いえっ、その……敬語を使ってくださっていたので、てっきり同級生なのかと」


 店にいたときに(客と店員という関係性である以上、当然ではあるが)敬語だったから、つい大学でもそのままの口調で話してしまっていた。でもまあ、それで悪いことはないし。


「まあ、いちおう三年生ですけど。別に先輩後輩とか気にしないので」

「……」

「矢吹さん?」


 矢吹は口元に手を当てて、何かを考えこんでいるようだった。そんなに俺が上級生であることが予想外だったのか?


「……分かりました。あなたに彼氏のフリをしてもらうなら、仕方がないですね」

「何の話ですか?」

「まず敬語を使うのはよしてください。年上の彼氏なのにため口じゃないなんて、周りから見たら不自然じゃないですか」

「……たしかに」


 彼氏ってだけならともかく、俺の方が年上だもんな。俺が矢吹に敬語を使っていれば、彼氏設定を疑われても仕方がないだろう。


「分かった。敬語はやめるよ」

「はい。それから、もう一つあるんですけど」

「なに?」

「そっ、その……呼び方、というか……」


 矢吹はもどかしいといった表情で口をもごもごと動かしている。しかし覚悟が決まったのか、すうっと息を吸って話し始めた。


「……名前で、呼んでください」

「えっ?」

「だから! 『彩夜』って呼んでほしいんです!!」


 顔を真っ赤にした矢吹が、大きな声を出した。そして、地震の恥じらいをかき消すかのように――一言。


「私を呼び捨て出来るなんて、名誉なことなんですからねっ!!」


 字面だけを追えば、どんなに生意気な奴なんだろうと思う。だけど、精一杯の照れ隠しとともにこの台詞を口にした矢吹彩夜という人間は――言葉に出来ないほど、可愛らしかったのだった。

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