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エピソード5:そして真実は闇の中に④

 ユカが次に目を覚ました時……どこか見慣れた天井に、思わず顔をしかめる。

 全身に残る気だるさは、6月、倒れた時に感じた不快感と似ていた。

「あた、し……」

 乾いた唇で声を発してみると、急激な喉の乾きと空腹に襲われる。気持ち悪さの原因はこれだろうか? いや、それだけではないと思うけれど……自分は今、どこにいるのだろう。

 現状を把握したくて、とりあえず体を起こす。そしてどこにいるのかをすぐに理解した。

「こ、こ……福岡の、仮眠室……」

 ユカが眠っていたのは、4畳ほどの小さな部屋。窓が一箇所、簡易ベッドが一つあるだけで他には何もない、そんな殺風景な一室だった。ユカ自身はずっと福岡市内に住んでいたこともあり、この部屋を使ったことはないけれど……年末年始で受注件数が大変なことになった際、一誠がゲッソリした表情でこの部屋に消えていく背中は見たことがある。

 粗末なので寝心地が硬いベッドから降りようとしたユカは……ここで、足元に転がっている『誰か』に気付いた。

「え……政宗……?」

 視線を下に向けてみると、寝袋にくるまって休んでいる政宗がいた。部屋の明かりはついていないが、窓からは明るい日が差し込んでいる状況。そんな中で健康的な顔色は戻ってきていないことから、彼自身も相当消耗していることが伺える。

 彼ならば宿泊先のホテルに戻ることだって出来たはずだ。事情があったかもしれないとはいえ、寝袋を使って床で寝ているなんて……回復出来るわけないじゃないか。

 本当に、彼はどこまで……。

「……バカ政宗」

 ユカは不満そうな表情で呟いた後、再びベッドに突っ伏した。

 今の彼女もまだ、回復には程遠い。人の心配よりも自分の心配だ。そう言い聞かせて目を閉じると……意識は再び、あっという間に沈んでいった。


「……カ、ケッカ……おい、ケッカ……!!」

 次にユカが意識を取り戻したのは、政宗に名前を呼ばれながら肩を軽く叩かれた時のこと。

 うつ伏せになっていたユカは、顔の半分を声がする方へ向けて……顔をしかめる。

「……邪魔せんでよバカ政宗……ケッカちゃんは満身創痍で……って……」

 政宗へ向けた不満をスタートさせたユカだったが、徐々に意識が覚醒していくと……先程よりも自分の体が軽くなっていることを自覚し始めた。

 あれだけ強く残っていた不快感も、疲労も……そのものがまるで夢だったかのように、体から抜け落ちている。布団の上に体を起こしたユカがしげしげと両手を見つめていると……既に寝袋を片付け終えている政宗が丸めたその上に腰を下ろし、ユカを見上げて問いかけた。

 彼の顔色も元に戻っており、特に心配するような要素は見当たらない。

「なぁケッカ、体の調子……どうだ?」

「……悪くなか。政宗も?」

「そうなんだよ。一体何が――」

 刹那、政宗の言葉を遮るように扉が開き、ペットボトルを2本持った双葉が顔を出した。

「お2人とも、目が覚めたようですわね。調子はいかがですか?」

 2人から注目されている双葉は、笑顔で部屋に入ってくると……ユカと政宗にそれぞれ、スポーツ飲料の入っている500mlのペットボトルを手渡した。

「とりあえず水分からどうぞ。霊的なことはウチでも助けられますが、物理的なことはご自分で何とかしていただく必要がありますからね」

 2人がそれぞれに頭を下げて各々喉を潤している間……双葉は穏やかな表情で見守っている。

 先に半分ほど飲み終えた政宗は、キャップを閉じながら……周囲を見渡してオズオズと問いかけた。

「あ、あの、双葉さん……そういえば、統治はどこに……」

 この場にいない統治を探す彼らに、双葉が現状を告げる。

「名杙さんにはホテルで休んでもらいましたの。ウチの力をお2人へ間違いなく浸透させるために」

 彼女はそう言って、微笑のまま少し目を伏せた。

「昨日も少しお話したかと思いますが、ウチは潜在的に相手に干渉してしまう性質があります。先程までのお二人は、名杙と名雲の力に同時にあてられたり、強力な『遺痕』に対処したりして、霊的にとても乱れた状態でしたわ。ですので、ウチだけが近くに残って、お二人が霊的に落ち着くように手助けをさせていただきました……というわけですわね。とはいえ、具体的に何かしたわけではありませんけど」

