288話 呪いの街
〜カナデヤ一門 麗流州メインストリート (ラデック・ジャハルサイド)〜
レンガや石畳など、石造りを基調とした街路樹生い茂る大通り。点々と続く出店と観光客の群れはヒトシズク・レストランを彷彿とさせるが、喧騒とはまるで無縁の世界。声を張り上げる露天の呼び込みも、テーマパークを足早に進む客も、ここにはいない。誰もがのんびりと歩みを進め、店側も微笑みを絶やさず最低限のやり取りで済ますのみ。近隣を流れる運河のせせらぎと、街路樹の枝葉が擦れる音が涼やかに吹き抜ける。
「気持ちのいい街だな……。呪いを観光資源にしていなければ」
ジャハルは若干眉を顰め、近くの屋台の看板を睨む。
呪いの人形焼き。怨恨エッグ。デス・パニーニ。恨み辛みサラミピッツァ。ネクロの冷凍ミカン。掲げられている品目は、どれも食欲を唆るとは言い難い不吉な字面。
「ここまだ入口なんで高いですよ。もうちょっと奥行きましょう」
「待ってくれピリ。デス・パニーニ食べたい」
「高いって言いましたよね?」
そんなことを気にする素振りなどまるでないラデックとピリを見て、ジャハルは深い溜息をつく。
「どうしたジャハル。財布でも忘れたか?」
「……現地民のピリはまだしも、どうしてお前はこの異様さに何の違和感も持たないんだ……?」
「食べ物に罪はない。名前を変えたところで味が変わるわけじゃないだろう」
「食欲に関わるだろう」
「確かに、恨み辛みとか言うよりは激烈極旨とかついててほしくはある」
「……もういい。好きにしろ」
ピリの案内で通りを進み、適当に数品購入した後公園に寄ることにした。丁度帰るところだった家族にテーブル付きのベンチを譲ってもらい、各々購入した物を机に並べる。
「ジャハル、それだけでいいのか?」
「寧ろお前はソレ全部食べる気か?」
ジャハルが購入したのは、闇病みヤミーシェイク、臓物バーガー野菜マシマシ、ドクロカットメロンの3品。それに対してラデックは、机の半分以上を埋める屋台飯の数々。軽く5人前を超える物量に、ピリも唖然として尋ねる。
「……てっきり他の方へのお土産だと思ってたんですけど、1人で?」
「ピリも食べるか? どれでもいいぞ」
「いや、私自分のがあるので……」
「そうか。じゃあまずは……やっぱデス・パニーニからにするか」
真顔で黙々と食べ進めるラデックの姿に、ピリはジャハルをチラと見る。
「……ラデックさんて大食い?」
「まあ、少なくても平気ではあるが、あればあるだけ食うタイプだな」
「ヒトシズク・レストラン行ったら食べ放題出禁にされそう……」
「俺はされてないぞ」
「誰かはされてるんだ……」
早々に食べ終えたジャハルが、ラデックが食べ終わるのを待つ間に話を始める。
「食べ物以外の露店もあったが、やはりどれも呪いを売りにしているな。ピノー夫人の見せてくれた呪いのダイヤに似た物も幾つかあったし、一体どういうわけだ?」
「昔からこの辺は不気味な現象がよく起こる街だったんです。捨てても戻ってくる“呪いの人形”に、聞いたら気を狂わせる“死へ誘う声”、”見たら死ぬ絵“に、人を食らう”呪いの森“。どれも私が生まれる前からの昔話ですけど。けどきゅうめいエージェンシーからもそこそこ近いし、山もないから獣害も少ないし、色々住むには都合が良くって我慢してたらしいんです。で、一部の人達が不気味現象を研究してる間にみんな慣れてきちゃって、恐怖心が薄れて面白がるようになったそうです」
「……実害はなかったのか?」
「んー、見たら死ぬ絵は実際に亡くなった方が何人もいたそうですけど、実際は1人か2人くらいでしょうね。どれもそんなに被害はなかったと思いますよ。噂ばかりが大きくなって、寧ろ度胸試しの的にされてました。あとは面白半分の観光客が増えて、街も調子に乗ってグッズ化して、今に至ります」
「オカルトマニアの悪ふざけみたいなものか……」
「でも、呪いのダイヤだけはちょっと違う立ち位置なんですよ」
ピリが先ほど屋台で購入したであろうブレスレットを見せる。
「このダイヤ……厳密に言えばダイヤではないんですけど、数年前から突然湧いて出てきたんです」
「それは、鉱脈が発見されたと言うことか?」
