11月5日 大桜高校
「よし、ギリギリセーフ」
スマホの画面に表示されている時刻は8時15分。
僕の配属される1年D組の野原先生との待ち合わせの時間には何とか間に合った。
5分前行動、前の学校で口酸っぱく言われていたお陰で転校初日に
担任の先生からの株が下がるという大惨事は回避出来そうだ。
待ち合わせの場所は『大桜高校正門前』。
この学校の生徒が通れる入口はこの正門ひとつだけらしく登校してくる生徒でごったがえしていた。
そんな中1人でぽつんと行き場もなく突っ立っているのはなかなかにしんどかったりする。
『大楼高校』……。
ここが僕が今日から通うことになる都立高校だ。
大桜区と言う縁もゆかりも無い地にある学校ではあるが、1年生の秋という妙に中途半端なこの時期からの普通科転入を許可していただいたためこの学校に通う運びとなった。
許可を下さった校長先生や関係者の方々には本当に感謝してもしきれない。
僕がどこへ引っ越したのかは勿論姉には伝えていないのはもちろんだが、僕の転学先は妹立ちにも告げていない。
特に最後まで献身的に声をかけてくれていた真奈にすら居場所を明かさないのは自分でも少々酷だと思ったが……うっかり姉に口を滑らす可能性は、0じゃない。
それに妹達が僕の居場所を知っていると悟った姉さんは、拷問に近いような凶行に及んでまでも僕の居場所を聞き出そうとするだろう。それが実の姉妹であっても、だ。
そのため父さんと話し合った結果、姉妹達にも僕の居場所は伝えないということにした。
ごめん…真奈…みんな…。
「お待たせしました〜君咲優蘭くん、ですね?」
「あっ!はい!」
「わたし、君先くんの配属される1年D組の担任をしています野原、でふ!よろしくでふ!」
「よ、よろしくお願いします!!」
姉妹たちへ思いを馳せていると、僕の担任になる野原先生がやってきた。
野原先生の見た目はちょっと小太りで毛根も後退している中年男性。だけど明るい性格で仕事熱心なのがこの少ないやりとりで伝わってきた。きっと生徒に好かれている良い先生なんだろう。
「じゃ、あんないしますので着いてきてください〜」
「はい!」
先生の後に続き、僕は大楼高校へと足を踏み入れた。
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比較的新しい校舎なのか外見は綺麗だ。
ただ普通の都立高校と言った感じで校舎はそこまで大きくない。
校舎とは離れたところにテニスコートがあるらしいのだが中学でテニス部を引退した僕にはあまり関係の無い話だ。
そして1年生のフロアに続く階段の前に着いたのだが、何やら先生が深刻そうな顔をしていた。
「……先生?」
「君咲くん、ここが大桜高校名物……『心臓破りのド級階段』でふ……」
「し……心臓破りのド級階段!?」
あまりの衝撃に思わず声に出る。
『心臓破りのド級階段』って一体なんなんだ……!?
「先生、それは一体……」
「1年生のフロアは6階にあるんでふ」
「!?」
「そして6階への道はこの階段しかない。つまりうちの1年生は毎日この地獄の道と戦わなきゃ行けないんでふ!」
「あっ……あぁ……」
6階まで階段……!?
あまりの衝撃に頭の上から足の指まで電流が通り抜けたような感覚に陥る。
そうか……前の高校は中高一貫の私立高校。
私立だけあって設備はきちんとしていたためある程度の高層階まではエレベーターを利用できたのだが、ここは都立。
そんな設備はないということか。
(大桜高校には一応エレベーターはあるが生徒は利用できないという謎ルールがある)
「先生!ぼくやります!」
「おお!ではいこう!君咲くん!!」
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「はぁーっ……ふぅあはぁー……」
何とか6階を駆け抜けた。
何故かテンションが上がっていたので全力疾走で駆け抜けたのだが、わざわざそんなことをする必要は1ミリもなかった。
そもそも部活を引退して1年ほど全くといいほど運動をしてこなかった僕にそんなこと出来るはずはなかったのだがそうさせてしまうあたり、本当にノリとテンションというものは恐ろしい。
僕は足を曲げ手を膝に付け体重を足にかけることによってなんとか立てていたが、先生は立つことすらままならないようで廊下に寝そべり浅い呼吸を繰り返している。
「はぁ...はぁ...君咲、くゆ……ここがぁ……きみのクラスで……ふ..」
と震えた指で1年D組の看板を指していた。
「はい、ハァ……わかりましたハァ……」
僕は指された教室の扉の前に立つ、扉の隙間から覗くとガヤガヤと大きな喋り声が聞こえた。
大方転校生が来ると聞いていてどんな人が来るのかと盛り上がってるのだろう。
特に男子達は女の子が来ると予想し派手に騒いでいる。
まぁ残念ながら僕は男だが...
