287話 空嫌いとあまちゅ屋
〜カナデヤ一門 サンキォン邸 練習場 (ラルバ・バリア・ナハル・カガチサイド)〜
「ひえ〜。こりゃ勝てませんねぇ〜」
ナハルの治療で復活したばかりのピスカリテは、残念半分驚き半分と言った様子で左胸を摩る。
「でも、2対1だったら勝てたかもですよね?」
「いや、無理だろうな……」
ナハルはピスカリテの胆力に驚かされながらトマの方を見る。
「奴の異能は、周囲の物体の保護ってところか? かなり融通が利くようだが」
「惜しいですね〜。坊っちゃまは“滞在”の異能者です〜。物体保護までは合ってますけど、これは範囲対象プラス生命対象。権限を付与した人だけ、保護された物に影響を与えられるんですよ〜。それ以外の方は例え自分の治療でも阻害されます〜」
「なるほど……滞在か……。ジェット機か潜水艦にでも乗らせたら無敵の体当たりができるな」
「ちなみに私は絶望の異能者です〜。内容はバリアさんの推察通り、後ろ向きな幻聴と行動阻害ですね〜。でも、ラルバさんぐらいになら勝てそうでしたけど。あの人の異能って何なんですか? 情報ないんですよね〜」
「私も知らない。奴も言う気はないようだしな……。だが、それでも無理だ。奴が本気で自分に回復魔法をかければ、周りにいるお前らは波導症で起きていられない。滞在の異能じゃ気温気圧の類は防げないだろう?」
「あ〜……。知ってれば対策はできますけど〜……不意打ちでやられたら分かんないですねぇ〜」
「奴や私達がそれをやらなかったのは、気を失った後のお前らがどれぐらい朽ち果てるのか分からなかったからだ。幾ら使奴でも脳が粉々になってしまったら治せん」
「怖〜」
4人はピスカリテとトマの後に続いて本館に戻っていく。練習場の外では、侍女達が仕事もせずに不安そうな顔でナハル達を見つめている。
「……随分と印象を下げてしまったな」
「大丈夫ですよ〜。皆気にしいなだけですから〜。ほら、仕事仕事〜! 夫人に叱られますよ〜!」
ピスカリテがパンパンと手を叩いて呼びかけると、侍女達はそそくさと持ち場に戻っていく。
「……今、異能を使ったのか?」
「え? あ〜はい。元々は戦闘じゃなくて、こんな感じで幻聴メインで使ってたんですよ。指揮取るのに便利ですし、呼び込みとか、アナウンス関係ですね〜」
「確かに、それはメイド長にもってこいだな。バルコス艦隊が欲しがりそうだ」
「あそこはもう2度と嫌ですね〜。楽しくないですし〜」
そんな雑談をしながらハザクラ達の待つ謁見の間まで戻ってくると、扉越しに中からオタアの泣き言が聞こえてきた。
「頼むよ〜! せめて原因だけでも知っておきたいんだよ〜!」
バリアが扉を開けると、そこにはラデックとジャハル以外のメンバーが、皆呆れたようにオタアに蔑みの眼差しを向けていた。机の上には怪しげな絵画や人形、宝石や装飾品が多数置かれており、宛ら骨董品店のようになっている。
そんな中でもただひとり上機嫌のゾウラが、カガチに向かって走ってくる。
「お帰りなさい! どうでした?」
「特に問題ありません。……それは?」
カガチがゾウラの持っていた拳大の宝石に目を向けると、彼は誇らしげに頭上に掲げた。
「“不幸を呼ぶ呪いのダイヤ”だそうです! お土産に一個貰いました!」
「……はあ。取り敢えず汚いので捨ててください」
〜カナデヤ一門 サンキォン邸 応接間 (ラデック・ジャハルサイド)〜
「不幸を呼ぶ呪いのダイヤ?」
訝しげに顔を歪めるジャハルは、手渡されたネックレスを眺める。向かいに座る壮年の女性、“サンキォン・ピノー”は、眉を顰めたまま静かに頷く。燻らせるシーシャの煙が、不機嫌に渦巻いて換気扇に吸い込まれていく。
「アタシは信じてないんだけどね? 宝石もそこまで趣味でもないし? でも、主人がそういうの好きだから。ほら、あの人って頭おかしいじゃない?」
「オタア氏の話は予々伺っております。しかし、何故今更?」