「いいえ。“研磨された状態で森の中から”見つかったんです。それも大量に」
ジャハルが目を顰め、ラデックも食事の手を止める。
「最初に見つかったのは、確か10年前。呪いの森の探検ツアーの最中、観光客の1人が見つけたそうです。その後も呪いの森でよく見つかるようになりました。今では小1時間も森を歩けば一個は見つかると思います」
「……それは、地面から湧いている、ということか? 動物がどこからか持ってきた可能性は?」
「考えられません。カナデヤ一門どころか、ダクラシフ商工会でも扱ってない未知の波導結晶です。魔力が結晶化した、スフィアに近い鉱物です。でも、スフィアと違って多量の不純物を含んでいます。そんな結晶、自然界にごろごろ落ちてるわけでもないし、動物が拾ってくるには多すぎます」
「三本腕連合軍の廃棄物はどうだ? 我が国でもそうだが、魔導工場では魔力滓が多く出る。鳳島輸送の棚田なら相当な量が出るだろう」
「あんなのダイヤどころかアスファルトですよ。油だの塵だので酷い臭いがしますし。その反面このダイヤは相当綺麗です。そりゃ天然のスフィアに比べたら雲泥の差でしょうけど、とても工場から排出されたゴミには見えません。こんなの採れるんだったら幾らでも再利用できますよ」
「確かに……そうか……」
ダイヤは太陽光に翳すと、キラキラと七色の光を反射させる。ガラス玉とは全く異なる輝きと、金にも劣らぬ重量感。呪いというミステリアスな性質も相まって、それは多くの人間を魅了した。
「……ん? そう言えば、これのどの辺が呪いなんだ?」
「ああ、所有者が度々亡くなってます」
「早く言え!!」
ジャハルは血相を変えてブレスレットをピリの方に放り投げる。
「大丈夫ですよ。レアケースですから。ほら、パパも沢山持ってますけど元気ですし」
「呪いを面白がっていない人間にとっては不気味極まりない! 放射能とかだったらどうするんだ!」
「大丈夫ですって。色々検査して問題なしってことになってるんですから」
「検査……どんな検査だ?」
「えっと、なんだっけ……。毒が無いかとか、変な魔法とか呪いがかかってないかとか、それこそ放射能がないかとか。“反魔法性”がないかとかですね」
聞き慣れぬ言葉にラデックが首を捻る。
「反魔法性? それはどういった性質なんだ?」
「波導を通すかどうかって話です。波導が反射する石とかたまにあって、ずっと身につけてるとそこだけ爛れたりするんです。ほら、冷蔵庫とか壁に密着して置いておくと電気焼けで壁黒くなるじゃないですか。あんな感じで」
「それはどうやって測るんだ?」
「魔法当てて跳ね返ってくるかを見るだけです。測定値が5以下なら問題ナシ」
「へぇ」
呆けた顔で焼き芋を齧るラデックを、ジャハルが怪訝そうに見つめる。
「何だジャハル。欲しいのか? 焚書焼き芋」
「……お前、一応科学者だったんだろう? 知らないのか?」
「知ってると思うのか?」
「聞いた私が馬鹿だった。例え習っていても覚えているはずがないな」
「先週の夕飯なら覚えているんだがな」
反省の欠片もないラデックを視界から外し、ジャハルはピリに向き直る。
「亡くなられてしまった方に共通しているのは、ダイヤを持っていたというだけか?」
「んー、強いて言えば、亡くなられた方は皆さんご高齢の方ばかりってことと、沢山のダイヤを所有していたってことくらいですかね」
「死因は?」
「臓器不全とか、呼吸不全とか、肺炎とか。まあ老衰ですね」
「じゃあ気にするほどでもないんじゃないのか?」
「でも、ダイヤを集めだしてから半年くらいで亡くなってしまっているケースが十数件あるらしくて、面白さよりも恐怖が勝ってきたって感じです。それが呪いブランドを損なうみたいで、パパ達は焦ってるみたいです」
「はあ……。他にダイヤを所有していて心身に不調をきたしている方とかは?」
「最近はダイヤの売れ行きも悪いみたいですし、いないんじゃないですかね。でも逆ならいますよ。目立ちたがり屋の人がわざと身につけまくって生活してたりします。話聞きに行きます?」
「……あまり気乗りはしないが、どうせ時間もあるし。行ってみるか」
