好きな人を奪った人
「D組の君咲くんってカワイイ顔してるよね」
「え〜?亜美狙ってんの?」
「…ちょ!ちょっとだけね!」
憂鬱を極めていた委員会の集まりもやっと終わり帰宅の準備に取り掛かろうとしていたら私の耳にこんな会話が飛び込んできた。
君咲くん……って……優蘭?
「今度遊び誘ってみようかな…」
「亜美がそう言うなんて、ちょっとじゃなくてガチで狙ってるじゃん」
「うぅ…かっ…顔も良いんだけどさ?君咲君がお花さんに水をあげてる所を見てからね…自然と目で追っちゃうというか…」
焦る私を他所に女の子達は所謂「恋バナ」で盛り上がっている。まさか…優蘭のことを気になってる女の子が…いたなんて…。
いや、いるにはいたか。
数ヶ月前、私が優蘭の意思を尊重せず暴走したのは私の友達が優蘭の容姿について触れていたからだ。
だけどあの女の子は容姿だけではなく…優蘭の本質的な優しさに気付いている。
…優蘭の本質的な部分に好意を抱いている異性を見るのは…これが初めてだ。
…っ…
声を…声を大にして言いたい。
優蘭は私のものだって、誰にも渡さないって。
でもその行動をとった時の弊害を私は理解している。
優蘭の為にも、自分の感情を拳に込めて圧殺する。
これで……いいんだ……。
私は、優蘭以外の異性を好きにならない自負がある。それはもしトラウマが克服されたとしてもだ。
だけもし優蘭のトラウマが解けた時、優蘭はずっと私を愛してくれるのだろうか。
私より可愛くて、私より優しくて、私より気の合う女の子に優蘭を取られてしまうのだろうか。
そんなことを考えていると倒壊が始まった建物のように一瞬にして私の心は荒んだ更地になる。
悩んでも答えは出ないのに、悩まずにはいられない。
…優蘭……
優蘭…私は………
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『そして現在』
「ただいまーー…」
私がそう言いリビングの扉を開けると、そこには信じられないくらい重いピリついた雰囲気が漂っていた。
ソファに座っている真奈ちゃんの顔は絶望に染まっており、私のすぐ目の前で立ち尽くしている優蘭は何か大切なものを切り捨てる選択を決断した様なそんな顔をしている。
「…銀楼さん…おかえり…」
私に気付いた優蘭は私に声をかけるもその声はどこか生気を感じない虚な声だった。
「優蘭…どうしたの?なんかあったの?」
「なんでもないよ…ね、真奈」
「……………」
優蘭は真奈ちゃんに同調を求める。だけど真奈ちゃんからの返事はない。
この妙にギスついている二人、まさか喧嘩でもしていたのだろうか。
しかし優蘭から真奈ちゃんはとても仲良くほとんど喧嘩もしない兄妹だと聞いていた。と言うことは相当な問題が二人の間で発生した…ということなのだろう。
この空気……何もなかったなんてにわかに信じがたい。
「銀楼さんも来た事だし、ご飯にしよう!」
「…優蘭?」
「すぐ出来るから銀楼さんも待っててね!!」
「ちょっと!優蘭?」
から元気からの捨て台詞を残していった優蘭は足早にキッチンへと向かった。
リビングにはなにかに絶望している真奈ちゃんと私の二人っきり。
………なんか気まずい。
思わず視線が泳ぐ。
だけどこれは真奈ちゃんと仲良くなるチャンスでもある、頑張って話を切り出さないと。
メッセージ上では何不自由なく話せるのに現実にその舞台を移した瞬間言葉を紡げなくなるのは、私の悪い所だ。
「真奈ちゃーー」
え?
会話を切り出そうとした瞬間、気付いてしまった。
ゴミ箱の中に、グチャグチャに潰され、捨てられているコンドームがあることを。
な、なんでコンドームの箱が……クシャクシャにして……捨てられているの?
いきなり私の上に降り掛かってきた事実に脳の処理が追い付かなくなる。
……まさか、ふたりがギスギスしてたのってこれのせい?
「銀楼さんって彼氏いたことあります?」
「優蘭の前にってこと?」
「はい」
「前話したと思うけど無いよ、優蘭が初めて」
「初めて…」
「うん」
「じゃあ…銀楼さんは…お兄ちゃんのどんなところが好きなんですか?」
「え?」
「ただ彼氏が欲しいから付き合った…とかではないんですよね?」
私が目の前にあった衝撃の事実に慄いていると思いがけない質問が飛んできた。
真奈ちゃんの目はこのことを予期していたのか、私の心を見透かしている様な目をしている。
私の心を深く考察しているからこそ、なんで優蘭のことが好きか分からない。
そんな考えに帰着したのだろう。
ーーーーは
私の脳裏にある疑念がよぎった。
もしかしたら真奈ちゃんは優蘭のことを私が思ってる以上に好いているのかもしれない……
所謂「ブラコン」と言うやつだ。
年齢的にもまだお兄ちゃんに甘えたい年齢だと思うし、優蘭と真奈ちゃんの関係性は少し特殊とも言える。
だからお兄ちゃんを私に取られて、お兄ちゃんは性に関するトラウマのせいで家を飛び出して言ったのにも関わらず、あんな性行為の為の道具を持っていたという事実が真奈ちゃんを苦しめてしまったのかもしれない。
それで優蘭と喧嘩になった……のかな?
