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僕と君は愛せない  作者: 朝澄 容姿
狂るいはじめる愛情たち
38/38

ラブコメ

この話を読んだ後に2章にある『蕾沢美織の後悔』というお話を読んでいただければ美織の感情のコントラストをよりお楽しみ頂けると思うのでぜひ一読して頂きたいです!



「はぁ〜終わったぁ!!」


と、叫びたい気持ちを抑え僕は机に突っ伏した。


教室内は空調が完備されているはずなのに僕の頬には大粒の汗が伝っていて、汗を吸収した制服が肌と密着しなんとも言えない不快感に覆われている。


50分×3本の期末テストは、部活動で定期的に走らされていた坂道ダッシュと同じか、それ以上に僕の体力を削り取っていた。


期末テストは今日が一日目。

これがあと4日もあるとか、僕は果たして生きて夏休みを迎えられるのだろうか。




「テスト、どうだったの?」


頭上から声が聞こえた。

このパキパキツンツンした声は美織の声だ。


「手応え的に7割は取れたかな〜美織のおかげだよ」


顔を上げて返事する気力は無く、机に伏したまま返事をする。


「そう」


美織はそう言いながら、主人が既に下校し手持ち無沙汰になっていた椅子を引きそこに座った。


「優蘭のアタマならもっと高得点狙えたのにね、ほんとになんで徹夜でゲームなんかしてるのよ


「うっ……」


「明日また同じことしたら……分かってるわね?」


「うん、肝に銘じておくよ」


普段の声とは違うあまりにドスが効いた文末から、明日また同じ過ちを繰返した場合フラペチーノ1杯ごときじゃ許さないぞと言う美織の意志をひしひしと感じた。


自分自身に喝を入れ直すためにも、腕をめいいっぱい天井へと延ばし上半身を起こす。


「ふぅー……!?」


「ちょっ!急に起き上がらないでよ!」


上半身を起こし視線を正面に向けるとすぐ近く、少しでも前に動けば鼻と鼻がぶつかってしまうような距離に美織の顔があった。



美織の茶色がかった瞳孔が大きくなったり小さくなったりし、そこに自分の顔が鮮明に写っているのがわかった。

お互いがお互いの瞳孔の動きがはっきりとわかるる距離で僕達は見つめあったしまった。


その動きに数秒魅了された後ふと我に返り、少し大雑把に視線を横へと向ける。


僕が視線を横にするよりも少し遅れて美織は視線を下へとやっていた。


「ご……ごめん」


「……ッ……」


あまりの衝撃と、至近距離で向き合った恥ずかしさにより体が一気に熱を帯びていた。


全身に血が循環しているのを再確認するようにつま先から耳の裏側まで順番に熱が伝わってくる。


絶対……今の僕の顔は真っ赤だ。

と、想像が容易くなってしまう程僕の顔は熱を帯びてしまっているのだ。


……恥ずかしさでどうにかなりそうだ。


恐る恐る美織の方へと視線を向ける。


「う……ぐうぅ」


彼女はプルプルと肩を震わせ、その揺れが伝播して後ろからぶら下げている立派なツインテールもプラプラと揺れていた。


「……て言うかァ……なんでェ……試験前にィ……徹夜でゲームしてたのよォ……」


「!?……あ、えーっと真衣と約束しててさ」


あくまで気にしていないというスタンスを貫くつもりなのか、美織はプルプルと肩を震わせながら日常会話を再開させた。


唇も力なくパクパクとしているいるため声も震えている。


さすがに無理があるよ、美織。

と、思いつつもこれ以上この気まずい雰囲気を続けるのも僕の本意じゃないので美織のスタンスに乗っかることにした。



「ふぅん……真衣ちゃんとね…。ホントあんたは妹好きのバカなのね」


僕が美織のスタンスに乗っかると、安心したのか美織の体から震えが止まる。


しかしその代償として怒りの感情が発芽した空気を感じたのだがなんか怒らせるようなことを言ってしまったのだろうかーー


「え……?妹好き?」


「な、なによ!この妹好きのバカ優蘭ッ!いつまでもそんなんだからこの歳になっても妹達はアナタに甘えてるのよ!」


シスコン及びにロリコンと呼ばれることはあっても「妹好き」と呼ばれることは人生で初めてだ……。

美織はこの15年間、真面目にそして煩悩無く育ってきた。それ故にロリコンやシスコンという俗っぽい代名詞は全く知らないのだろう。


「そんなこと言ったって」


「もし……もしも!妹達があなたを異性として好きになったらどうするのよ!」


「……え?」


斜め45℃の質問が美織から飛んで来る。


真衣や真奈が僕を?


