290話 呪いの人形
カナデヤ一門には、昔から伝わる怪異が幾つも存在する。しかしその殆どは実態のない噂作り話であり、以下を除いて信憑性を大きく欠いている。
“呪いの人形”。捨てても戻ってくる人型アンティークの総称。作者、由来不明。1箇所に長期間安置した場合、その後の紛失、破棄、長期間の運搬を行った際、いつのまにか元の場所に戻ってくる性質を有している。また、安置場所は人目につく場所、或いは開けた場所のみを好み、押入れやクローゼットに仕舞い込んだ場合にも元の場所に戻る。しかし、その移動する瞬間を目撃した者はいない。
“死へ誘う声”。暗闇から聞こえてくる人間の声。森の中や夜中など、屋外において暗闇や死角から発せられる。発言内容は「遊ぼう」「こっち来て」「おはよう」「こんにちは」など、対象者を誘うようなものが多いが、「さようなら」「またね」「お疲れ様でした」など、別れの挨拶も複数報告されている。発声者の素性は全くの不明で、男児から老婆まで多様な声質をしている。この声を聞いた者は不幸に見舞われると言われているが、因果関係は薄いと見做されている。また近年は、「やめて」「起きて」「助けて」「お母さん」などのパターンも報告されるようになった。
“呪いの森”。カナデヤ一門中心部に生い茂る森。カナデヤ一門周辺は元々深い森であり、ダクラシフ商工会の発展に伴い開拓工事が計画された。しかし呪いの森では死へ誘う声が多く発生すると共に、作業員から体調不良を訴える者が続出。重機の故障や、魔法の変質、果てには呪いの森に立ち入った者のうち1割以上が行方不明となる事件が起きた。そのため工事は断念。該当区域は呪いの森と称され保護されることになった。現在でも、許可なく立ち入った者が度々行方不明になっている。
“見たら死ぬ絵”。呪いの森内部に存在する、煉瓦造りの小屋から見つかった絵画群のうちの5枚。不気味な色彩で描かれており、モチーフ、著者共に不明。長らく放置されていたであろうその小屋には多くの絵画や工芸品が保管されており、殆どは工事責任者によって売却された。中でも絵画は人気が高く、多くのコレクターの間で取引をされた。しかし、ある資産家の家に飾られていた絵を見た女性が不自然な死に見舞われる事件が発生し、その後類似の事件がもう1件発生した。当時は絵とは無関係の突然死とされていたが、カナデヤ一門が呪いの街と呼ばれるにつれ、この事件を引き合いに出され見たら死ぬ絵と呼ばれるようになった。現在も絵と不審死の因果関係は不明のままである。
“幽霊屋敷”。呪いの森内部に存在すると噂される建造物。呪いの森に立ち入って生還した者からごく稀に証言される。それ以外に確からしい手がかりはなく、他全ての情報に信憑性はない。
〜カナデヤ一門 サンキォン邸 宝物庫〜
「これがその“呪いの人形”だ」
ハザクラに手渡された人形を、ラデックがしげしげと眺める。
「どうして割れているんだ?」
「カガチが壊した」
「ああ……」
ジャハルも試しに手に取ってみるが、寄せられた眉はピクリとも動かない。
「……造形魔法の類か?」
「カガチは創造魔法だと言っていたが、取引されるってことは相当古いはずだ。しかし、こんなに長持ちする創造魔法なんか見たことない」
「どこかに術者が……いや、それなら使奴が気が付かないはずがないか」
「創造魔法が魔力供給無しに形を維持できるのは、長くても数ヶ月。使奴がやったって20年そこらが限度だろう」
「だが、この人形は何十年も前から存在していた……。その頃はまだ術者が生きていたのか? もしくは、逸れ者の使奴の可能性? ガルーダか?」
「工魔の可能性もある……が、機械で魔法を動かしていたとしても、燃料の問題が発生するな」
「それ、ちょっと貸してくれ」
ジャハルの手からボブラが人形を受け取り、目を細めて見つめる。
「何か知っているのか?」
ボブラは暫く悩んだ後、場所を変えるよう提案した。ラデック達は、ハピネス、ラプー、デクスの3名をサンキォン家に残し、呪いの森付近の飲食店に向かった。
〜カナデヤ一門 呪怪州 バーラウンジ“彼方此方” (ラデック・ハザクラ・ジャハル・シスター・ゾウラ・レシャロワーク・ボブラサイド)〜
まだ夕方で明かりもついていないバーラウンジの入り口にハザクラが立つと、数秒経ってから扉の鍵がガチャリと開いた。
「前は笑顔の国の人間が経営していた店だ。今は人道主義自己防衛軍が所有してる」
ハザクラが店員に合図をすると、奥からがたいのいいラウンジ嬢が姿を現す。
「ハザクラ総指揮官、ジャハル総指揮官。お勤めご苦労様であります。ダクラシフ商工会占領計画、お見事でありました」
「ミハル兵長。奥の部屋を使わせてくれ」
「了解。折角なので何か食べて行ってください。有り体に言いますと、売り上げが不足しています」
「……何か適当に出してくれ」
「了解」
艶やかなVIPルームにつくと、ボブラは水で口を潤してから閉ざしていた口を重く開いた。
「……実は、使奴は魔法式から魔法を推測できないって、知ってたか?」
ハザクラは眉を顰める。
「俺はイチルギやラルバが魔法式を解析するのを何度も見ているが……できないってのはどう言うことだ?」
「そりゃ完成しきった魔法からの魔法式を推測してるだけだ。火が燃えてるから酸素が減ってるんだろうなとか、xに5をかけて20になるならxは4だろうなとか、この絵の具の赤は錆から抽出したんだろうなとか。実際に魔法式が見えてるわけじゃない」
