6-2 ニート魔王、天界へ
「ノワエさん、お疲れ様です」
異界の門を抜け、天界で待っていたのは、毛先がくるりと巻いた金色の髪が特徴的なローナさんだ。
白とピンクを基調とした服に、手足には動きを妨げない程度の小ぶりな甲冑を身につけている。一見するとちぐはぐな組み合わせだが、不思議と彼女の華やかさを引き立てている。
天魔総括協会の副会長を務めており、私が "とある理由" で異世界へ赴く際にいつも対応してくれる女性で、もうすっかり顔なじみになっている。
「こんにちは、ローナさん。忙しいのにわざわざ出迎えてくれるなんて……」
「最重要来客ですから。では、さっそく申請をお願いします」
申請書類を渡されたので、ルルカの分も含めて慣れた手つきで記入を終える。ローナさんはそれを受け取り、目を通している。
「はい、問題ありません。では刻印しますので、手を……」
差し出した手の甲に、魔法で来訪者であることを示す紋章が刻まれる。
これは天界で用いられている身分証明の魔法で、氏名や生年月日はもちろん、武器の所持や出入りできる施設の情報なども細かく記されている。
魔族は基本的に武器を持つことは許されないが、私は特例として帯刀を認められている。もっとも、使ったことは一度もないけれども。
「ルルカ、気分は悪くない?」
書かれた紋章を不思議そうに眺めるルルカ。顔色はいたって普通だが、念のために確認しておく。
「ぜんぜん大丈夫だよ。移動した時にちょっと眩暈がしたくらい」
ルルカのように魔力が少ない魔族は、天界に来るとすぐに弱ってしまう。これは魔族の力の源である闇属性の魔力が、天界にはほとんど存在しないことが原因だ。
理屈は違うが、魔力が少ない者は空間移動時にも気分が悪くなる。だが、ルルカは平気なようだ。特異体質なのかもしれない。
「それならよかったわ。ただ、魔族が天界に馴染むことなんてないから、体調が悪くなったら我慢せずにすぐに言いなさいよ」
「りょ~かいっ! ノワエ様の迷惑にならないようにするね」
いつものようにルルカが明るく返してくれる。
「それでは準備も整いましたので、参りましょうか」
ローナさんに連れられて、私たちは天魔総括協会の本部を目指す。
「でもまさか従者になって一か月もしないうちに、天界に来るとは思わなかったよ」
「私も連れて来ることになるとは思っていなかったわ」
先日の魔族が異界に渡った件に関して、報告義務のある大魔王の代理として、そして事件に関わった者として、私は天界にある天魔総括協会の本部に呼び出された。
この協会は、魔族や天使が勝手に他の世界へ渡り、その世界が荒廃しないようにすることを目的として、双方が協力して設立された組織だ。
この協会への申請を経ずに故意に異界へ行けば、誰であろうと重罪となる。
さらに今回は、異界の門を使えるとは思えない中級程度の魔族が犯人だ。確実に誰かが手引きしている。その黒幕を突き止める必要があるため、私だけでなくルルカも聴取に呼び出されたのだ。
受付を出てしばらく歩くと、都市部に入った。
「それにしても天界って、街並みは魔界と変わらないんだね~。なんか意外」
光属性の魔力が満ちていることと、天使が歩いていること以外は、ほとんど魔界と変わらない。町並みなんて、魔界の城下町にそっくりだ。
「どんなものが売ってるんだろ? ノワエ様、聴取が終わってから町を見てみたいな~」
「いいわよ。今日中に帰れば父さんも何も言わないだろうし。ローナさん、時間はある?」
魔族が天界を歩くときは、天使に付き添われ――いや、実質的には監視されながら移動するのが当たり前だ。
だからローナさんの予定が空いていなければ、町を散策することはできない。
「はい、ありますよ。まぁ、ノワエさんでしたら好きに街を歩いていただいても構いませんけどね」
……ん?
「え? 私、勝手に歩いていいの?」
ローナさんの何気ない一言に、思わず声が裏返った。
天使と一緒に行動するのは当然のこととして受け入れていたから、付き添いがなしで歩くなんて考えもしなかったからだ。
「はい。ノワエさんなら問題は起こさないでしょうし」
「……ノワエ様、えらく信用されてるねぇ~」
それなりの頻度で天界を訪れ、何度か問題を解決してきたためか、どうやら私は思いのほか信用されているらしい。
「せっかくなら数日滞在していただいてもいいのですが」
「それは父さんが許さないでしょうね」
「はぁ。自分でノワエさんを派遣しているというのに、少しでも不穏な動きがあったらすぐに勘ぐってくるアウレオールス様には参りますね」
「父さん、歴代の中でも弱い大魔王だから仕方がないじゃない。そうやって疑心暗鬼になって、早め早めに潰さないと安心できないのよ」
私の父である大魔王アウレオールスは、歴代の魔王の中でも最も野心家で、力で全てを制圧してきた武人と評されている。
しかし実際は、正面切って魔界を統べるほどの強さはない。裏でこそこそと政敵を消しているから地位を保てているだけだ。
「……弱いって言ってるけど、ノワエ様は大魔王様を倒せるの?」
「倒せると思うわよ。無傷ってわけにはいかないと思うけど」
手合わせをしたことはないが、父さんが戦っているところは見たことがあるし、魔力の量でもだいたいの戦闘能力は測れる。
それらを踏まえると、今の私でもおそらく余裕で倒せる。
「ってことは、ルルカちゃんは魔界で最強の魔族に仕えてるってことか。やっぱり私って、すっごく幸せ者だね」
「賃金低いのに?」
敬語を使えないという点を除いてルルカの能力を考えれば、五倍払っても足りないくらいだ。気持ちとしては払ってあげたいが、我が家にそんな余裕はない。
「最強の魔族がニートでだらしなくてお世話しなきゃいけないなんて、これ以上のシチュエーションはないよ。これはもう、ノワエ様はルルカちゃんのために生まれてきたって言ってもいいくらいじゃん」
「……あんただけよ、私がだらしなくて喜んでるの」
怠けているつもりはないが、魔王族としての威厳は皆無で、地位も全魔族の中で最下層にいるのは間違いない。
ローナさんが初めて天界に来たルルカに軽く説明をしつつ、私は寄り道しようとするルルカを制止しながら、本部へと歩を進めた。