いや……そんなこと……考えた事もなかったけど……。


「そんなことある訳ないよ……」


「ッッー!アンタはねー」


「ごめんごめん、今美織の説教聞く体力ないかも」


「んもぅー!知らないわよ!」


僕の返答がが美織の怒りに油を注いでいるということを肌で認識したため、強制的に話を打ち切る。


数秒我慢すれば人は怒りを忘れると言うが、美織に関してはその効き目が常人の何倍かはある。

強制的に説教を打ち切ることによって美織はその怒りを一瞬にして忘れ、普段のパリパリツンツンした声に戻る。


これが第二の『対美織用ライフハック』だ。

(美織の怒りが強すぎた場合は不発に終わるけど)



「そうだ、昼ごはんどこで食べる?」


「そう言えば駅の近くに新しいご飯屋さん店出来たみたいなんだけれどーー」


「あぁ!確かラーメン屋さんだよね」


「ええ、でも行列に並ぶことになるかもしれないけど……」


「僕は大丈夫だよ、美織が食べたいなら行こう」


「ほんとに?ありがとう、優蘭」



その性格からは想像出来ないが、美織は無類のラーメン好きだ。

ラーメン屋に行くと決まった途端さっきの怒りが演技だったのかと思うほど、満面の笑みを浮かべていた。


その笑顔は僕にとっては光そのもので、安らぎを覚えるような……なんと形容すればいいか分からないけれど、とてつもなく僕にとって大切なものだった。


「よーし、じゃあいこっか!」


「うんーー」

ガラララララ!


僕と美織が席を立とうとしたその瞬間、教室のドアが激しい摩擦音を立てながら力いっぱい開かれた。



「蕾沢……美織さん……ちょっといいですか!?」


「……はい?」



「「ざわざわ」」



扉を豪快に開き、いきなりの大声を教室に響かせたのは隣のクラスの中西一馬くんだった。


帰りのホームルームを終え、30分ほど経ったまだ教室内には沢山の人が残っており雑談や学習に勤しんでいたのだが、中西くんの怒号に似た声によって教室が静寂に包まれた。


かく言う僕らも、驚きのあまり頭がフリーズしていた。


「いきなり、ごめんなさい……話があるんです!」


「はっ!話ってなんですかいきなり!」


一足先に正気を取り戻した美織が中西くんに返答をする。


そんな美織をみて僕も正気を取り戻し、この混乱の主、中西くんに視線を向ける。


彼はワイシャツの上からでも分かるほどの筋肉質な体をしており、髪の毛はしっかりと今風のセンター分け、男から見ても顔はなかなかにかっこいい。

つまりTheイケメンだ。


そんな彼が、美織に何の用なのだろうか。


彼自身も緊張しているのか目が泳ぎまくっているし、足も震えているように見える。

あの大声は緊張を隠すためのものなんだろう。



「こんなテスト期間中に、ごめんなさい。でもどうしても!!今!!伝えたいことがあるんです!!!」



「は、はぁ……?でもこれから用事があるのー」


「なんかすごい深刻な顔してるよ?聞いてきなよ僕は待ってるからさ」


「は?」


「えっ?」


僕は何を言っているんだろうと、言葉を発してから自分の発言を省みた。


彼が美織にどんな用事があるのかは分からない。


ただ深く頭を下げている彼を見て、ラーメンの為に彼の覚悟を無下にしてはいけない……そんな気がした。


「……アンタ…………」


「美織?」


僕の提案を受けて、美織は今まで見た事のないほど怒りに満ち溢れた表情を僕に向けた。


歯をカチカチと鳴らし、眉毛は上下に震えている。


そ、そんなに今すぐラーメンを食べに行きたかったのだろうかーー。


「美織?どうしたの?」



「…………待たせてごめんなさいね!いきましょう」


「やった!ありがとうございます!!」



美織は勢いよく椅子を倒すと僕を蔑むような、心底呆れたかのような目線を残し中西くんと教室を出ていった。




『あの女脈ナシじゃん、うける』



美織が出ていったあと女子生徒のグループのひとりが囁くような声で何かを言っていたのだが、僕の耳にその全容は届かなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あれから1時間経ったが、未だに美織は戻ってきてない。