「そんなの俺達だって同じだろう。赤い絵の具の原材料が錆だと思ったとして、大方色合いだとか匂いだとか年代作者時代背景から推測することが殆どだ。実際に鉄分が含まれているかどうかまで測ることは少ない」
ボブラはうんうんと頷きはするが、こう聞き返す。
「じゃあハザクラよ、この人形の破片、これの中身を見ようとしてどう見える?」
「持ってきたのか? ……まあ、意味のわからない魔法式の羅列だ。殆どはダミーコードだろうあい、もう何年も前の壊れた式だ。ここから挙動を読めと言うのは、燃えて粉々になった本を読めと言うのに等しい。ウェブサイトのソースコードとは訳が違う」
「ああ。機械語と魔法語じゃあ理念が違うからな。魔法には、パソコンみたいにウイルスセキュリティソフトみたいな便利なモンはない。使ってる記号も全員共通。覗かれちまったらそれまで。だから、分かりやすさを捨てて複雑に冗長に書くわけだ」
呪いの人形の破片を、ボブラがラルバに手渡す。
「……何だ?」
「お前も使奴研究員だろ。ちっと中読んでみろ」
「えぇ…………。うぅ。頭の中にミミズがいっぱい」
「初めて魔法学に触れた子供か! 読めるとこだけでいいから読んでみろっつの!」
「魔法語は発音不可じゃないか……?」
「意味は習っただろうが!」
「俺はあの授業嫌いだった」
「あーくそっ! 話が進まねぇ!」
唯一の使奴研究員仲間が消え去ったことで、ボブラは解説を諦めて無理矢理話を進める。
「ラデックが言った頭の中のミミズとやら、あれはハザクラにも見えてたよな?」
「ああ」
「あれが、“使奴には認識すらできない”。そう作られている」
ハザクラが言葉を失う。
「大戦争直前の時代では、商業製品に搭載する魔法には必ず膨大な量のダミーコードがぶち込まれていた。ダミーっぽくした本コードとか、頻繁に動くデコイコードだとか。誰も彼も大事な技術を真似されないように難解なコードを書きまくってたわけだが、使奴はコイツをたった数日で読み解いちまう。だから、そもそも認識できないようにフィルターをかけて作られたんだ」
「フィルター……?」
「魔法式がまるまる見えねえっつのは一般常識的に無理があるからな。式の一部を着色して、その部分だけ使奴には見えなくする仕組みがあったんだ。だから、使奴は魔法式を見たところで歯抜けの式しか見れねえ。模倣はできても式を真似したわけじゃねー。再現は不可能っつーわけだ」
「待て、そんなシステム聞いたことないぞ?」
「たりめーだ。使奴に必要ない知識を入れるのは手間。ハザクラの知識は使奴に埋め込まれた知識とほぼイコールだろ? でもって、ハザクラは別にフィルターがかかってる訳じゃねえから、魔法式自体は見えるが読めるねぇって訳だ」
「…………!! じゃ、じゃあ、その、人形に組み込まれた魔法式と言うのは……」
「ダミーコードに見せかけた、“使奴研究員だけが知ってる符号”だ」
ラデックが勢いよく立ち上がり、ボブラの胸倉を掴む。
「どうして言わなかった!! ラルバ達がいる間に!!」
「いでででっ!」
「やめろラデック!!」
ハザクラがラデックを引き剥がし、ボブラから遠ざける、
「ゲホッゲホッ。オ、オレだって分かってりゃ言ってたさ。まさか、今の文明にまで使奴除けの技術が残ってると思わねーだろ……!」
「……すまない。熱くなった」
「いや、構わねぇ。オレのも言い訳だ」
ラデックは人形の破片を手に取り、歯を強く噛み締める。
「明日は森の探索か? ハザクラ」
「ああ。日が暮れてから“死へ誘う声”の調査をしてもいいかと思っていたんだが。使奴研究員絡みとなると夜中の行動は避けた方がいいかもな」
「分かった。じゃあ、明日だな」
一行は近隣のホテルに宿泊し朝を迎える。ボブラが支度をしてホテルのロビーに来ると、入り口の方からラデックが歩いてくるのが見えた。
「よう。珍しく早起きじゃねえか」
「ああ……いや、寝てないだけだ」
少しやつれたその顔を顔を見て、ボブラは顔を顰める。
「まさか、夜通し森にいたのか?」
「少しやってみたいことがあったんだ」
「どうして一言言わねえんだ。何かあったらどうする。ハザクラも言ってたろ。夜中はやめた方がいいって」
「……すまない」
「ったく……。少し寝てから来い。ハザクラ達には言っておく」
ボブラが背を向けようとすると、ラデックは少し慌てた様子で否定した。
「あ、それは大丈夫だ。等悔山刑務所は、なんだかんだ不眠不休で2週間くらい動いていたからな。体力には自信がある」
「それを体力には自信があるの一言で片付けんのは無理がねぇか?」
「あるかもしれない……」
少ししょぼくれた様子のラデックに、ボブラは躊躇いつつも改めて謝罪を口にした。
「早くラルバを助けてやりたかったんだろ。……昨日は悪かったな」
「その件については済んだだろう。それに、悪いのは俺だ。最近手が出るのが早くなった」
「……なあ、ラデック」
「どうした?」
何か言いづらそうに目を泳がせるボブラは、辺りを見回してから尋ねた。
「本当はオレ、呪いの人形を初めて見た時よ、ほんの少しは疑ったんだよ。使奴研究員絡みだったらやべえかもって」
「……じゃあ、どうしてラルバ達に言わなかったんだ?」
「オレの気のせいならいいんだけどよ……。その……実はよ……」
ボブラはもう一度辺りを見回してから、こっそりとラデックに伝える。
「ずっと、別の使奴がついてきてる気がすんだ」




