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進む勇気と留まる勇気

魔物たちが完全に消滅したのを確認し、静が腰を抜かしていた時雨と幼子を安全な場所へ移すのを手伝っていると、地面に大の字になっていた松本が、ようやく目を覚ました。


「ふああ……よく寝た……って、あれ、もう終わったのか?」


静は、松本の顔を見て、怒りを抑えきれなかった。


「よく寝た、ですって?!」


静は、松本の胸を小さな拳で何度か叩いた。

「呆れた! 皆が戦闘中なのによくイビキをかいて寝ていたわね、怒られて当然でしょ!」


松本は、静の怒りを適当にあしらいながら

も、すぐに冷静な表情に戻った。


「悪かったよ。だがな、静」


松本は、周りの皆を見渡しながら、諭すように言った。


「俺も睡蓮の村の一件でここに来るまで、ろくに休みも取れてない。連戦連戦のあと、村人にやいやい言われうるさかったしな」


松本は、そこまで一気にまくし立てると静を見た。


「それにお前に至っては、看病後、休息なしにここまで歩き通しだ。俺たちより、本当は心身ともに磨り減っているはずだ。睡蓮もまだ本調子じゃない」


松本は、現実的な提案をした。


「こういう時は、少し休息するのもありだろう? 無理して倒れたら、悪魔の思う壺だ」

一刀も、松本の言葉に深く頷いた。


「そうだな。静が倒れては、元も子もない。だが……」

静は、松本の気遣いに感謝しつつも、現状の困難を口にした。


「有難い提案だけど、あんたも承知の通り、宿屋がない。それに、三浦雪舟も屋敷の人間がこんな状態ってことは、どうにかなっているかもしれないし、いつ追っ手が来るかわからないわ」


松本は、時雨から聞いた情報と、赤目の行動を冷静に繋げた。


「それなら、しばらくは平気だろう」 


松本は、倒れた魔物たちを指差した。


「仮にも時雨とかが言った赤目は、雪舟の屋敷に入った可能性が高い。アイツは邪魔する奴を容赦なく始末するだろう。雪舟は、今頃赤目の相手をするか、難儀の蓋を奪われているはずだ。刀司というのなら難儀は一つ間違いなく閉じられる。俺たちにとっても悪い話しじゃない」


一刀たちは頷いた。確かに松本の話しは一理ある。五つある内の一つが間違いなく閉じられるのであれば自分たちの負担も減るのだから。


「俺たちは、ここで消耗し続ける必要はない。ゆっくり情報収集しながら、神戸への道を探ろう」


松本の提案は、目先の危険から離れつつ、大局的な目的を忘れないための最善策だった。一刀たちは、その判断に従うことにした。


一刀たちが神戸への旅を再開する結論を出した時、腰を抜かしていた時雨が、ようやく立ち上がって声を上げた。


「あ、あの、あんたたち。泊まるところがないのか?」


時雨は、握り飯の借りを返すかのように、不器用な笑顔を見せた。


「なら、助けてもらったお礼です。僕の宿を紹介しましょう」


睡蓮は、警戒心を緩めなかった。


「しかし、そこも雪舟の手が回っているのでは?」


時雨は、もじゃもじゃの頭をかきながら、自信を持って否定した。


「それなら大丈夫です! 僕の村の……いや、うちの手の者がやっている宿でね。口は堅い。豪商の小細工なんて、すぐに弾いてくれるはずです」


そして時雨は、静に抱きかかえられた幼子に目を向けた。


「どうせ、その幼子も行くところないでしょうし……」


時雨は、優しくその幼子の頭を撫でた。幼子は、安心しきったように、時雨の着物に顔を埋めた。


一刀たちは、時雨の優しさと、その裏にいるであろう組織の信頼性を信じ、この不運な青年からの提案を受け入れることにした。休息と新たな情報を得るため、彼らは時雨の秘密の宿へと向かうことになった。


時雨の提案を受け入れ、一行が歩き出すと、睡蓮が鋭い視線を時雨に向けた。


「それにしても、本当にお前は刀司か? 赤目とは偉い違いだな」


静は、その容赦ない言葉に慌てて睡蓮を咎めた。

 