「さあ? あの人のやることにアタシは口出ししない約束だし、興味もないし? 勝手にどうにかしてちょうだい。アタシはどうでもいいのよ、こんなこと」
要領を得ないピノー夫人とジャハルが話し込んでいる間、ラデックは狩られてきた猫のように毛を逆立てるピリの盾にされている。
「……怖い人には見えないが、ピノー夫人はそんなにおっかないのか?」
「そらおっかないよ……! 誰だってパパとママを怒らせたら怖いでしょ……!」
「……そうか。でも、会いたかったから帰ってきたんだろう?」
「いや? 別に? ただ顔出さないと後々大変なことになると思ったから、仕方なく戻ってきただけ。またすぐ出てくよ」
「聞こえてますよ、ピリ」
小声の会話にピノーが入ってくると、ピリは声にならない悲鳴を短く上げる。
「ぴぇっ」
「連絡くらいくれてもいいんじゃないの? 心配したわよ本当。それと、トマにお礼言っておきなさいね? ピリがいなくなっちゃったから、従兄弟なのにわざわざ来てくれて跡目になってくれたんだから」
「…………」
「オタアが大丈夫って言い張るから探さなかったけど、普通はあり得ないわよ? 一人娘の家出を放っておくなんて。アタシだってピスカリテに大丈夫って言われなきゃ探しに行ったのよ?」
「…………ふぇ」
「それから帰ってくるにしても――――」
「ちょっと言い過ぎじゃないのか」
横で黙って聞いていたラデックが、痺れを切らして横槍を入れる。
「折角家族が無事に帰ってきたんだ。まずは抱きしめてやるくらいしてやったらどうだ」
「……あなた誰? どの立場で言っているの?」
「俺はピリの友人だ。でもって彼女は俺の恩人でもある。幾ら母親と言えど、傷つけるようなら黙ってはいられない」
ラデックの敵対的な姿勢に、周囲の侍女達も敵意を向ける。しかし、ピノー夫人は軽い溜息と共に毅然と言い返す。
「ラデックさん。ピリが家出をした理由をご存知?」
「いいや」
視界の端にいたピリが、分かりやすく身を震え上がらせる。
「もう何年になるかしら。この子はね、1人で生きていくって大口叩いて、この屋敷を出て行ったのよ」
「それがそんなに良くないことか?」
「いいえ? それがサンキォン家のネームバリューで方々に理外の契約を強請る横暴な起業でなければね?」
「……何だと?」
「ピリは自分のやりたいことをやるって言って、碌に知識もないまま見当違いなスタートアップを企画したの。でも、他所の会社の方々は家でのことなんて知る由もないじゃない? そのせいでサンキォン家が圧力をかけてきたって勘違いして、ピリの世間知らずな絵空事を飲んでしまったの」
「…………失敗を経験するのも大事なことだ」
「確かにそうね。アタシ達が大失敗の尻拭いをした後に国外逃亡なんかしなければね?」
「……………………」
「叱られるのが嫌だったのか、詐欺で逮捕されると思ったのか知らないけど。ご迷惑をおかけした会社へのお詫び行脚で手一杯だったアタシ達はピリを止められなかったわ」
「…………………………き、厳しい、教育を、されていたりとかは……その、幼少期とかに」
「そうねえ。特別厳しくしたつもりはないけれど。次期当主のトマが女装してメイドごっこで遊んでるのに文句を言わないくらいは緩く接しているのだけれど、厳しいかしら?」
全く理路整然としたピノー夫人の説明の最中、こっそりと逃げ出そうとしていたピリの腕をジャハルが無言で掴む。
「ひ」
今にも失禁しそうな彼女に、ラデックが蚊の鳴くようなか細い声で告げる。
「そ、その……なんだ。謝るのは……大事だと思うぞ……」
「分かってくれたかしら? ラデックさん。それじゃ、ピリ。そこに座りなさい」
「ひ。ひ。ひ。いっひ。ひっひ」
フィースとブレイドモアを同時に制した豪傑も、母親の前では殺虫剤をかけられたカメムシより大人しく、両脇をラデックとジャハルに塞がれ、数年越しのお説教に啜り泣くしかなかった。