さっきまでは騒がしかった教室内からは音が消え、外から奏でられる蝉のコーラスがこの場を支配していた。


何も頭を働かせず指だけを稼働させ、SNSのスクロールを繰り返す。


家でSNSを見ている時の1時間はとても短く感じるものだが、SNSを見ながら人を待っている時の1時間と言うのはどうしてこんなにも長く感じるのだろう。


ブルーライトによって疲弊した目を休ませるためスマホを机に置き、ギュッと強く目を瞑る。


何故かふと、中西くんのあの表情が頭に浮かんだ。

今思えばあの時僕は彼の表情に既視感を感じていた。



あの顔は今朝の姉さんの顔に似ていた。

いや、正確には似ていないのだがその本質というか、心の奥にある感情。

僕は……無意識下で彼の表情が雄弁に語っていたのは、今朝姉さんが語っていたものと同じだと感じていたんだ。


つまりアレは。



人を、好きなって……その人をどうしても手に入れたいという人間の本能。



つまり、恋。



きっと彼は美織に告白するんだ。



告白、それは自分の気持ちを本人に明かす儀式。


昔考えたことがある。なぜ人は自分自身の殻に秘めていた好意を他人に明かしたがるのだろうかと。


好きだとか愛おしいだとか言う感情は本来誰にも明かしたくない極めてデリケートな感情であるはずなのに、どうしてそれを人は大っぴらにし、娯楽として消費するのか。


そこにある種の嫌悪感を抱いたこともある。


だけど人というのはとても欲深い生き物だ。

自分の好きな物をどうしても手に入れたいという欲求が、どうしても抑えられないんだろう。

だから自分のデリケートな感情を明かしてでも想い人を手に入れたいと願う。


そう気付いたのはつい最近の事だった。



だから告白という儀式はとても独善的なものだと思った。

告白とはつまり相手に一方的に好意を押し付けて相手の感覚を麻痺させ、その人の生活を半分奪うということなのだから。


人は異性から好かれていると知ると、その異性のことに関心がなかったとしても興味を惹かれてしまうものだ。


人の本質の根底には、愛したい愛されたいという生物としての欲求がある。

だから「愛されたい」という欲求を叶えてくれる人間には心を開きやすいんだ。


だから、元々美織は中西くんのことをなんとも思ってなかったとしても、彼の想いに呼応して彼との関係を築く選択肢を選ぶかもしれない。





美織が僕の前からいなくなるかもしれない。



ずっと一緒だった。


僕が君咲家に引き取られてすぐ、まだこころに傷を抱えて誰とも仲良くできず、誰にも心を開いていなかった僕と一緒にいてくれたのは美織だった。


美織がいたから僕は前に進めた。

学校でも人と関われるようになった。


美織が……いたから。



いやだ……。



なんであの時


行かないでって言えなかったんだろう。


美織がいなくなる……そんなの……嫌だ。



ギュルルルルル


「ッッ!」


思考の沼に沈んでいく僕に呼応するかのように、腹部に鋭利なもので突き刺されたかのような激痛が走った。

ネガティブなことを考え始めるといつも決まって刺すような腹痛に襲われるのだ。


「……ッ……いやだ……。」


美織ぃぃ…………。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ジャー


夏場なので水道の水が平時よりよりも温い。

そんな温い水で、手の汚れをゴシゴシ落とす?


もう何分もこうやっている気がする。

どれだけ手を擦っても自分の心根にへばりついた醜い汚れは落ちないというのに。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


手を洗い終え教室に戻ると、僕の席には中西くんとの用事を終えた美織がちょこんと座っていた。



「優蘭」


「あ、美織……」


美織が戻ってきた。

それはとても喜ばしいことであるが、そんな僕の足が震えている。


美織からなんと言われるのかが怖いんだ。


『中西くんと付き合うことになったから優蘭とはもう話せない』


そう告げられたとしたら、僕はきっと立ち直れない。



怖い、怖い、怖い、怖いーーーー





「はァ〜断ったわよ!」


「んぇ!?」


「告白!されたけど!断った!!」


不安に染る僕の表情を察してか、美織は声を張上げ端的に事の顛末を語る。


告白、された、でも、断ったーー


なんで美織は……だってーー



「でも中西君はかっこいいし……」


「うるさいバカ!」


「え?」


「帰るわよ!」


「あ、え!まってーー」



席から立ち上がった美織に袖を引っ張られ僕は教室を後にした。




なんで美織は、断ったんだろう。



美織に袖を引っ張られている中で、その疑問だけが頭の中を自由飛行していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「「ごちそうさまでした〜」」



