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ケッシャを終わらせる

 ケッシャを終わらせる。僕にとっても、K君にとってもそれは軽々しく出来ることではなかった。

 大前提、僕らは本来何者でもない。勉強ができるわけでも運動ができるわけでも、クラスの人気者でもない。人に誇れるものは何一つなかった。そんな中でケッシャは僕らがやっと手に入れたアイデンティティだった。

 やっていることは結局エロ小説を書いて配っているだけ。ただ僕らはその中に存在価値と地位を手に入れていた。


 それを自ら捨てる。


「ホントに終わらせるのか?」

「……うん」

「……そっか」

 K君は止めない。彼だって辞めたくはないはずだ。ケッシャの顔役、彼だってきっと初めて手に入れた地位だ。

 だがそれでもわかっている。このまま実名の誰かが登場する写本が増えれば、それだけ続けば誰かが傷つく。誰かが傷つくということはそれに対する責任も生まれる。

 ただのスケベ野郎として教師に怒られるならまだ受け入れられた。だが、この情欲をクラスメイトの誰かにぶつける気も慰み者にする気もない。そのような汚名を被せられるのは御免被る。

「……これを書いたやつを締め上げるってのは無理なのか?」

 キャプテンが腕を組みながらぽつりと言う。

「締め上げたところで根本的な解決にはならないよ。それに、こういうやっちゃいけないラインを理解できない奴は何をするか予測できない。想像力が無いんだ、これを見た人間がどう思うのかをさ」

 心底軽蔑した顔で僕はそれに答えた。

「想像力が無かったのは……俺達も同じだよ」

 K君が苦々しい顔でそれに続けた。

「こんな状況を、予想できなかった。皆与えられた小説をそのまま楽しむと思ってた」

 その通りだった。結局僕らがやっていたこともまた、想像力のない子供の所業だ。

 誰も反対はしない。それに少しだけ安心した。皆この出来事で誰かが傷つくとわかっている。この先に何が起こるかを理解している。


「でもさ、おれさ、楽しかったよ」

 博士は少しだけ涙ぐみながらそう言う。

「みんなさ、みんな、楽しそうだったよ。読んでるやつも書いてるやつも、おれが授業してるときも、皆楽しそうだった!」

 机の上にあるのは何度も何度も回されて角が削れたノート。鉛筆の芯が折れた後、消しゴムで毛羽立った紙。ボロボロで、何よりも楽しかった僕らの居場所。

「だから……楽しく終わらせなきゃ駄目なんだよ。他の誰かが勝手に終わらせちゃ駄目なんだよ。ねぇ、K君」

「何、ニッカ君」

「最後に書こうよ」

「……注意喚起でも、写本の回収令でも書くのか?」

「違うよ、それじゃ駄目だよ」




「誰も傷つかない、この世に存在しないような、でっけぇおっぱいの女とセックスする夢の小説書いて、派手に目立って終わるんだよ!!」




 みんな黙っている。そして、数秒経って吹き出した。




「オイオイオイオイ!この期に及んでそれかよニッカ君!」

「それしかないよK君!今回はコソコソしない、今までで一番エロくて馬鹿馬鹿しい小説を派手に読者に読ませる。それでケッシャ、俺達がどれだけ真っすぐにスケベかってのを知らしめてやる!」

 どこの誰かも知らない、空気の読めない馬鹿に俺達の青春を良いようにされてたまるか、勝手に気分悪く終わらせてたまるか。


 どうせ終わるなら清々しいドスケベ野郎として伝説になってやる。





「キャプテンは出来る限りでいいから写本の回収と処分をお願い。」

「おう」

「博士は写本の準備。途中経過も逐一渡すからできるだけ早く読者に届くようにね」

「わ、わかった」

K君は宣伝、ケッシャの小説は次が最後ってのを伝えて」

「……了解」

「僕はこれまでとあまり変わらないけど、エロ小説を書いてくる。頭を抱えるほどのヤツを書いてくる」

 最早他に言うことはない。それぞれの立場と仕事を全うするだけだ。




 きっと僕達のやっていることは社会的には間違っている。でも、間違いだったとしてもこれは誇るべき罪だと、そう思う。


 


 今日は満月、顔も見えないほど暗い教室に月明かりが差し込む。


 その顔は一様に、企むような笑顔をしていた。

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