「――――ってことは昔も言ったけど、嫌なことから逃げるのはやめなさい。アナタには逃げ切る器用さもないでしょう? 逃げるくらいなら、守ってくれる人を探しなさい。アナタ、人望はあるんだから」
「はい……」
「あまちゅ屋の皆さんもアナタを信頼してくれてるんでしょう? そういうところを頑張りなさい。アナタはリーダーが向いてないわけじゃないのよ。全部自分でやろうとして、失敗した時に逃げるのが良くないの。失敗しそうな時に助けを求められないのが良くないのよ?」
「はい……」
「一回口にしたら絶対守らなきゃいけないなんてルール、アタシ教えてないわよ? それはアナタが勝手に作っちゃったルールでしょ?」
「はい……」
「それと、イチルギさんが何度か挨拶に来たけど、アナタ一体何したの? あの人特に何も言ってなかったけど、何かご迷惑になることしたんじゃないの?」
「…………はい」
ピノー夫人の説教の中で、ピリは今までの旅路を語った。何故世界ギルドで贋師ジヤウヤンと呼ばれるようになったのか、何故狼王堂放送局に潜伏することになったのかを。
※作者からの警告。結構長いけど読み飛ばしてイイヨ。多分そんなに伏線がない。
家出したばかりのピリは、主に漫画文化を広めるための出版社兼養成所のような企業を興そうと考えていた。サンキォン家の立場をフル活用して資金と人材を確保したがあっさりと瓦解。叱られることを恐れ、一部の社員と共にダクラシフ商工会を発つ。ここであまちゅ屋の前身が出来上がった。この時点で元よりゲーム好きだったティスタフカも加入していた。
各地を転々としつつ、世界ギルドに拠点を設ける。その頃、ティスタフカの発案で漫画内の通貨を再現したおもちゃの紙幣を制作。仲間内での共通通貨として使用していた。
しかし、その一部をティスタフカが故意に改竄。精巧な偽造紙幣として少量を世界ギルドにばら撒いた。数日も経たないうちに逮捕されたが、それを機にティスタフカがイチルギと接触。“偽金を用いた犯罪者駆除”の話を持ちかけた。
シナリオは以下の通りである。まず、世界ギルドが直々に偽札を作り、それを故意に流出させる。それを、あまちゅ屋にいた追跡の異能者によって完全に把握、所在を特定する。その偽札が一部の反社会組織に渡った瞬間、それを理由に一斉摘発。偽造紙幣への警戒を増すと共に、いずれ現れるであろう複製の異能者による異能犯罪への釘刺しを行う。と言うもの。イチルギはこれを承諾し、ティスタフカの主導によって実施された。
まず、あまちゅ屋が政府製の偽金を貧困層に配り、それらを食い物にしていた反社会勢力に喧嘩を売る。彼等があまちゅ屋を襲撃しに来たところを、ピリが返り討ちにする。その際ティスタフカが仲裁役となって、反社会勢力に精巧な偽札を格安で提供する商談を持ちかける。この時点で、ティスタフカはピリのことを“ジヤウヤン”の偽名で紹介した。
悪党は偽金を惜しみなく使い豪遊。突如現れた謎の精巧な偽金に世界ギルドは大混乱に陥る。ここで、イチルギがあまちゅ屋の追跡の異能者の手を借りて、今まで手を下せなかった反社会組織を一斉摘発。新紙幣の発行と電子決済の普及を推し進め、事態を収拾する。
しかし、ティスタフカは隠し持っていた政府製の偽札を、追加で貧困層にばら撒いた。追跡の異能者の助力を打ち切られたイチルギは手が出せず、世界ギルドの回復した信頼にヒビが入る。この際、ティスタフカが再びジヤウヤンの名を出していたため、貧困層では謎の英雄“贋師ジヤウヤン”として崇めるようになる。
ジヤウヤンが全く姿を現さない。また、世界ギルドや、魔人神話に登場する万物を裁く空の魔人でさえも見つけられないので、贋師ジヤウヤンの組織は“空嫌い”と呼ばれるようになった。そして、世界ギルドの国刀、獄師イチルギに代わる理想の英雄として、裏の国刀として国民に支持を得るようになった。
