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エピソード5:そして真実は闇の中に②

 政宗はユカが統治と次の段取りを整えている間……乱れた呼吸を整えつつ、術式の範囲内からギリギリ出たところで彼女が近づいてくる様子を注視していた。中に入ってしまうと、自分の目だけでは視えなくなってしまうからだ。

 全力疾走したことで、多少は時間を稼ぐことが出来たらしい。加えて彼女は常に足を引きずっていることもあり、走ることは出来ない様子。何か恨み言を吐き出しながら。ジワジワと近づいてくる。

「ホラーだな……夢に見そうだ……」

 顔に滲む汗を手の甲で拭い、口元に苦笑いを浮かべる。そんな政宗へ双葉が後ろから近づいてくると、隣に並んで静かに声をかけた。

「佐藤さん、お疲れ様でした。なるほど、あの方が……」

 口元に手をあてて現状を注視する双葉に、政宗は額に滲んだ汗を拭いながら問いかける。

「見るのは初めてですか?」

「ええ、こうして目の当たりにするのは初めてですわね。なるほど……これだけ醜悪な末路は久方ぶりに見ましたわ。生前、どれだけ報われない人生だったんでしょう……自分をもっと、大切にすればよかったでしょうに」

「双葉さん……」

 その言葉の中には、彼女自身の意思がありありと垣間見えた。政宗からの目線に気付いた双葉は、「失礼しました」と軽く咳払いをした後、改めて前方を見据え、口元を引き締める。

「こちらの用意は整っておりますわ。一誠さん達からの連絡はまだですけれど」

「一誠さん達も、きっとやってくれると思います。とにかく……終わらせましょう」

「承知しておりますわ。佐藤さんも折を見て少し下がってくださいね」

 そう言って踵を返す双葉に政宗は頷いた後、改めて前方を警戒して……数歩後ずさりをした。

 刹那、はっきり視えていたはずの『関係縁』がぼやけて、感覚が強制的に鈍らされる。政宗は反射的に自分の両手を見下ろし、自身の『関係縁』は視えていることを確認するが……顔をあげた先、貴子か伸びているはずの2本が、明らかに見えづらくなっているのを感じていた。

「分かってはいたけど……マジかよ」

 呟いた言葉と背中に滲む冷や汗は、今後への焦りが色濃く混じっている。

 彼はズボンの後ろポケットに入れているハサミの位置を確認した後……口の中にたまっていた唾をのみこんだ。


 彼女に残る、もう1本の『関係縁』。もしも一誠達が間に合わなかった場合は、自分が処理しなければならない。

 分かっているし、彼自身も自分の手で成し遂げたいと強く思う一方……こんな状態で本当に出来るのか? そんな不安がどうしても付きまとう。



 ――いずれ視えなくなる『関係縁』を、どんな確信で切ればいい?

 ――本当に、出来る?



「っ……!!」



 唇を噛み締めて、頭を振る。

 過去を振り返れば、迷いを断ち切ることが出来ないから。

 だから今は――前しか見ない。

 出来るか出来ないかではなく、やるしかないのだから。


「やるしかないんだよ……やるんだよ、俺が……!!」


 久しぶりに震えている右手を我武者に握りしめ、政宗は改めて前を見据えた。


 一方、ユカは明確な実感のない左手を握りしめたまま……意識して呼吸を整え、政宗の背中を見つめる。

 自分の手の中にあるのは、母親と繋がっているらしい『関係縁』。右手に持ったスマートフォン越しに見れば、左手で掴んでいる『らしい』ものが問題の『関係縁』があることは分かる。


 けれど、分かっているのはここまで。


 これまでであれば細い糸を掴んでいるような感覚があったけれど、まだ、その感覚を取り戻すに至っていない。感じるのは徐々に重くなっていく体と、目眩だけだ。こんな状態でどうすればいいのかと全てを投げ出したくなるほどに。

「どげんしよう……」

 口走るのは不安。このままでは自分は間違いなく『縁切り』など出来るはずもない。スマートフォンの画面越しであれば視えるのに、手の中でそれが実体化していないのだ。


 政宗に代わってもらう?

 統治に交代を要請する?

 それも一つの選択肢だし、この作戦を成功させるために必要な手段だということは分かっている。


 どうする?

 何を決断すれば――この状況を勝ち残れる?



 考えろ。

 考えるんだ。

 時間は限られている。今の自分が成すべきことは『縁切り』、『縁切り』に必要なのは『縁故』能力、それを取り戻すためには……何が足りない?