僕は身長もそこまで高くないし細身なので女の子と間違えられることが稀にあるががれっきとした男だ。
期待に添えずに申し訳ないと思いつつ、僕はひとつ深呼吸をし乱れた呼吸を整え扉を開けた。
「君咲優蘭です!よろしくお願いします!!」
扉を開けた瞬間大声で叫んだ。
僕の顔を見た瞬間、男子達は女子かと思ったのか叫び声を上げたが直ぐに男と気づき一瞬で静まった。
逆に『女子』は少し嬉しそうにヒソヒソと話している。
.....女子?
教壇の横に立ちクラス全体を見渡していた僕は僕の目線から見えるこのクラスに違和感を感じていた。
どうして『女子』だけ全員顔が乱雑に黒のマッキーペンで塗りつぶされた様になっているんだ?
どうしてその黒く塗りつぶされた顔の上に不気味に笑う赤い目と口だけが存在しているんだ?
あれ?
おかしいな...?
まるで僕だけ別の世界に行ってしまったこのような感覚に襲われる。
どうなって…いるんだ...…?
動悸が早くなり、汗も滲んできた。
「はぁっ……はぁ……」
あダメだ声を抑えろ。
なんで。
真奈?
意味が。
女?
あれ?
今日のご飯は目玉焼きと
ーー思考がグチャグチャになる。
いま僕は何を考えるべきなのか、それが分からない。
一旦視線を下に戻してーーー
「ッ!!」
どうしてみんな笑ってるんだ?……どうして……そんなに不気味な顔をしているんだ?
もしかして…
僕がなんでここへ来たのか皆知っているのか…??
姉さんに犯されたって
クラスに居場所が無くなったって
南小森に知り合いがいるのか
1度考えたら止まらない。
息が切れる、思考がまとまらない。思考の流れが台風の時に氾濫した川のようにものすごいスピードで僕の頭に押し寄せてくる
クラス全体が僕の敵に見えた。
どうしよどうしよどうしよどうしよどうよ......!!
パニック寸前、涙が出そうになる
クラスの人達も少しざわつき始める
『あいつ大丈夫?w』
『もしかしてコミュ障?』
そんな声が聞こえてくる。
あぁあ...ーー最悪だ...
僕はどうしちゃったんだーーー
ポン
ふいにぼくの肩に手が置かれる、その瞬間僕は思考を緊急中断し、肩に手を置いたその主に全視線をやる。
そこには単発金髪で、おそらく校則違反であろうピアスを開けているガラのわるそうな男子がいた。
「え...?」
不意に声が出る。
もしかしてだけど僕この人にボコボコにされる?
