隣の席は幼馴染
高校生になった。名前を清水音という。男だ。
殺風景な教室、中学より使いにくそうな黒板、これからどれだけ雑に扱われるかまだ分かっていない自分の机。これから友達になるかもしれない、ならないかもしれない、なれないかもしれない3人のクラスメイト。扉が絶え間なく開閉し、またクラスメイト達が教室に入ってくる。おおかた8割くらいが席につき、静寂が訪れる。
「ね、どう?」
おそらく同じ中学からの友達であろう2人の女子がこそこそと話し始めたのを皮切りに、同じように元から友人であろう男子達、同じ中学だったが接点はあまりなかったような人達が控えめな談笑を始め、少し遅れて隣の席に座る新たなクラスメイトに話しかける男子女子が現れ始める。
こんな時、高確率で一番左の列の最後尾近くの席になる苗字をもつ自分は幸運なような、しかし不運なような気持ちになる。
教室の後ろ角で、他よりも誰かと話そう
ムードがないこの席に、いわゆる陰キャである自分は甘えてしまうのだ。
前後でも左右でも、誰かに挟まれるような席ならば少しは喋らなきゃというような空気に飲まれることができるのに。
それでも勇気を振り絞り、横を見る。そこには残り2割、いや1割になろうとしている誰もいない席があった。正直心底ホッとする。
扉が開く音。足音はこっちへ向かっては来ず、椅子を引く音に変わる。
また扉が開く。今度は足音がこっちへ向かって響いてくる。自分の鼓動と、足音が重なり、互いに、次第に大きくなっていく。
椅子を引く音。
遅れてくるのが悪い。そうだ。遅れてはないけど。もうそっちは向かないからな。本当に幸運だったな。こんなやつに話しかけられなくて。
「あんたかよ。だる」
え?聞き覚えのある声が今人が座ったであろう隣の席から聞こえる。
「...優樹菜?」
嫌な予感は当たり、ゆっくりと目を向けた先にいたのは家が隣で、幼小中高一緒の幼馴染である、山田優樹菜だった。
「また同じクラスなのかよ」
「なんで知らないの」
「見てない」
「友達が少ないってコスパいいね」
「少ないどころか優樹菜しかいないから。流石に小中高同じクラスだとは思わんだろ」
「私が掛け合ったと言ったら?」
「もう2度とおまえを手放さない」
「音幼稚園の頃からずっと私の手握って生きてきたでしょ。いつ手放したっていうの。はよ独り立ちしろ」
「......」
「おばさんに送ってもらったの?」
「..まぁな」
「一緒に電車で行く練習したよね」
「..緊張したんだよ」
「そっか。しゃーない」
「いじらないの?」
「音いじるより先にやることがあんの」
優樹菜が教室を見渡す。少し仲良くなった者達がぼちぼち会話を続けているが、全盛期ほどの活気は失われている。
「こんなもんじゃないですよ。うちのクラスは」
「なんで始まって早々担任面なの」
「どのタイミングでも担任面になるのはまずいだろ」
「でも音いつもそうじゃん。僕俯瞰できてますよ感」
「う..」
「本当に俯瞰できてたら自分が始まって早々出遅れてることに気づいて前の人にでも話しかけるんじゃないの」
「..」
「あ、突っ伏すな。俯瞰の逆」
シャツを掴まれ、現実に引き戻される。
「にしても不運だったな。俺が隣の席だなんて」
「なんで?」
「だって友達ができない事が確定していて陰キャで自分に今後1年間絶え間なく話しかけてくるやつが隣なんだぜ?」
「絶え間なく話しかけてくるつもりなんだ」
「うん」
「全然嬉しいですけどね」
「え!?」
俺のこと好きなの?
「好きなわけないでしょ。陰キャ」
「え!?」
心が読めるの?
