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僕と君は愛せない  作者: 朝澄 容姿
狂るいはじめる愛情たち
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僕と君は愛せない

最後の方に出てくる「@#@*」は優蘭と呼んでいます。

トラウマがやばすぎて相手が自分の名前を呼んでいるという事実すら拒絶しているという訳ですね

およそ1ヶ月ぶりに銀楼さんの声を聞いた。





僕自身この1ヶ月間、銀楼さんと再び言葉を交わすことが叶うとするならばそれはどんな言葉から始まるのだろうかと考えない日はなかった。



そのどれもが幸せな未来の予想。


なのにそのどれも叶うことはなかった。


嘘つき、とその柔く美しい声音を荒らげて銀楼さんはそう叫んだんだ。



「うそ、つき……」


「っ……!ぎんろうさん!」


大声を出したことにより目眩に襲われた銀楼さんはよろけ、崩れるように床に座り込んでしまう。


「大丈夫!?」


急いで駆け寄り銀楼さんの脱力しきった体を支える。


「触ら……ないで……」


「え?」





……サワラナイデ?


その言葉の余韻が永遠に僕の頭で木霊する。



……なんで?どうして?触らないで?

こんなこと今まで言われたことなんてないのに……僕の頭は混乱と絶望に包まれる。


付き合ってから、いや……初めてあったあの日から銀楼さんに拒絶されたことなんて1度もない。





あぁ……銀楼さんに何かあったんだ。そうに違いない、確かめないと!


僕は手を銀楼さんの肩に置き、顔を近付けおでこを合わせる。

お互いの髪が混じり合う。


目と目を見て話せば銀楼さんも落ち着くはずだ。


「どうしたの?銀楼さん」


「やめて!!」


「ッ!」


顔を近づけた僕を突き飛ばし銀楼さんは小刻みに震えながら立ち上がる。


「ぎ、ぎんろ……うさん?」


銀楼さんの手に押された胸の部分にじんじんとした滲むような痛みが広がっていく。


「うそ、つき……一緒にいてくれるって……いったのに、しんじてたのに」


「え?」


「どこに……行ってたの?」


「まっ……真奈のお見舞いだよ」


銀楼さんの質問に答える。


「……」



「ほんとうだよ!嘘なんかじゃない!」


「ただの……お見舞い?」


「……え?」


「いつもは、2時間くらいで戻ってきてた」


「あ、あぁ」


「でも今日はいつもよりも帰りが遅かった」


「っ……」


……間違いなく銀楼さんは僕を疑っている。

いつも真奈のお見舞いに行くと家を出たら2時間そこらで家には戻る。でも今日は違ったからだ。


ふと、今日の病院での出来事が脳裏に蘇る。

真奈に弱音を吐いて、真奈に抱きしめられて……挙句拒めたはずのキスをした。


時間の流れというものは一定で流れるものであって変動することは無い。

そんな誰でもわかるようなことすら忘れて、ゆったりと濃密に流れていく「自分の中での時間の流れ」を信じきってしまっていたため、帰るのがいつもよりも遅れてしまったんだ。