 寝ている間に回復していた2人なので、いまいちピンときていないが……数時間前はあれだけボロボロだったのに、今はとても体が軽い。恐らくこれが、双葉の持つ特性なのだろう。

 政宗は自分の両手をしげしげと見つめた後、顔を上げて双葉へ謝辞を告げる。

「そうだったんですね。本当にありがとうございます。あの……すいません、今、何時ですか?」

「間もなく夕方の4時になろうとしています。名杙さんもこちらへ向かっていますし、瑠璃子さんが食事を用意してくださっているので、食べられそうなら応接室に出てきてくださいね」

「あのっ……!!」

 出ていこうとする双葉を、政宗が慌てて引き止めた。立ち止まって「何か?」と振り返る彼女へ、彼は改めて問いかける。

「俺達が先にあの場を後にしてから……変わったことは何もありませんでしたか……?」

 自分たちのやったことに、何か不手際はなかっただろうか。その心配が消えない彼へ、双葉ははっきりと返答した。

「何もありませんでしたわ。お疲れ様でした」


 簡易ベッドの布団一式を足元に畳んだユカは、政宗と共に仮眠室を出て、応接室へと移動した。

 2人が起きたことを聞いていた瑠璃子が事務スペースから顔を出すと、とりあえず2人を椅子に座らせる。

「2人とも、お腹すいとる? 丸天うどんとかしわおにぎりくらいなら食べれるやかー?」

 そのメニューを聞いて内容を察したユカが、いち早く自己主張した。

「あ、はい。あたしは食べれます。政宗も食べるやろ?」

「へ? あ、はい、俺も食べます……」

 ユカの言葉に政宗は頷きつつ……彼女の肩を叩くと、小声で問いかけた。

「なぁケッカ、丸天って何だ? なんの天ぷらなんだ?」

「へ? 丸天は丸天やろうもん」

 ユカが「何を言っているんだ?」と言いたげな表情で返答するが、政宗の表情は晴れない。

 笹かまぼこが特産品の県に住んでいる彼なのに、どうして丸天を知らないのだろうかと首を傾げつつ……とりあえず、ユカが知っている範囲で説明を試みる。

「丸くて大きなかまぼこみたいなやつで……なして知らんと?」

「いや知らねぇよ!? 練り物の国から来たけど全然分かってないからな!?」

 政宗が未知なる『丸天』にビクビクしていると……程なくして、瑠璃子が二人分のうどんを運んできた。出汁の香りが湯気と共に広がり、ホッと安心することが出来る。

 そして、うどんの中央には……はんぺんのような丸い練り製品が、堂々と鎮座していた。政宗が思っているような天ぷらっぽい衣はなく、全体的にのっぺりしているので、おでんの具材のようにしか見えない。

「これが丸天……きつねうどんみたいだな」

「政宗、本当に知らんと? 福岡ではごぼう天うどんと双璧をなす定番メニューなんよ」

「マジかよ……と、とりあえずいただきます」

 政宗は割り箸を割って、熱々のうどんをゆっくりとすすった。麺は箸で持ち上げると切れそうになるほど柔らかく、本調子でない彼らにはとても食べやすい仕上がりになっている。

 麺に絡んできたスープも、昆布やあご出汁をベースにした深みのある味わいで……まるで、店頭のうどんをそのまま出前で運んでもらったような仕上がりだ。

「福岡には、うどんの出前があるのか……?」

 政宗が大きな丸天を持ち上げて首をかしげると、小皿にかしわ飯のおにぎり――鶏肉やごぼう、人参などの根菜類を混ぜた炊き込みご飯をおにぎりにしたもの――をのせた瑠璃子が、2人の前にそれを置きながら、そのうどんがどうやってここにやって来たのかを教えてくれた。