結果的にイチルギの独裁政治に反発する対抗馬という位置付けになり、新たな反社会組織の台頭への抑止力にもなったことで、イチルギは不本意ながらもこれを黙認。ティスタフカの企てを見逃すこととする。しかし世界ギルドに居づらくなったピリは、あまちゅ屋を法人化する夢を諦め再び放浪の旅を再開。道中資金が尽きたことで泣く泣くダクラシフ商工会に戻ってくる。
ダクラシフ商工会に潜伏中、またしてもティスタフカが詐欺罪により逮捕される。その後ティスタフカは等悔山刑務所相手に交渉を持ちかけ刑務官の座に就くことに成功するが、そのことを知らぬピリ達は救出に乗り出す。
初めはサンキォン家の管理する土地の一角で脱出口を掘削し始めるが、関係者に見つかりかけて逃亡。ダクラシフ商工会領を出たあたりで、狼王堂放送局を目指していたケイリと遭遇。ティスタフカの穴を埋めるように事務員役に添え、共に狼王堂放送局を目指すことになる。
その後ラデック達と出会い、大ダコ騒動の後、反抗夫と共に狼王堂放送局の第三部隊となる。立場と豊富な資金源を得たあまちゅ屋は、反抗夫の力を借りて改めてティスタフカ救出作戦を開始、掘りかけていた脱出口の掘削に移る。
そんな折、等悔山刑務所に潜入していたシスターの通信をメギドが傍受。ブレイドモア対策として傀君ドロドが送り込まれ、そのまま刑務所を襲撃。その後はハザクラに協力し、ティスタフカと共に各省庁の制圧に手を貸すこととなった。
ダクラシフ商工会が陥落した後、狼王堂放送局に帰ろうとしたところ、事情を知ったケイリに苦言を呈され、現在に至る。
※作者より、読み飛ばした人向けの要約。世界ギルドでティスタフカがイチルギを騙して偽金事件起こしたけど、なんか結果オーライだったから黙っててもらえたよ。イチルギはすごい嫌そうにしてたよ。空嫌いと贋師ジヤウヤンの別名はその時に生まれたもの。それから一回ダクラシフ商工会に帰ってきたけど、その時にティスタフカが完全自業自得で逮捕されたよ。奴は刑務所言いくるめて刑務官になったけど、そんなことを知らないピリさん達は助けるために穴を掘り始めたよ。でも見つかりかけて逃げた。ケイリさんとはその後出会って、流れで一緒に狼王堂放送局に行くことにしたよ。その後大ダコ事件があって、解決したら正式に狼王堂放送局のメンバーにしてもらえたよ。地に足ついたのでティスタフカ救出作戦再開。その最中シスターからの連絡が来て、襲撃作戦に乗り出したよ。色々片付いて帰ろうとしたけど、事情を知ったケイリさんに「実家に顔出しとけ」って言われて今に至るよ。哀れだね。
しどろもどろでピリが話し終えると、ピノー夫人は頭を抱えて肘掛けに凭れかかった。横で話を聞いていたラデックとジャハルも、思わず顔を顰めてピリを見る。
「……ひとまずは……その……大変だった、な?」
「大体はそのティスタフカが悪いが……。貴方もリーダーならもう少し手綱を強めにだな……。それこそ、当時のティスタフカはまだ子供だろう?」
「子供以下でごめんなさい……」
「ジャハル、ティスタフカは本当に碌でもない。多分無理だ」
「……まあ、あの一家はみんな頭がおかしいから、分からなくもない……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
魂が抜けて涙と懺悔しか流さなくなったピリを前にして、ピノー夫人は溜息をぐっと飲み込み言葉を絞り出す。
「……整理する時間が欲しいわ。ジャハルさん、悪いけどピリを連れて暫く外に出ていてくれないかしら? 明日くらいにまた来てちょうだい……」
「分かりました。……ご無理なさらず」
酷く顔色の悪いピノー夫人は、侍女の手を借りながら部屋を出て行く。その際、ピリがボソリと呟いた。
「パパに謝りに行く時もついてきてくれる……?」
縋るように袖を握られたラデックは、少し悩んで袖からそっと手を剥がした。




