エピソード5:そして真実は闇の中に③
その後、双葉からの連絡を受けて現場にやって来た孝高は……3人を見下ろして呆れ顔になり、静かに口を開く。
彼の目の前にいるのは、気絶しているユカと座り込んで動けない政宗、そして、そんな彼らを見守る統治。詳細は分からないが、相当に無茶をしたことが伺える現状だ。
「……動けなくなるような無茶をするとは、一切聞いていなかったんだが……佐藤支局長、ここからどうするつもりだ?」
「ハハハ……スイマセン。どうしましょうね……」
苦笑いを浮かべる政宗へ、孝高は浅く息を吐くと……踵を返して背を向ける。
そして肩越しに3人を見下ろすと、先程と口調を変えずに言葉を続けた。
「……タクシーを使って、福岡支局へ戻ってくれ。仮眠室を整えるよう徳永に伝えておくから、領収証は彼女へ渡すといい」
この言葉に、政宗と統治は銘々に頭を下げる。孝高は視線を双葉の方へ向けると、彼女へ次の指示を出した。
「名雲さんはここに残って、俺や麻里子と後始末を」
「承知しました。皆さんお疲れ様でした、また後ほどお会いしましょうね」
こう言って頭を下げる双葉は、統治と同じように……顔色も立ち姿も、全く消耗した様子がない。双葉や統治は『遺痕』と対峙した時間も短ければ、直接『縁切り』にも関わってはいないのだが……最終的に『縁切り』をしなかった自分もギリギリまで消耗して、実際に切ったユカに至っては気を失っているのだ。霊的な格差が圧倒的すぎる。
政宗は自分たちとの根本的な違いを改めて実感しつつ……背中に背負ったカバンを下ろすと、中からユカの帽子を取り出した。そしてそれを彼女の頭にかぶせて、見慣れた光景に安堵の息をつく。
とりあえず、自分たちの役割は果たした。
今回は……彼女を、何とか守りきることが出来た。意識を失うまで無茶をさせてしまったことは申し訳ないけれど、3人が誰も欠けることなく、終わりを見届けることが出来ている。
それは本当に良かったし、出来ることならば福岡支局で半日くらい寝てから夜に宴会を開いて、明日、堂々と仙台へ帰りたい。
そう思って安堵する自分もいる一方、今の彼の中にはもう一つ、別の思いが渦巻いていて……政宗はなんとも言えない表情のまま、静かに、彼女の頭に手を添えた。
その後、3人は公園の浮島から、タクシーに乗るために大通りの方へ移動することになった。
政宗は一人でもかろうじて歩くことが出来るが、一人でしか歩けない。気を失っているユカをどうするのかと2人で相談した結果……統治が彼女を背負い、政宗と共に少し速度を落として歩くことになったのだ。
浮島からタクシー乗り場がある地下鉄の駅の方までは、約500メートルほど。のんびり歩けば10分ほどの道のりになる。
来た道を戻る形になる政宗は、ユカを背負って――彼女と体を密着させながら冷静に隣を歩く親友に言いようのない複雑な感情を抱きつつ、自分の体にムチを打ってノタノタと歩みを進めていた。
鳥の声と風で揺れる葉音、湖の水音が聞こえる、穏やかな空間。そんな中、枯れ枝をパキパキと踏み折りながら歩く彼は……遂に我慢できずに統治を見上げると、負け犬の遠吠えを吐き捨てる。
「統治だから見逃すんだぞ……」
「何を言っているんだ」
不貞腐れた政宗に統治がジト目を向けると、政宗は「だってよー!!」と子供じみた声と共に持論を展開するのだ。
「ここはやっぱり俺がケッカを背負って感謝されたいじゃないか!!」
この言葉に、統治は表情を変えることなく淡々と返答した。
「交代するか? 俺は一向に構わないが……万が一彼女を落とすようなことがあれば、同時に佐藤の評価も地に落ちることになるぞ」
「……スイマセンでした引き続き宜しくお願いします……」
統治の言葉に俯いた政宗は、そのまま彼女を彼に託して……自分自身も転ばないように両足へ力を入れ直した。自分一人が歩くだけで精一杯なのだ。今の彼に彼女を背負うのは、荷が重すぎる。
だからこそ、これから更に頑張っていかなければ……と、決意を新たにすることも出来るけれど。
「……」
政宗はもう一度、ユカの横顔を見た。そして、視線を前に戻しながら……統治へ向けてボソリと呟く。
「なぁ、統治……ケッカ、冷静だったな」
それは先程からずっと、政宗の中に残っている思いだった。
考えすぎかもしれないし、彼女と自分は違う。
そう思っていても、胸の奥に残っている……そんな、小さな違和感。
「……ああ、そうだな」
政宗の言葉に、統治は少し間をおいて首肯した。
確かに彼女は消耗していたし、状況に困惑している様子がなかったわけではない。
ただ――母親との『関係縁』を切る、その瞬間だけは、あの場に居た誰よりも冷静だった。
「統治も知ってると思うけど、その……俺の育ての親も『遺痕』になって、今の名杙当主から縁を切られてるんだ。俺は後からそれを知って……その時、悲しかったんだけどさ」
それは、彼が自分の能力を認識するキッカケになった出来事。
育ての親である佐藤彰彦の死後、『縁故』の能力を手に入れて、彰彦を探していたときのことだ。
――私たちはそんな考え方で、君の伯父さんを――佐藤彰彦さんを、この世界から完全に消したんだ
名杙当主――統治の父親が自分を訪ねてきて、彰彦がもう、この世にいない現実をつきつけてきた。
――……俺は……彰おんちゃんのために、何も出来ませんでした。彰おんちゃんは、俺に『家族』を教えてくれたのに……俺は……俺は……!!