だとしたらゴムがクシャクシャにされ捨てられているのも合点がいく。
「どこが好きなんですか?」
「あっ!」
答えをすぐに示さない私に対して苛立ったのか、真奈ちゃんの声色はさっきよりも冷たくなっている。
ごめん!ごめん!と内心謝り倒しつつ、どうするべきかと自問自答に耽こんでしまう。
…この質問に対して茶化した様な要領を得ない回答をすることも出来る。
けれどそれは真奈ちゃんに対して、そして優蘭に対しての不義理を働くことになるんじゃないかと私は思った。
だから答える、誠心誠意。
「優しい所」
「……それだけ……ですか?」
「ううん」
真奈ちゃんの目を見る。
真奈ちゃんの目は不安と絶望と期待が混濁したえも言えないような感情を孕んでいた。
「美味しいご飯を作ってくれる所、一緒に辛いの食べてくれるところ、毎日おはようってメールくれる所、毎日夜遅くまで私とメールをしてくれる所、毎日お花に水あげてる所、自分の苦しみを厭わない所、授業中ずっと眠そうにしてる所、友達思いな所、家族を……大事にしてる所」
「……ぁ……」
「私を救ってくれた所、私に救わせてくれた所、私に思いを伝えてくれた所、寒い時に手を繋いでくれた所、あとは……」
「……もういいです、お腹いっぱいです」
「あ、ごめんね……へへへ」
途中からある種の興奮状態に陥ってしまいひたすら優蘭のいい所を連呼するロボットになってしまっていた。
笑って誤魔化したが内心かなり恥ずかしい。
「?」
恥ずかしさから下げていた視線を前に戻すと、そこには肩を両腕で抱き抱えながら震えている真奈ちゃんの姿があった。
「ま、真奈ちゃん?」
「……お、お兄ちゃんをこ、ここまで好きでいくれる人がいたなんて……わ……私嬉しいですお……おにぃちゃんずっとモテて無くてぇ……はは、心配してたん……ですよほ、ほら!彼女ずっといなかったしぃ…優しくてぇ…かっこいいのに……彼女いないなんて……可哀想じゃないですか!よかった!良かったですありがとうございます!あはは!あは……は……は……」
「!?」
真奈ちゃんは激しく動揺した口ぶりで優蘭のこれまでについて語っている。
その様子から、口では嬉しいと言いつつも、内心は激しい動揺と苦しみに苛まれていることがわかった。
「ご、ごめん、真奈ちゃん!」
真奈ちゃんにとって優蘭は本当に大切な存在だったのだろう。
それは、ありとあらゆる意味で。
真奈ちゃんの視点から見たら、私は優蘭を奪ったことになる。
好きな人を、奪った人だ。
配慮が…足りなかった。
「銀楼さん」
「真奈ちゃん?」
「ーーー私!買い出し行ってきます!」
「え!?あぁ……うん!…」
真奈ちゃんは買い出しに行くと言い、リビングから出ていった。
リビングを抜けた先の廊下で優蘭が真奈ちゃんを制止していたが、その数秒後にドアが力強く閉められる音が聞こえた。
私は、激情に駆られて去っていく真奈ちゃんを止められなかった。
止める権利なんてないからだ。
恋愛というのはしている当事者たちは間違いなく幸せだ。
だけどその幸せというものは他の誰かを傷つけることによって成立しているのかもしれない。
この部屋に1人残された私はボコボコにされていたゴムを拾い、ゴミ箱に捨てた。
……これは、戒め。
優蘭の気持ちを考えず一人暴走して彼と、真奈ちゃんを傷つけた。
またいつか歳を重ねてそういう関係になれる時が来るとするなら記憶という、積み重ねられたガレージの中からこの思い出を拾うことにするよ。
「銀楼さん!」
「優蘭」
「ごめん、真奈が…いや僕が逃げたから…こんなややこしいことに」
「優蘭」
「銀楼さん?」
「真奈ちゃんの方が、優蘭を好きだった時間……長いのかな」
「……そうだね。子供の時からずっと一緒だし…でも、兄妹としてだよ。お兄ちゃん離れしてもらわないとだよね」
「そう……だね」
真奈ちゃんの方が優蘭と過ごした時間は圧倒的に長いし、優蘭のことをよく知ってる。
寝相はどんな感じなのかとか、いびきはうるさいのかなとか、些細な仕草のパターンだったり、小中学生の時の通知表の成績だとか、私が知らない好物とか、好きだった女の子のこととか。
私が知らないことを沢山知ってるとおもう。
だけどそれでも、私の中の彼を愛しているという気持ちは曲げられないんだ。
例え真奈ちゃんを傷つけることになったとしても、学校の女の子のことを傷つけることになったとしても。
私はーー
「真奈ちゃんに負けないくらいあなたのことを愛してる」