「そういえば……」


 ユカは顔を上げると、政宗の背中を見つめた。

 そして……8月、聖人から言われた言葉を思い出す。



 ――さっきも少し話をした通り、6月、体に異常をきたしたケッカちゃんは体内から毒素を出し続けていて、統治君や自分は、あまり一緒にいられなかった。唯一、一緒にいられたのは政宗君だけど……政宗君は元々、ケッカちゃんから出ていた『縁由』と相性が良かった(・・・・・・・)んだろうね。



 6月、名杙直系の統治でさえ潜在的に拒絶していた……らしい、そんな自分と一緒にいられたのは、政宗だけ。

 彼と自分はきっと、霊的な相性がとても良いのだ。それこそ……彼が自分に好意を抱くことにも原因があり、全て彼の独りよがりだと言われてしまうくらいに。


 ――『縁由』は『縁故』能力と違って、制御することが出来ない。脳に直接作用する麻薬みたいなものかもしれないね。


 そして『縁由』は、名杙や名雲の影響を受けない。それは6月の統治で実証済みだ。

 自分の存在が彼に対して悪影響を与えてしまうと言われて萎縮してしまったけれど……誰かを大切に思うことは、決して、悪いことばかりではないと思いたいから。



 ――足りないのは、誰?



 頭の中で問いかけられ、ユカは強い確信と共に顔を上げた。

 そして、一度スマートフォンをパーカーのポケットに入れた後、離れた場所で立っている政宗の方へ足を踏み出す。程なくして彼の斜め後ろまで移動した後――右手で彼の服を強く引っ張った。

「うわっ!? け、ケッカ?」

 突然の刺激にバランスを崩しかけた政宗が、振り返って避難じみた声をあげる。しかしユカは彼を強い眼差しで見据え、臆することなく口を開いた。

「……あのさ政宗、あたしの前に立たんでくれる?」

「は!? お前、何言って――」

「――隣におってってこと。こげん離れとったら……頼れんよ」

 ユカの言葉に政宗ははっとした表情で息を呑むと、一度頷いて肩をすくめる。

「……もっと他に言い方があるだろうが」

「別によかやんね。お願いしたいこともあると。やけんが……」

 彼女の指示に従って、政宗は前方も注視しながら後ろに下がっていく。そして東屋の中央より更に後方に下がったところでユカと共に立ち止まり、彼女の右隣に立った。

「俺はここでいいか?」

「うん、風よけにも丁度よかねっ……」

 呼吸を整えながら強がる彼女に、政宗は乾いた笑いを返した後……口角を上げた。

「あぁそうかよっ……上等だ、何だって弾き返してやるからな。それでケッカ、俺に頼みたいことって……」

「あ、うん、あたしの目の前で、スマートフォンを持っとってくれる? スマホがないと、『縁』がちゃんと見えんくて……」

「分かった。っていうか、この中でもスマホを使えば見れるんだな……」

 政宗もその事実に驚きつつ、自分のスマートフォンのアプリを起動させ、ユカと彼女の右手の間に滑り込ませる。そして、画面越しにはっきりと確認出来た『関係縁』に、改めて目を見開いた。

 自身の成果を改めて見せつけられ、驚きを隠せない彼に……ユカはニヤリと笑みを浮かべる。

「凄いやん、政宗……でも、名杙の干渉を受けん電子機器とか、名杙にバレたら消されるんじゃなかと?」

「大丈夫、これを作ったのは統治と伊達先生だからなっ……!!」

「責任転嫁してどげんすっとね……でも、これで、ここに『関係縁』があることは分かった。後は……」

 ユカは自分の左手を位置調整して、『関係縁』がある空間を握り直した。まだ、それを掴んでいる感覚はない。

 だからこそ――


「……ねぇ、政宗。あたしと――地獄に落ちる覚悟、決めてくれん?」


 その言葉に、政宗は驚いた表情で目を見開くと……すぐに首を横に振った。


「地獄? バカなこと言うなよケッカ。俺たちが一緒に行く場所は……帰る場所は、杜の都に決まってるだろうが!!」


 政宗はそう言った後、自分の近くにあったユカと貴子の『関係縁』を強く握りしめた。

 同時に感じるのは、強烈な悪寒と……嫌悪感。頭がグラついてうっすらと吐き気もこみ上げてきたが……しかし、思っていたほど辛くはない。

「……なるほどな……」

 その理由を何となく察した政宗は、もう片方の手でスマートフォンを持ったまま、ユカと自分を繋いでいる紫の(・・)『関係縁』を手繰り寄せ、スマートフォンと一緒に握りしめる。

 彼女との『縁』を強化して、彼女が吹っ切れるキッカケになるように。

 そして――もう片方の手で握る貴子とユカの『関係縁』は、統治と共に自分の力も送り込んで……少しでも、彼女の負担を減らせるように。


 ――そして……行き着く先はおおよそ、『過度な独占欲』か、『行き過ぎた拒絶』なんだ。

 