「ちょっと、睡蓮! 失礼よ!」


しかし、時雨は自嘲的な笑顔を浮かべた。

「いいんです。事実ですから」


時雨は、自己評価の低さを隠さなかった。


「僕は、刀司になれない落ちこぼれなんだ。年下にも追い越されたし。だから、赤目八目あかめはちもくの中には入れないんだ」


一刀は、その聞き慣れない言葉に反応した。


「赤目八目?」


時雨は、忍びの里の刀司組織の秘密を明かした。


「赤目様直属の七人の刀司兼忍びのことです。それが赤目八目党。七人の精鋭と、頭の赤目様を合わせて八目の精鋭……難儀に対処する最強の部隊なんです」


彼は、現状についても説明した。


「任務で三人殉職して、今、五人しかいないけどね。その空きに、僕が推薦されたんだけど……今回も恐らくダメでしょう。恐らく次はない。それで、赤目様が直接来たんだと思います」


時雨の案内で辿り着いた宿は、町の裏通りにある目立たない造りだったが、清掃が行き届き、堅固な雰囲気を漂わせていた。


時雨が戸を開けると、中から一人の女が現れた。彼女は、目元が鋭く、忍びの気配を微かに漂わせている。


「時雨様。ご無事でしたか。こんな騒ぎの中、一体何を……」


女は、外に立つ静たちと、静に抱かれた幼子を確認すると、すぐに事情を察したようだった。


「詳しい話は後に。とにかく、早く中へ。目立ちます」

静たちは促されるままに中へ入った。松本は、ようやく安息の場を得たことに安堵の息を吐いた。


時雨は、宿の女に後のことを全て託すと、一刀たちに背を向けた。


「じゃあ、よろしく頼んどいたから。達者で」


静は、時雨のあっさりとした別れに驚き、問いかけた。


「えっ、どこか行くの?」


時雨の顔は、諦めと覚悟が混ざったような複雑な表情だった。


「赤目様の伝言あったんでしよ? 『規律通りに』ってやつ」


彼は、肩を落としながら続けた。


「なら、その場所に行かなきゃ。もうここには戻りません。戻れるとしたら、忍びの里だし」


時雨の背中は、自分の不甲斐なさと、組織の冷たい判断を受け入れたかのような、とてつもなく寂しい背中だった。


その時、松本が珍しく真剣な眼差しで、時雨に問いかけた。


「おい、お前、死ぬのか?」


時雨は、一瞬目を見開いた後、自嘲気味に微笑んだ。


「心配してくれんのか? 昨日今日会ったばかりの、僕に。ありがとう」


彼は、優しさに触れたことに感謝しながら、逃れられない運命を受け入れた。


「でも、仕方ない」


宿の戸口から、静に抱かれた幼子が、小さな手を懸命に振って、時雨の寂しい背中を見送っていた。


時雨は、振り返らずに手を振り、幼子に向かって声を張り上げた。


「お前も達者でな。死ぬんじゃねえぞ」


その言葉には、自分自身への戒めと、幼子への純粋な願いが込められていた。 

その時、一刀が、時雨の卑屈な運命論と自己犠牲の姿勢に、耐えきれずに大声で呼びかけた。


「時雨!」


一刀の言葉は、刀司としての魂の叫びだった。


「君は全然弱くない! あの子の命を救ったじゃないか! なんでそんなに卑屈になるんだ。胸を張れ!」


一刀は、過去の自分と、師匠の厳しさを知る者として、核心を突いた。


「君の敵は、君の中にある君自身だ!」


不運と劣等感に囚われ続けてきた時雨の足が、一刀の力強い言葉に一瞬止まった。彼は、初めて他人から真正面から『弱くない』と言われたことに、動揺を隠せないようだった。


時雨は、振り返ることなく、後ろ手に軽く手を振る動作だけを残し、闇に溶け込むようにその場から消えていった。


一刀たちは、静かに戸を閉めた。


彼らの心には、卑屈な『落ちこぼれ』でありながら、幼子を守り抜いた時雨の勇気と、冷酷な運命に立ち向かう彼の覚悟が、強く刻み込まれた。そして、新たな難儀、赤目八目党、そして時雨の行方という複雑な問題を抱えながら、つかの間の休息を取るのだった。


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