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僕と君は愛せない  作者: 朝澄 容姿
狂るいはじめる愛情たち
36/38

君咲家の日常

優蘭の過去編です!

あと数話ほど続く予定です!

あの日、5年前。

僕は全てを失った。


事故だった。


赤色に発光している信号を気にもとめず、猛スピードで左折した車は必然的と言うべきか悲劇的と言うべきか……。


僕の家族が運転していた車に激突した。


あとから聞いた話だと、父さんと母さんは即死だったみたいだ。苦しむ間もなく逝けたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。


そして、僕だけが生き残った。



ずっと一緒にいた家族がいなくなったという事実を頭で理解はできてもそれに体が追いつくはずもなく、涙は出なかった。


両親は花屋を営んでいた。寂れれた商店街の片すみにぽつんと立っている小さな花屋だ。


……僕は、手入れをする人が消え枯れはじめた、店頭に飾られるはずだった花達を見てこう思った。



ーーもうなにも、失いたくはないーーー


と。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「お兄ちゃん!!起きて!!!」



「……ん?」



「学校!遅刻しちゃうよ!!」



「ん……ぁ……」



大きな声を耳元のすぐ近くで浴び、体を強く揺らされ僕の眠りは終わりを告げる。


ただ、眠気というものはすぐには立ち去ってはくれないので意識は依然として微睡んでいる。


「……お兄ちゃん?」



重い瞼を何とかこじ開け声のする方向へと首を回す。


「まな?」


「……寝ぼけてるの?真奈だよ」



「……おはよ、まなぁ」




眼前に立っていたのは、茶色っけのある黒髪を後ろでまとめた、ポニーテールのよく似合う女の子……そう僕の義妹である「真奈」だった。




どうやら僕を眠りの迷宮から救い出してくれたのは真奈だったようだ。




「ありがとね、まなぁ」


「はぁ、はやくしないと学校遅刻しちゃうよ」


「う〜ん……」



マナは腰に手を当て、首を傾げている。

いつまで経っても活動を開始しない僕に呆れているのだろう。


これ以上兄の情ない姿を見せる訳には行かない。大きく息を吸い込み、鉛のように重い体を一思いに起こす。


「ふぅ……」


体を起こしてしまえば、眠気というものはすぐに立ち去る。


眠気と入れ替わりやってきたのは寝起き特有の清々しさ。窓の外には太陽が燦々と輝いている。


うん、いい朝だ。



「おはよ、真奈」


「うん、お兄ちゃん」は


「おはようです〜」


「!?」




ガタン!!


僕が清々しい心持ちでいると、ふいに布団の中から声が聞こえてきた。


それがあまりに唐突だったため、びっくりしてベッドの下に落ちてしまう。



「い゛ッ……」


「……何やってるのお兄ちゃん……」


「え、だって……誰かいる!!」


「はぁ……?」


何故か僕に呆れた真奈は勢いよく布団を剥がす。


するとその中には


「おはよなのです!兄!真奈ネキ!」


「……真衣……?」



これもまた僕の妹。真衣の姿があった。


毛玉だらけのパーカー姿で、キューティクル全開の真奈の髪とは対照的にボサボサとしたロングヘアー。普段は眼鏡をかけていないと日常生活が送れないほど目が悪く、至近距離にいる僕らの姿を認識するために信じられないくらい目を細めていた。


そんなことはどうでも良くて……


「なんで真衣が僕のベッドに?……」


「はぁ〜ん?とう!!」




ベッドから勢いよく飛び降りた真衣は勢いよく僕の体にダイブした。


「あぁ!!」


何とかそれをキャッチし、真衣の小さい体を僕の膝元に収める。


「ひっひー」


僕の膝元に収まっている『メガネちゃん』は何やら上機嫌なご様子だ。


はぁ……朝からカロリー高すぎるだろ。


「兄ィ〜、忘れちゃったんですか?昨日は『寝落ちするまでドラハン(ドラゴンハンターというゲーム)』なる遊戯に興じてたじゃないですか」


「あ……そうだっけ」


視線をベッドに戻すと電源の切れたポタス(ポータブルスイッチというゲーム機)が2台転がっていた。


あぁ……徐々に思い出してきたぞ。

昨日は真衣と2人で「寝落ちするまでドラハン」をしていた。

確かに寝る前の最後の記憶はドラゴンとの戦闘だだった……。

あまりの眠さにクエスト中に寝たという訳か。


そして真衣もそのまま寝落ち。

真衣より先に僕が寝落ちしていた、というのは何となく年上としてのプライドが許さないから先に落ちていたのは真衣の方だと思いたいが……。


「ふーーん」


「ん?」


僕の後ろに立っている真奈から厳しい視線を感じる。


「真奈?どうかした?」


「べつにー……。ただ」


「ただ?」


「私の相談を断った理由ってソレだったんだね」


「!!」



真奈が拗ねてる……!?