横目で見た時計の秒針は、午後8時の時刻を指していた。



5時間……



これ以上自分で自分を責めても仕方ないと思いつつ、自分で自分の稚拙さを責めずにはいられない。


何をやっているんだ僕は……。

そりゃ、疑われても仕方ない。いや疑われて然るべきとすら思う。


「………」


否定したいのに言葉が紡げない。


なぜなら僕が浮気をしたのは紛いもない真実だからだ。


一体どうやって……どの口で。銀楼さんに思いを伝えればいいのか、脳内で思考をめぐらせても全く思い浮かばない。



「ねぇ、優蘭。どうしてそんなにベッタリと女の匂いをつけて帰ってこれるの?」


「え?」


「そんな体で、私を抱きしめないでよ」


「ぎんろう、さん」



匂い?そんな……。

ずっとくっついてたから?いや、匂いなんてそうそう移るものじゃない。


きっと銀楼さんは感じ取っているんだ、僕の体が纏っている真奈の残穢に。


「……銀楼さん……ごめん……でもこの匂いは、真奈のもの、なんだ!信じてほしい」


「真奈ちゃんだって女の子でしょ?」


「ッ……」


「優蘭はわたしより真奈ちゃんの方がたいせつなんだ」


風に自分の運命を委ねいつ地に落ちるかも分からない木の葉の様に、銀楼さんの体は自分を包んでいる空気に身を任せ不安定に揺れている。


多分銀楼さんの心の殻と言うのは一ヶ月前に壊れたのだろう。

だから殻に閉じ込めていた自分の本心が再現なく外へ溢れでてきている。


きっと、銀楼さんはずっと思っていた。

真奈のほうが……僕に愛されているのではないかと。


『そんなことないよ』


無責任にそう言いたい自分がいる。

だけど僕にはそれを言う資格は無い。

だって僕はさっき、真奈を受けいれたのだから。


「こたえられないんだね」


「……」


「ううん、いいよ。分かってたから」



そう告げる銀楼さんの瞳の色は変化することなく濁った色をしていた。ほんとだ、ほんとに何も期待していない。


期待を裏切られた時や、悲しかった時、そして嬉しかった時に、瞳の大きさや色そして輝き方は変わるものだ。

僕は銀狼さんの瞳の輝きが変わるのを何回も見てきた。

だけど今の銀狼さんの瞳は涅色に染ったまま動かない。


もう僕に、なんの期待もしてないんだ。


「わたしね、人を殺したの」


「……え?」


「優蘭のお姉さん、殺したの」


「何言って」


「自分の姉を殺した女なんて、見捨てられてとうぜんだから」


銀楼さんは淡々とそう告げる。

警察の方から聞いた情報だと、銀楼さんは落ちていたマグカップの破片を姉の喉に突き刺した。


あの混濁とした状態を鑑みたら、事実と虚構が混じりあっている可能性が高い。

銀楼さんは姉さんが死んで、自分が姉さんを殺したとそう思っているんだ。



「いや、姉さんは死んでない、一命は取り留めたんだ」


「……」


「見捨てるわけ……ないよ。銀楼さんは覚えてないと思うけど……この1ヶ月ずっとー」


「私の世話、してくれてたよね」


「……え?」


そう言うと銀楼さんはまた脱力し、床に座り込む。


「…はは……私ね、ずっと意識あったんだ。もちろん自分の意思で体も動かせた」


「え?」


「だけど私が廃人のフリをしていたら優蘭が私の身の回りの世話をしてくれたから」



銀楼さん?何を言っているんだ?



「毎日口移しでご飯を食べさせてくれて、お風呂に入れてくれて、体も洗ってくれて、トイレの世話もしてくれて、寝る時はほっぺにキスしてくれて、一緒に寝てくれて」



涅色に染っていた銀楼さんの目には涙が溜まっていた。

目からは涙が溢れているのに気にもとめず、壊れた機械のように口だけが動いている。


「幸せだった、毎日が天国みたいだった」


「銀楼……さん?」



なにを言っているんだ銀楼さんは。

それじゃまるで意識があったのに、自分で動けたのに僕に世話をさせてたみたいな言い方じゃ。


「優蘭、私ずっと不安だったんだ」


「え?」


「キスもしてくれないし、セックスもさせてくれない。だけど周りの女子は優蘭を好きになっていく、私は取り残されていく」



ははは……ほんとに、何を言っているんだ銀楼さんは。

僕の脳みそじゃ今起きている現象を、銀狼さんの言っていることを理解できない。



「でも私が人間であることを放棄すれば優蘭は前まで私にしてこなかったことをしてくれる」



「え?」



「だけど、優蘭からしたら私は人殺し。自力で動けるようになったら私に人生を費やすようなことはしない。だから」



「銀楼さん?」



「この1ヶ月ずっと、廃人の"フリ"をしていたの」



「……は?……」



廃人の……フリ?


あれは、演技だったってこと?