そういい僕らはラーメン屋を後にする。

教室を出てからラーメン屋を出るまで一言も言葉を交わすことはなく、気まずい空気の中で啜ったラーメンの味はとても美味しかった。


冷房のきいた店内から出ると、真っ先に燦々とギラつく太陽とまるでサウナにいるかのような熱気が僕を包み込む。


「あっつ……」

と、思わず声がこぼれるが美織の反応は無かった。



少し歩き、公園が面している住宅街を通るとさっきとは比にならない程の蝉時雨が僕らを出迎えた。


そんな心の臓まで響き渡るほどの蝉時雨は、僕の深層心理の余白に入り込み僕の心を覗き見ているかのような思考を奪い去るような気さえしてくる程だった。



「ねぇ、優蘭」


蝉の声に充てられたのか、長い沈黙を破り美織が口を開く。


「なに?」


「真彩さんには毎日……あんなこと……されてるの?」


「……え?」


飛んできたのは思いがけもしない質問だった。

中西くんの事でも、さっきの僕の発言を咎めるものでもなく……姉さんに関する疑問だった。


こんな僕に対して、まだ美織は関心を持ってくれている。


それがとても嬉しかった。


「いや、初めてだよこんなこと……」


「そうなの?」


「あぁ……最近の姉さんは少しおかしいんだ」


最近の姉さんは少しおかしい。


そんなような事思っても1度も口にしなかった事だ。

姉さんを悪く言うのは気が引けるけど、今は誠心誠意美織に向き合わないといけない。


話すことは全部、真実じゃないと。




「まぁ、昔から何を考えているかは分からない人だったわよね」


「そうだね……でも、こちらの考えは全部お見通し……みたいな。……昔からずっと姉さんとの距離感は分からないままだ」


僕がそう言うと、美織はまた黙る。

再び僕らの間に沈黙が走るのかと危惧した次の瞬間にみおりがまた口を開いた。


「ねぇ、優蘭は真彩さんに告白されたらどうするの?」


「……え?なんて?」


「優蘭は真彩さんに告白されたらどうするの?って聞いたのよ」



姉さんに告白されたらーーー?


そんなこと、考えてもみなかった。

姉さんは僕のことを異性として好いている。


だけど僕らは家族だ。

告白して、付き合って、結婚して……。そんなこと考えられない。

姉さんも僕を空いているだけでその先の関係なんて望んでいないはずだ。



「え?いや……どういうこと!?意味わかんないよ!!」


「真彩さんは多分、優蘭のこと好きよ」


「……そ、それは……」


「気づいてたのね」


「うん……思い当たる節が結構あってさ、でも!僕は姉弟だよ!?」


「血は繋がってないでしょう?法律上は問題ない

わ。」


「法律上って……」


あくまで姉弟であると強調する僕に対して、美織は法律上は問題は無いと淡々と告げる。


法律上は問題ないかもしれない。だけど僕らは姉弟だ、姉さんも付き合いたいだなんて思ってるはずは無い。


そんなはずは無いんだ。


きっと姉さんは僕を好きと言うやり場のない思いを僕に触れたり、キスをしてきたりして発散してるだけなんだ。


「姉さんは付き合いたいだなんて思ってないと……思う」


「じゃあ、優蘭の気持ちを教えて?真彩さんのこと……どう思っているの?」


姉さんのことをどう思ってるか。

そう聞いたみおりの唇はこの暑さの中でも震えている。


姉さんをどう思ってるのかーー


それは



「大切な、姉さんだ。それ以上でもそれ以下でもないよ。」


姉さんは、君咲家にやってきた僕をたった一人の姉として支えてくれた人だ。


とてもとても大切な人。それは間違いない。

だけどそれは男女のそれとはかけ離れたところにある感情だ。



「姉さんのことは恋愛対象としては見れない…見れるわけないよ」


「あんなにキレイな人なのに?」


「だって、10年家族として暮らしてきたんよ?姉さんさんのことを彼女にしたいとか…そういう感情は湧かないよ!」


「……じゃあ。私の事は?」




「え?」


「幼なじみで……昔から一緒にいる私の事も異性として見れない?」


「み、美織?」


歩みを止めた僕の3歩先を行った美織は手を大きく広げて僕の目をみつめる。


「質問がいきなり過ぎたわね、じゃあ」


「私が中西くんに告白されて……どう思った?」


「……え?」



告白されて……どう思った?