真奈は腕を組みほっぺを膨らませ、顔を赤く染めてプルプル震えている。


そういえば真奈から昨日相談をしたいと言われていたのだが、真衣との先約があったため断っていたんだ。


「ご、ごめんよ……真衣の方が早く約束してたから……」


「フンっ!」


「真奈ネキ!」


「!?」


思わず振り返る。


真衣は不敵な笑みをうかべ、人差し指を真奈の顔に向ける。



「兄はウチと先に約束してたんですよ、それは少々"傲慢"な考えじゃあないですか?」



「うるさい!てゆーか真奈ネキって言うのやめてって言ってるでしょ!」


「うるさいとはなんですうるさいとは!うるさいのは真奈ネキの方ですよ!」


「うるさいうるさいってうるさいわね!」


「うるさいです!真奈ネキ!」


「うるさい!真衣!」


「てゆうかあんたそこどいてよ!!私がお兄ちゃんの上に座るんだから!」


「嫌ですよ真奈ネキ!ここはウチの特等席です!!」


「ふ、2人ともやめ……」



「「うるさい!お兄ちゃん!

兄! 」」


「は、はい」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



そう。僕の日常というのはいつもこの2人の喧騒から始まる。


彼女らは喧嘩してるように見えるが、実際はその空間に居心地の良さを感じている。

そして僕もそうだ。




こんな穏やかで刺激的で、何もかもが満たされている日常を送れるなんて、5年前は考えもしたかった。



5年前。全てを失った僕を家族として暖かく迎え入れてくれたのがこの君咲家だ。

実は真奈と真衣は兄妹の関係でありつつ血は繋がっていないのだ。


君咲家はお父さんとそして僕を含めた5人のきょうだいという大家族の部類にあたるであろう構成だ。


君咲家のきょうだいは僕を除いて全員が女子であり。

長女の君咲真彩(きみさきまあや)

次女の君咲真奈(きみさきまな)

三女の君咲真衣(きみさきまい)

四女の君咲真弥(きみさきまや)


そしてきょうだい唯一の男が僕、君咲優蘭(きみさきゆうらん)だ。


この家に養子として来た当初はやっていけるのかと不安だったが、みんなが優しく受け入れてくれたから今の僕がある。


……僕は天涯孤独の身ではあるが、与えられたこの幸せは絶対に失いたくない。そう思ってる。



「ところで真奈……スカート短くない?」



僕らの通う中高一貫校の『小森学園』の制服は女子はセーラ服で男子は学ランとなっているが今は夏服シーズンのため僕は学ランは着用せずに登校をしている。


女子の夏服は白のセーラー服。どこか透き通る青春の淡さを描くキャンパスのような清涼感があるとても良い制服だと思うのだが……。


「なに?お兄ちゃん」


「真奈、それスカート短くない?」


「はぁ!?」



夏の暑さとセーラ服の清涼感に煽られた多くの生徒がまるでチキンレースをしているかのようにスカートの丈を上に上にと上げてしまうのがこの時期に起こる『スカート丈対戦夏の陣』と言うやつだ。教師と生徒間でのヒシヒシとした攻防が毎年繰り広げられている。


まさかそれに真奈も参加していたなんて……。



僕の記憶では先月くらいまでの真奈のスカート丈は膝下ら辺まであったのだが、今日は膝上……太ももがギリ見えるか見えないかくらいのラインまで丈が引き上げられている。


「真奈……僕は悲しいよ」


「……お兄ちゃんさぁ、わたしもう中三なんですけど?あんな丈……芋っぽくてやだよ」


「ッ……!!?」


「それにお兄ちゃんだって短い方が好きなんでしょ?」


「え?あ?いや……僕は」


思いもしてなかった反撃に思わずたじろぐ。

そんな僕を見兼ねた真衣がニヤニヤと、肩に手を置いてきた。



「兄が美織ちゃんばっか見てるから真奈ネキやきもちやいてるんですよ」


「え?み……美織!?」


「真衣〜〜?余計なこと言わないでねぇ?」


「だって事実ですし〜?」


「この……ッ!眼鏡かち割る!!」



「ちょっ……ふたりとも!!」



さっき落ち着いたのに、またドタドタと賑やかになってたなぁ……。


今の時刻は7時50分。そろそろ準備を始めないと危ない時間帯だ。


「ふたりとも、僕着替えるから部屋でてって」


「「…………」」


「?なんで無言……?」



あんなにやかましかった2人が、僕の一言で静まる。


「い、いや……兄?」


「うん、お兄ちゃん……」


2人はなにかブツブツ言いながら僕に近付いてくる。


「「わたしが着せてあげる!!

ウチが着せてたげます!」」


2人は息ぴったり、こう叫んだ。

鼻息の荒さまで息ピッタリだ。



まったく……2人はいつになったら兄離れ出来るんだろうか。ブラコン拗らせた義妹とか今どきのラブコメでもあまり見かけないよ、もはや絶滅危惧種だよ。


と、心の中でぶつくさ文句を垂れてはいるが……


実際のところ僕も妹離れは出来ているかと言えばそんなことはなく妹たちの事をとやかく言える立場ではなかった



「はぁ……じゃあこっち見ないでね」


「うん!!」

「りょ!!」



2人が後ろを向いたのを確認し、パジャマを脱ぐ。

ベッドの下に畳まれていたワイシャツに袖を通しボタンをひとつひとつ閉めていく。




まだ暑さが根を張る9月下旬。

大切な人たちに囲まれた僕の長くて短い1日が今日も始まった。



そう……この日はまだ、あんな悲劇が起こるなんて知る由もなかったんだ。

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