じゃああれは。

僕のあの1ヶ月は。

吐いた吐瀉物達には。

震えていた体には。


なんの意味もーーー


プチンッと僕の脳に張り巡らされていた糸が解れて、切れた。



「鈴音ェェェェェェ!!」



ガタン!と音を立て、僕は銀楼さんの元へと駆け出しそしてそのまま押し倒した。


「がっ」


背中を強打した銀楼さんの弱々しい呻き声が聞こえる。

だけどそんなこと気にも止めない、そんな余裕今の僕には無い。


「ふざけるな!ふざけるな!ふざけんな!!」



僕は自分の飛沫が僕の下にいる銀楼さんにかかることを厭わずに大声をだす。

それなのに、押し倒されて、唾をかけられて、大声で叫ばれてる。


なのに……


「なんでそんな嬉しそうな顔してんだよ」


「だって……こんなこと……はじめてだから」



銀楼さんから飛び出てきたのは予想外の言葉。

まるで姉さんのような、そんな言葉。


「ッ……」


その言葉を受けて我に返った僕は銀楼さんから離れる。


「……ごめん……」



「ううん、嬉しかったから」



そう言うと銀楼さんはまた立ち上がる。

僕はそれを見上げる。さっきみたいに震えた手足じゃなく、ちゃんと自立している。


あれも演技だったのか?いやそんなわけは無い。


銀楼さんはさっきまで本当に不安だったんだろう。

僕が真奈に心を奪われていないだろうかって…。だから演技もやめて、僕に言い寄った。


だけど僕が銀楼さんに筆舌に尽くし難い程の怒りをぶつけて、そして押し倒して。


それに対して銀楼さんは

『そんな事をするのは私を一番に愛しているから』

と、考えを改めたんだ。



やっている事が、姉さんと同じだ。

僕は以前、銀楼さんと姉さんを重ねてみてしまっていた……。それはある種の警鐘だった。

そして遂に警鐘は現実のものとなった。




銀楼さんは……君咲真彩になった。


「はぁ……はぁ……」



いきなり動悸が激しくなる。


「これは……」


視界がボヤける。


「まさか……いやそんなはず……」


意識が酩酊する。


「やめてくれ……それだけは」


嫌な予感が五感を支配する。



「……優蘭?」


朧気な視界のなかで、かろうじて銀楼さんの形だけは認識できた。


だけどーー


「やめてくれ……それだけは……やめて」



「どうしたの?」



黒々とした靄が銀楼さんの身体にまとわりつき、靄の集合体を形成する。

靄に包まれた銀楼さんの腕や足からはもはやなんの情報を得ることも叶わない。そこにあるのはただの虚無だ。


それどころか靄の部分を直視すると猛烈な吐き気に襲われる。



それだけは……やめてくれ……



そう願ったのは、銀楼さんが君咲真彩になることを恐れたからという訳では無い。


あの時は取り乱しはしたが、きっと僕は……許せたんだ。


いや……許すも何も、銀楼さんをあそこまで追い詰めたのは他の誰でもない僕だ。


だからあれは当然の報いだった。


報いを受けることによって、まだ銀楼さんと一緒に居れるならそれでよかった。ほんとにそれで良かった。


だから……



「おねがいします!!やめてくさいいいいい」



「優蘭?……優蘭!!大丈夫なの!?」



黒い靄と化した銀楼さんの腕が僕の肩を優しく包み込むように、抱き寄せるように掴む。


だけど


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛」


そんな銀楼さんの善意も虚しく、「それ」を僕の体は拒絶しよだれを垂らしてのたうち回る。


嫌だっ……嫌だっやめて……ほんとに……


「ゆら……ん?」


黒い靄が蠢く蜃気楼の様な世界で、銀楼さんの顔だけがまだ黒に侵されてはいなかった。


美しい銀髪。黒曜石のような輝きを放つ瞳。若干血色が悪く紫がかった唇。雪のような白い肌にうっすらピンクがかった頬。すーっと通った鼻。角張った所がなく丸みを帯びた輪郭。


まだ……見える……まだ……でも。



僕を嘲笑うかのように目で追った順番通りに銀楼さんの顔を黒い靄が侵す。



髪、目、唇、鼻、頬、鼻、輪郭。


全てを靄が埋めつくし、僕の目の前にいる人間が銀楼鈴音だと言うことを僕1人で証明することが不可能となった。



「ダイジョウブダヨ、@#▲*」



忌々しい僕の呪いは。


銀楼さんをも呪ってしまった。


忘れていたトラウマの効力の詳細が、ゲリラ豪雨のように脳にとめどなく乱暴に、そして刹那的に流れてくる。



トラウマの効力は

姉さんに犯され、美織に見捨てられたことによってできた僕の呪い。

それに当てはまるのは例外を除いたすべての女性は黒い靄に覆われ、視界に入れた瞬間に吐き気と動悸が止まらなくなり、次第に蕁麻疹が出てくる。


銀楼さんは「例外」の女性だった。


銀楼さんを見てもトラウマの効力は受けなかった。

ずっと笑顔でいられた、幸せでいられた。


なのに



銀楼さんも僕のトラウマの効力を……受けるようになってしまった。



「ぎ……ろ……さん」


「@#▲*ダイジョウブ…ナニガアッテモワタシガササエルカラ@#@*ガワタシニシテクレタヨウニ」


「だめ……なんだ」


「@#▲*?」


「ごめんなさい……」


「ナニヲアヤマルノ?ネェ?@#▲*?」



「僕と……きみは……愛せない」







きみ一緒に桜を見たいと、そう願っていた。

その願いは叶うことなく。


僕の視界は闇に覆われた。







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