その事実を現実として理解した時には、様々な感情がせめぎ合って……涙になって、止まらなかった。
それこそ、自分も一緒に消えてしまいたいとさえ思うほどに。
「俺とは年齢や境遇が違うこともあるけど……ケッカ、自分の母親との『関係縁』を切る時……冷静だったな。むしろ、俺のほうが熱くなってるくらいで……思い出すと未だに腹が立ってるってのに……」
こう言って顔をしかめる政宗へ、統治がどこか心配そうな眼差しを向けて問いかける。
「何かあったのか? そういえば、山本の髪の毛は長いはずじゃ……」
「ああ、それなら……」
統治の言葉に、政宗はキョロキョロと周囲を見渡した後……少し早足になって彼を追い越した。
そして、数メートル先に落ちていたウィッグを拾い上げ、絡みついた泥を簡単に払い落とす。
「ったく、借り物だぞ……」
「走った時に落としたのか?」
その問いかけに、政宗はゆっくり首を横に振った。
「いいや、ケッカが自分で投げ捨てたんだ。俺にはそれが、過去との決別以上の何かがあるように感じてさ……」
ウィッグを持った政宗は、再び統治の隣を歩く。そして、先程のことを思い出していた。
――政宗があたしの言いたいことも、全部言ってくれた。やけんが……あたしは、山本結果でいられる。
彼女はそう言って立ち上がり、一人前に仕事をこなした。
けれど、本当に……自分で何も言わなくて良かったのだろうか。後悔が今更のように押し寄せる。
「俺とケッカで最初に『遺痕』と顔を合わせた時に、『遺痕』から恨み言を言われたんだよ。ケッカにも声だけは聞こえてて、流石に動揺してはいたけど……でも、自分を取り戻してからは冷静すぎて、逆に心配になるくらいだ」
激高する政宗を諌め、『関係縁』が分からない状況で政宗を呼び寄せ、起死回生の一手を仕掛ける。
10年の積み重ねがあるからと言えば納得は出来るけれど……本当にそれだけなのか、少しだけ自信がない。
彼女は自分の手で、親との『縁』を切ったのだから。
「漠然と知ってるつもりだったけど……親子の絆って、本当に人それぞれなんだな」
「親子の絆、か……」
政宗からこんな言葉が聞けると思わず、統治はなるだけ驚きを出さないように気をつけながら、彼の言葉を反すうした。
そして……自分の両親と家族、そこに連なる人の顔を思い出して……それ以上は語らずに足を動かす。
「多分だけど、ケッカの中で何か変わったことはあるんだと思う。それが何なのかをケッカは語らないと思うし、俺も聞き出すつもりはないけど……こういうのは後から色々実感して、感情が不安定になることも多いから……もう少し、様子見だな」
自分に言い聞かせるように呟いた政宗は、少し痺れの残る両手を軽く振った後、手を握ってみた。
そして統治の背中で目を閉じているユカを見つめ、目を細める。
あの時、政宗がユカと貴子を繋いでいる『関係縁』を掴んだ瞬間……体の奥底から何かが無理やり逆流してくるような、生理的な不快感を強く感じた。
そして同時に、貴子側の感情も流れ込んできたけれど……とてもではないが人前で口に出せるような内容ではないし、それは自分と同じく『関係縁』に触れていた統治にも伝わっていることだろう。
これがユカ自身にどこまで伝わっているのか分からないが、ある程度は悟っているはずだ。だからこそ、これ以上……こちらから話をふる必要はないと思っている。
当事者である貴子が消えた以上、ここから語ることは全て憶測になる。母親としての貴子がユカを最終的にどう思っていたのか、もう、直接確認することは出来ない。
ただ……そんな中でも、確実に分かっていることが一つ。
「ケッカにも『縁故』としての能力が戻ったから、これからも今まで通り働いていくんだろうな。だからこそ……」
彼女はこれまで、これだけの悪意で傷つけられながら、折れないように立ち続けてきた。
これからも――もしかしたら近い未来、彼女の身に再び危険が迫る可能性は大いにある。今回はあくまでも通過点、2人の最終的な目標は……彼女を20歳の姿へ完全な状態で戻すことなのだから。
だからこそ――この記憶が、約束が、未来への確かな道標になる。
「……これからケッカに何かあった時も、俺達が一緒に解決出来るといいな」
願望と決意を混ぜる彼に、統治は少し意地悪な言葉で問いかけた。
「俺がいてもいいのか?」
そんな彼に、政宗は「当たり前だろ?」と首肯した後、とても楽しそうに言葉を続ける。
「統治がいるから俺も無茶出来るんだよ。だから、これからも宜しくってことで」
「勘弁してくれ」
自分へドヤ顔を向ける政宗へ苦笑いを浮かべつつ……統治はユカを背負い直した。そして再び前を見つめると、浮島と公園を繋ぐ橋を目指して歩みを再開する。
そして、時折おぼつかない足取りになる政宗も注視しながら……彼は先程、本当に何も見なかったのだということを改めて確信していた。
Q:政宗は何を見なかったんですか?
A:いずれ分かる……と、いいですね。分からなくても物語の展開に支障はございません。
ユカを背負うのは政宗の役割でもあったのですが、遂に統治へ選手交代です!! これで3人平等だ!!(?)
そして、本文中のイラストは、第3幕のこの話(https://ncode.syosetu.com/n2252eb/11/)で使わせていただいたものです。政宗は養父が消えたことを知って号泣してました。さて、ユカは……何を思うのでしょうか。