「読めるわけないでしょ」
「まじで!?」
本当に心が読めてるなら、好きなラノベタイトルを言ってみて。
「記念すべき高校生初日、どんなクラスかな隣イケメンかなとウキウキで登校したのに隣の席にいたのは髪長陰キャオタク野郎だった件について」
「そのラノベ絶対売れないからタイトル変えた方がいいぞ」
「は?ラノベ?」
あれ。ただの感想だったのか。いやそれだったらこいつは最低すぎる。頼む本物のテレパシー女子であってくれ。だとしても趣味が悪すぎるけど。
その時、前の扉が勢いよく開いた。
「全員いるかー」
早歩きで教室に入ってきた教員は、おそらくこのクラスの担任になる人だろう。中年でメガネをかけ、その年にしてはやや白髪が多いかなといったくらいの人物だ。
「はずれかな」
「しらね」
「はいじゃあ移動するぞー」
そうして俺たちは体育館に移動し、入学式が始まった。
________________________________________
「みんなL◯NE交換しよ〜!」
入学式、自己紹介が終わり、下校となった。ルーム長になってくれそうな女子の第一声を皮切りに、クラスメイト達が連絡先を交換し始める。
「ほいじゃ行ってきます」
スマホを握りしめ、少しうわずった声で優樹菜が言う。優樹菜もあれに加わりたいのだろう。優樹菜は社交的だし、中学でも人気者だった。きっとすぐ友達ができる。
「おう。じゃあな。後でクラスL◯NEだけ入れてくれ」
「他人任せだなあ。てか一緒帰ろ。席で待ってて」
「えー..」
優樹菜は俺の不満の声を無視し、早速近くにいた女子数人の輪に入って行った。
ああ、いいなぁ。楽しそう。
そう思い、俺は机に突っ伏した。
「ねえ、L◯NEかイ◯スタ交換しない?」
肩を叩かれ顔を上げると、俺の目の前に2人の男女が立っていた。
「え、俺?」
「うん」
初日から机に突っ伏してるやつに声をかけてくれるなんて、なんて優しいんだろう。
声をかけてくれた男子は、たしか貴斗といったか。自己紹介の時、所謂明るいタイプではなさそうだが、飄々とした雰囲気を纏っていて、絡むことは無さそうと思っていた。
「これL◯NE。よろしく」
「ありがとう」
連絡先交換なんていつぶりだろう。
「音君ね。俺貴斗。よろしく」
にこっと笑う貴斗君。
なんか、かわいいな。
「私ともしよ」
貴斗君の隣にいた女子が、スマホを差し出してくる。
「おっけー」
QRを読み取ると、ぬいぐるみがアイコンのプロフィールが表示された。名前は沙良と書かれている。
「よろしく」
「うん」
沙良さんにスマホを返す。彼女も結構飄々としたタイプで、貴斗君と似たものを感じるが、より棘がありそうでもある。
絶対関わらないだろうと思っていた2人と連絡先が交換でき、形容できない、しかし絶対に嬉しくはある感情になる。
「音君は中学どこ?」
「第二中だよ」
「あそうなんだ。俺ら第四」
「2人一緒なんだ」
「そう。なんなら3年間クラス委員会も一緒だった」
だから一緒にいたのか。雰囲気もそれだけ一緒にいたから似てきたのだろうか。それか似たタイプだからつるむようになったのか。
「やっと離れられると思ったのにね。クラスの掲示の時絶望したわ」
「は?にやけてたくせに。俺見てた」
「は?貴斗もめっちゃ嬉しそうだったじゃん」
「は?」
..後者っぽいな。ていうか一緒にクラスのやつ見に行ったんだ。絶対一緒になりたかったやつじゃん。
そんな野暮なことを考えていたら、優樹菜がこっちへ帰ってきた。満足げな笑みを浮かべている。
「ただいまー」
「交換できたのか?」
「うん。女の子とはあらかたね」
「すげえな。イケメンいた?」
「さあ?てか、初めまして!」
優樹菜がようやく言い争いが落ち着いた2人に言う。
「初めまして」
「初めまして」
「連絡先交換しよー」
2人が優樹菜にスマホを差し出す。
「貴斗君と沙良ちゃんね。よろしく!」
「よろしく」
「よろしく」
さっきから2人ともボットみたいになっている。多分2人も優樹菜みたいなタイプとは関わらないだろうと思っていたのだろう。2人は陰とも陽とも違う感じがする。
「2人ってどういう関係なの?」
優樹菜が質問する。初対面でそれはけっこうやばいぞ。
「同じ中学の一応友達だよ。2人は?」
「一応幼馴染です」
優樹菜が俺の頭をこづきながらいう。
「納得。タイプ違く見えるからちょっとびっくりしちゃった」
沙良さん。ちょっと失礼じゃないですか。
「てか音君はイ◯スタやってないの?」
「あそうだ。やって..」
「そうこいつやってないんだよねイ◯スタ」
優樹菜が俺の声を遮り言う。いややってるんですけど。
そもそも中学卒業してすぐに優樹菜が言ったんだよな?高校入る前にイ◯スタ始めとけって。それで一緒に作って俺のことフォローもしてるよな?こいつ..
「今日作らせとく。そろそろ電車の時間だから帰るね」
「おっけー。2人ともまたねー!」
優樹菜に強引に手を引かれたので2人に手を振り、教室を後にする。
「まだ電車時間あるだろ」
「いいの。音歩くの遅いんだから」
「てかなんであんなこと言ったんだよ」
「イ◯スタのこと?もう一個アカウント作ればいいじゃん」
「なんで今のじゃダメなんだよ」
「あれは私達専用なの。アルバムみたいなもん」
確かに2人でいる時意味もなく優樹菜が俺のスマホで写真を撮りイ◯スタに投稿しているが..別に変な写真はないし..
スマホを開き、俺のインスタに載っている写真を見る。
俺の部屋で一緒にゲームをする写真。優樹菜の部屋で優樹菜の妹も入れてトランプをしている写真。夜コンビニに行った帰り道、いつも寄る公園の写真。
..あれ
確かにあれは他の人には見られたくないかもしれない
「まあいいや。新しく作る。社交用のアカウント」
「素直じゃないなあ。」
「うるさいなぁ」
「今日うち集合ね」
「はいはい」
2人で駅の階段を登る。見慣れない場所も、優樹菜といると安心できる。
いや..
「なんか新鮮で楽しいね」
「な」
優樹菜が言ったことが、本音かもしれない。
2人で見つめ合い、笑った。