 聖人はかつて、自分たちにこう言った。

 政宗が本当に、ユカが持っている『縁由』に反応していて、最終的に行き着く先がユカに対する『過度な独占欲』であれば。

 彼と正反対のことをした母親との相性は、最悪のはずだ。

 だから……きっと、助けになれる。そう信じて握りしめる。


 刹那、安定を保っていた空間に、明らかな違和感が混ざり込んできた。

 貴子が術式内に入ってきたことを察したユカが、反射的に前を見た次の瞬間――




 ――貴子と繋がっていたもう1本の『関係縁』が、霧のように霧散して消えていく様子が、はっきりと視えた(・・・)




「あ――……!!」



 それが、一誠達の仕業(しごと)だということに気付いた瞬間、声が漏れる。

 ユカの声に気付いた政宗もまた、前方を見据えて――彼女が確信を持って左手を掴んでいることに気付いた。



「ケッカ!!」



 視える。

 感じる。

 理解出来る。

 伝わってくる。

 左手の中にある『関係縁』は、劣化したホースのように表面がとてもベタついていて……とても、不快なことが、嫌になるほど。



「山本!!」



 そうか、これが――親子の絆。

 20年間繋がっていた、そんな、絆の成れの果て。




 なんて滑稽なんだろう。

 こんなもの――もう、今の自分(山本結果)には必要ない。




 ユカは静かに呼吸を整えると、それを握っていた左手を静かに開き、右手にハサミを持ち直した。

 『関係縁』を持つ必要はない。だって――それは既に画面の向こう側で、ピンと張った1本の糸になっているから。



 貴子が足をとめ、困惑したように首を左右に動かしている。

 恐らく、もう1本の『関係縁』が切れたことや、これまで視えていたものが視えなくなったこと、霊的に劣勢の空間に入り込んだこと等で、一時的に目的を見失って混乱しているのだろう。

 今のユカには――それがはっきりと視えていた。



「――さよなら」



 形式的な別れの言葉は、相手に届かないように小声で呟くだけ。

 ユカが迷いなく『関係縁』にハサミを入れた次の瞬間――先程までそこにいたはずの彼女は、跡形もなく消え去っていた。




「はぁっ……!! お、わった……?」

 ユカが盛大にため息をついてその場に座り込む。後を追うように同じく座り込んだ政宗が、後ろに倒れそうになっている彼女の背中を支えて……笑みを向けた。

 2人とも顔色は白く、唇に至っては紫色に変色している。大きな仕事を終えてアドレナリンが切れた今は、座り込んで体を支えるのが精一杯、満身創痍という言葉がしっくりくるほど消耗していた。

 だから、こうして支え合わなければ……すぐに倒れてしまいそう。

「ほら……お望み通り風よけだ……」

「そりゃどうも……」

 2人で強がって、乾いた笑いを浮かべる。ユカはふらつく頭を抑えながら彼に体重を預けて……無意識のうちに呟いていた。

「これなら、アイスも欲しいところやね……」

 ユカの言葉に何かを感じた政宗が、息を呑んで下を向く。

「ケッカ……それって……」

「……何でもなかー。とりあえず、元凶は消えたと思って……よかね……」

 脂汗が滲む顔を上げ、ユカが周囲を見渡した。程なくして統治がそんな2人に駆け寄ると、様子を確認するためにしゃがみこむ。

 既にペーパーナイフは片付けられているので、世界は全て元に戻っていた。

「山本、佐藤、大丈夫か?」

 その顔は至って冷静と健康そのもので……自分たちとは対照的すぎる姿に、ユカと政宗はもはや笑うことしか出来ない。

「うっわー名杙直系って普通に動けると……? 統治こそ……大丈夫?」

「俺は問題ない。名雲さん、申し訳ないですが、全体への連絡をお願い出来ますか?」

「心得ました。すこしだけお待ちくださいね」

 頷いた双葉が自身のスマートフォンで孝高へ連絡する背中を、ユカはぼんやりと見つめながら……朧げに、視界の中を漂う『縁』を見つめる。

 全てとは言い難いけれど、大切なものが戻ってきてくれた。そんな感覚。

 そして……。

「……なんだ、あたし……やっぱり(・・・・)そうやったんやね……」

 その中の一つを見つけた瞬間、心の中にある靄が少しだけはれたような……そんな気持ちで、ユカは静かに目を閉じる。

 これ以上は無理だと訴える体の声に従って、意識はそのまま――深く、深く沈んでいった。

Q:要するにどういうことなの?

A:政宗とユカの母親(貴子さん)は、霊的に正反対で、相性が最悪だったということです。だから貴子も無意識の内に政宗を避けていたので襲いかかることがありませんでした、という裏話。

逆に、ユカの父親と政宗の相性は良いので……彼がユカに牛タンをおごり続けるのはしょうがないことなのでした、まる。


幼少期に絶望から自死を選ぶ彼と、どんな形でも相手にすがって生き続けた貴子……そりゃあ相性悪いですわ、と、一人納得する霧原なのでした。

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