「そう! 俺こそがぁ! 人呼んで“呪いの男”!! カナデヤ一門を支配する全ての呪いに掛かり、全てを捩じ伏せ生還した唯一の男!!! そんな俺に用があるって!?」
「ああ、たった今済んだ。元気でな」
全身に金銀財宝を纏った愉快な男に手を振り、ジャハルはそそくさとその場から立ち去る。
「調べなくていいんですか?」
「あのアホが生きてるなら無害だろう。人並み以下の魔力と体躯であれだけ元気なら、ダイヤに人を死に至らしめる効能はない。どうせ呪いから生還した唯一の男っていうのも自己申告だろう」
「まあ、あと3人くらいは心当たりがある程度にはいますね」
「……ラデック行ってこい」
「嫌だ」
2人はピリの案内で街を巡り、呪いのダイヤに関する聞き込みを続けた。しかしどれも憶測しかなく、住民達は呪いというよりは犯罪組織による資産家の襲撃を疑っているようだった。
「まあ、普通はそうなるな」
「ジャハル見てくれ。呪いの腕時計。安くしてくれた」
「それはただのガラス玉だ」
「えっ」
ピリは2人の先を歩き、あたりを眺めながら小さく唸っている。
「ん〜、次は西区の高級住宅街でも行ってみます? それか呪いの森にでも行ってみるか。あ、南区に呪いのダイヤの研究してる人がいたっけ。そっち先に行きます?」
ピリがそう提案するも、ジャハルは答えずジっと見つめ返す。
「……な、なんですか?」
「随分……この話に詳しいんだな。家出していたのに」
「ギ、ギク」
「それにここ最近は大ダコにティスタフカ救出にと忙しかったろう? 地元の事情なんか集めている暇も動機もなかったんじゃないか?」
「ギクギクギク……」
「そのギクギクと言うのは図星という意味か?」
「……ギク」
ピリが歩道の上で正座を始めると、ジャハルは「往来の邪魔だ」と言って腕を引き立たせる。
「……あのですね。実を言うと、狼王堂放送局に潜伏してる間も、ちょこちょこコッチ帰ってきてまして……」
「何故だ? 実家に戻ってきていたわけじゃないんだろう?」
「あの、そのですね……。あの、金策と言いますか。あの、やっぱお金がかかるのでね。あの、そこで、その、う、売ってまして……」
「…………呪いのダイヤを?」
「おういえす……」
顔をしわくちゃにして自嘲的な笑みを浮かべるピリを、ジャハルとラデックは軽蔑の眼差しで見下ろす。
「2人ともタッパあるんだから怖い顔で見下ろさないでよ……」
「お前……親が困ってると言うのにそんな薄情な……」
「だから呪いの森で採れる頻度を知っていたのか……」
「金欠には勝てねぇでヤンスよ……ただでさえ不法入国してるのに……」
「どうして不法入国と無許可営業と脱税をする度胸があるのに親に一言謝れない?」
「あまちゅ屋の仲間やケイリには何て言ったんだ? まさか何も言わずに?」
「ハーンカチをー下さーい、なーみだーを拭ーくので。ティッシュも下さーい。はーなーをかーむので」
泣きながら歌い始めたピリを蔑んでいると、馴染みのある波導が頬を撫でた。検索魔法の粒子が消え去り、それからすぐに見知った顔の術者が通りの奥に現れる。
「あれ」
「ハザクラ?」
「そーれーと少しーでいいです。暖かいー言葉をー。おーいぇー」
全速力で駆けてきた彼は、汗を拭いもせず青褪めた顔で3人に報告した。
「すぐに来てくれ!! ラルバ達が封じられた!!」
「なんだと!?」
〜カナデヤ一門 サンキォン邸 謁見の間〜
同じく探しに出ていたゾウラと道すがら合流し、ラデック達が駆けつけると、シスターとボブラが出迎えた。
「良かった、ラデックさん!! 早く皆さんを!!」
「オレじゃどうにもならねぇ……!! すまん……!!」
部屋の中には、無言で見守るデクスとレシャロワーク、焦燥を隠しきれないピスカリテとトマ。その後ろに隠れる恐怖に足を竦ませたオタア。そして――――
“見たら死ぬ絵”の前で、微動だにしないラルバ。
「何が……あったんだ……!?」
ナハル、カガチ、バリア、そしてイチルギ。使奴の全員が、一切の波導を発さずに心臓の鼓動すら止めて、額縁に飾られた絵を見つめたまま微動だにしない。
暗い色調で描かれた抽象画の斑模様が、人の顔のように歪んで笑っているように見えた。