どう思ったーー?



「答えられないの?どう思ったか、それだけ教えてくれればいいから」


少し先をいっていた美織は踵を返し、僕のつま先に自分のつま先をくっつけて、僕の手を握った。


指先から感じた彼女の体温から、これから『君咲優蘭』の発する発言に期待と不安という背反するふたつの感情を内包していると僕に伝えている。


中西君に、美織が告白されたと悟った時に、僕はなんと思ったのか。


そんなこと、ひとつしかない。


でもそれを明かせば、僕は。


僕は美織をどうしたいんだーーーー



「……いや……だった」


「いやだった?」


葛藤する心情に反旗を翻すかのごとく、口がひとりでに語りはじめた。


僕はとんでもない人間だ。


告白し自分の気持ちを相手に強制する人間に対して嫌悪感を抱きつつも、同じ行為をしている。


僕の恋かどうかも分からない曖昧な感情で美織を縛りつけようとしている。


だけど、言葉は勝手に紡がれる。



「なんかこう、胸がギュッて掴まれるような……それでいて張り裂けるような……お腹も苦しくなって」


「それで?」


「美織が居なくなるのは……嫌だった。堪らなかった。美織が誰かのものになるなんて受け入れられなかった!!」


「……それは恋愛的な意味で?」


それは恋愛的な感情によるものなのかどうなのかと、当然の如く美織は僕に投げかける。


だけど


「……ごめん……わからない」


「……」


美織は、僕がそう言うと分かってたかのように微笑むと手を強く握る。


ごめん、美織、だけどーー


「でも、姉さんや妹達に恋人ができたとしてもこんな気持ちにはならないと思う」


「優蘭…」


きっと僕は僕を支えてくれていた姉さんや真奈に恋人ができたとしてもこんなに苦しむことはしないだろう。


それが恋心かどうかはわからない、だけど美織に対して特別な感情を持っているのは揺るぎようの無い真実だ。


「僕にとって……美織は特別……特別なんだ」



「はぁ?バカね……もう答えじゃないの、それ」



「そう……かな?」



そう言うと美織は僕の手を離し、宙に浮いた手を僕の背中に回す。


蝉時雨に包まれる住宅街の中、僕らは密着する。

ワイシャツ1枚を挟んで、美織の体の感触が伝わってくる。

そうそうにこの手を離してもらわなければ暑さと恥ずかしさで僕の脳が沸点を超えてしまう。


「ねぇ、美織ここ住宅がーー」


「まぁ意気地無しの優蘭だから仕方ない」


「え?」


「待ってあげるわよ」


待っててくれる……?一体何をーー



「優蘭が私に思いを伝えてくれるまで、どこにも行かず待ってるわ。隣で……ずっと」


「み、おり……」


「私は、好きですって言って欲しい人間だから…待ってる」


そうか、美織は僕の事……。


それなのに待ってくれるんだ。


人を好きになると、その人の事を手に入れたいという衝動に駆られるのが人間というもの。

だけど美織はその本能に抗って、僕を待ってくれると言った。


いつになるかも分からないのに、本能を押さえ込んで隣にいてくれるってそう言ってくれた。


恋心とか未だによく分からない僕にとって、それがどれだけの救いになるのか……美織は知ってて言ってるのだろうか。


さっきはすぐ目を逸らした美織の顔を見る。


その瞳は淡く切なく輝いていて、決して打算的な感情で動いていないんだと雄弁に語っていた。


「………そっか……ごめんね」




「ごめんじゃなくてありがとうでしょ?」


「うん……ありがとう」


「よく言えました!」



僕の言葉を聞いた美織は満足したのかまた僕の数歩先に走った。



「じゃあ、帰りましょう!」


「うん」



さっき美織の胸が当たっていた部分を手でなぞる。

そこには暖かい、美織の温もりが残っていた。


恋愛とか、男女の仲とか、付き合うとか、僕にはよく分からない。

でもそんな僕でもその感情がわかる日が来るとそう確信した。


なぜなら、美織がいるから。


うだるような暑さに包まれる7月。僕らは1歩先へと踏み出した。


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