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10話
その日は人身事故の影響で、朝の電車は異様な混み方になっていた。
押し込まれるように乗って、身動きが取れない。
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りこはカバンを前に抱えているのに、それでも距離が近い。
気づいたときには、悠星と向かい合う位置。
逃げ場がない。
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電車が揺れる。
強く押される。
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りこの体が、一瞬前に流れる。
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その瞬間。
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悠星の手が動く。
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反射に近い。
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引き寄せるように、受け止める。
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一瞬だけ、距離が完全に消える。
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「……っ」
りこの息が止まる。
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悠星もすぐに気づく。
(やばい)
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次の瞬間、手を離す。
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「……ごめん」
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短く、でもはっきり。
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りこは一瞬きょとんとする。
「え?」
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悠星は視線を逸らしたまま。
「今の……」
言葉が続かない。
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少しだけ間。
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りこは小さく首を振る。
「なんで謝るの?」
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悠星がわずかに止まる。
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「私こそ……ごめん」
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視線を少し落とす。
「寄っちゃったし」
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一瞬、空気が止まる。
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悠星は何も言えない。
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でも――
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さっきより距離を取ろうとはしない。
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電車はそのまま進む。
何事もなかったみたいに。
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ただ、
さっきまでと同じ距離には、戻らなかった。