「出前じゃなかけど、似たような感じかなー。麺もスープもテイクアウトしてきたけんねー」

「麺とスープをテイクアウト!?」

 刹那、政宗が麺を吹き出しそうな勢いで目を見開く。そんな彼の様子に、ユカと瑠璃子は顔を見合わせて……首を傾げた。

「……普通のことですよね」

「そうだと思っとったっちゃけどねー……」

「いや、少なくとも宮城では普通じゃないから!! 麺はまぁ……まぁ、出来そうですけど、スープも持って帰れるんですか?」

「うん、ビニール袋とかに入れて持ち帰り出来るんよー。具材やおにぎりも持って帰れるけん、こげな感じで自宅でお店の味を楽しめるっちゃんねー」

 福岡にある多くのうどん屋では、店の味を自宅で食べることが出来るように用意してくれる。天ぷらなどの具材も持ち帰れるので、仕事で疲れた時などはとても重宝するのだ。

 うどんや蕎麦は店で食べるもの、という認識だった政宗は、地域の文化に改めて目を丸くする。

「それでこんなハイクオリティなうどんが手軽に……え、まさか豚骨ラーメンも持ち帰り出来ます?」

「それはお土産用に売っとる箱入りを買わんといかんねー」

 瑠璃子の返答に「ですよね」と納得しつつ、政宗は丸天にかぶりついた。魚のすり身を丸く成形して揚げたものなので、触感としてはかまぼこやはんぺんに近い印象。出汁のきいたスープとの相性も抜群で、きつねうどんの油揚げよりも優しい味わいに感じた。

 政宗はうどんを食べつつ、かしわ飯のおにぎりにも箸をのばす。福岡でうどんのお供といえばこのおにぎりだ。いなり寿司派の人も多いとは思うが、甘めのスープと鳥だしの効いたかしわ飯おにぎりは相性が抜群なので、福岡に行くことがあれば是非一緒に食べていただきたい。麺の腹持ちの悪さも補填してくれる優秀な相棒にもなってくれる。

 2人がほぼ無言でうどんを食べている間、瑠璃子は机を挟んだ向かい側に座って様子を見守っていた。そういえば一誠の姿が見当たらないが……まさか、自分たちのように消耗してしまっているのだろうか。ある程度食べ終えたユカは箸を止めると、正面にいる彼女へ恐る恐る問いかけた。

「あの、瑠璃子さん、一誠さんは……?」

「一誠は先に家に帰って、今日の報告書を書いてもらっとるよー。連休明けには出したいけんねー」

「報告書……お父さんの『縁切り』の、ですよね」

「そう。他の人の土地に入ったりしたけんが、その関係で書類が色々必要になるとー」

「そうだったんですね。今日は……本当にありがとうございました」

 ユカはそう言って軽く頭を下げた後、残りの麺を食べるために再び箸を動かし始める。

 その様子を見ながら……瑠璃子はこれ以上、ユカの家族のことを自分から話題にするのはやめておこう、と、心の中で改めて決意していた。


 あのお人好しの一誠が縁切り後に多くを語ろうとせず、自宅で淡々と事務仕事をこなしている。

 そして、政宗が先程から話に加わらないということは……彼としてもこれ以上広げたくないような、そんな話題なのだろう。

 当事者である夫婦が消えた今、ユカに不確定な真実を突きつける必要もない。


 両親が死の間際、彼女をどう思ったのか――真実は全て、闇の中に葬り去る。

 切れた『縁』を深追いしなければ……人はいずれ、忘れてしまうことが出来るから。

 福岡のうどんといえば「ごぼう天うどん」ですが、実は「丸天うどん」も人気です。こんなの。(http://kyoudo-ryouri.com/food/2652.html)

 子供でも食べやすい、やっさしー味です。是非、かしわ飯と一緒に食べて欲しい!! うどんにはかしわ飯なんです!!


 そして、霧原が福岡を出て地味にショックだったのが……うどんのテイクアウトが出来ないことでした。県外の店頭で聞いて首を傾げられたことがあります。

 お店によって持ち帰り出来るメニューが異なる場合がありますが……大きなお店だったら、大体大丈夫かと。片手鍋一つでお店の味を食べられます。

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