根拠は全くないがその男子の見た目からして完全に不良だったため、でもシメられるようなことした覚えは無いし…
『 おいゴラァ!テメェ!』
みたいな感じで怒られちゃうのか?ーーーーー
しかし、その男子が発した言葉はそうではなかった。
「緊張してんな!!」
「え?」
予期せぬ助け舟。
不意にかけられたその声に僕は救われた。
その男子がそう言葉を発した瞬間クラス中が納得したようにワッと沸き上がり、僕は転入初日に自己紹介でやらかすという大惨事は免れた。
「...ありがとうございます」
僕は彼にそう言った
「おう!へーきへーき!!あ、俺は大崎悠二よろしく!!」
大崎悠二…
「うん悠二君!!僕は君咲優蘭、よろしく」
僕がそう言うと悠二君はニコっと微笑み、軽く会釈をし自席へ戻って行った。
変な勘違いをして本当に申し訳ないと心の中で土下座しながら彼を見送る。
「そうだなぁあ...君咲くん、ハァ……一番うしろの空いている席に座ってくだふいハァ……」
悠二君が席に戻り、1人ぽつんと立ちつくしていた僕は未だに呼吸が乱れたままの先生にそう言われ一番うしろの席へ向かった。
席に向かう途中も、できる限りクラスを見渡したけどやはり女子の顔は全部気味の悪い笑みに塗りつぶされている。
そしてその顔を見ると手が震え、動悸も激しくなる。なので直ぐに目を逸らしてしまう。
やっぱり僕の根底には姉から受けたトラウマが存在していてそのトラウマの効力は全ての女子に適応されてしまう。
この短い数秒の間でこの結論に至ったのは僕なりに納得のいく考察が出来たから。
十中八九、僕は女子の存在に深層心理の中で深い拒絶反応を起こしている。
……あの件以降、登校拒否になった。
そんな僕が意を決して久しぶりに登校した学校ではボロクソに叩かれ、その後ずっと家に引きこもっていたため家族以外の女の人との接触は断たれていた。
そのため今まで気付きもしなかった事実。
いや、知らない方が良かったかもしれない。
なぜなら僕はこれから先女子を見る度に動悸が激しくなり自分自身を保てなくなる。それはつまり人間としていや……生物として生きて行くために必要なもの…それを失ったということにほかならない。
今後の人生大丈夫なのだろうか…そんなことを考えると目の前が、そして今後の人生が真っ暗闇に染っていく感じがした。
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キンコンカンコンーキンコンカンコンー
やけにうるさいチャイムの音が授業が終わったと伝える。
「終わったか...」
転校初日の高揚感に包まれた長いようで短いようなこの独特な時間もこれで終わり。明日からはい大桜生としてキッチリとした毎日を過ごさなければいけない。
まぁ兎も角、色々あったものの何とか転校初日を終えることが出来た……。まずはそれに安堵するべきか。
僕は教科書を素早くバッグへとしまい、帰りのホームルームが終わると同時に帰れるように準備を整えた。
ポン
と不意に肩を叩かれる。
うしろを振り向くとそこには悠二君がいた。
デジャヴ…
悠二君は僕の自己紹介のとき助け舟を出してくれたある意味恩人のような人で、昼休みも一緒に食事をした。
一見人を寄せつけないような見た目とは裏腹にとても優しい、良い奴だ。
悠二君は僕が振り向くとニコッと微笑み
「ユウランー!!今日一日どうだった?」
と聞いてきた。
「楽しかったよ!!悠二君のお陰で友達もできたしほんとありがとう!」
僕は悠二君への感謝の意を述べる。
悠二君にはたくさんの友達が居てその人たちも僕と食事を共にした、そのため仲良くなれた人も多数いるのだ。
友達の友達は友達……と言うやつだ。
これもそれも全部悠二君のおかげのほからならない。
悠二君がいなかったら間違いなく僕は転校初日の自己紹介でやらかしたヤツというレッテルを貼られ、卒業までずっと教室の隅でぼっち弁当を食べる高校生活を送っていたことだろう。
「はっはっいーっていーって!!」
僕がそう言うと悠二君はやや乱暴に僕の背中を叩きながら得意気に笑っていた。
「あはは痛いよー」
僕も悠二君につられついつい笑ってしまう。
あぁ...
これが友達との会話ってやつだ...。
久しぶりに誰にも気を使わず、自分自身を表現できたきがする。
前の高校に居る時は事件以降僕と話してくれる人が全員いなくなり、結局僕は学校生活を全て孤独にすごしそのまま精神を壊してしまった。
だから、この他愛も無いほんと数回の会話ですら涙が出るほど嬉しかった。
「そういやユウラン〜気になる人は出来たか?」
急に小声になった悠二君は僕の耳元でニヤつきながらそう囁く。(よく顔は見えないけど多分ニヤついてる)
急に俗っぽい話になったな…そんなことを思いつつ僕は気になる人がいた考えた。
しかし答えはNOだ。
僕はトラウマの影響で女子の顔が全て黒く染って見えてしまう。
その上それを直視していると動悸が激しくなり、パニックに陥ってしまうというおまけ付きだ。
つまり女子の方を見るということは僕からしたら大きなリスクを伴う行為意外の何物でもない…気になる女子なんて出来るはずがないんだ。
「うん...まだいないかな」
「なんだよーつまんねーなー」
僕の返答に悠二君はぶっきらぼうに答える
「はははごめんね期待に添えなくて」
「はっホントだぜ!!意外にウブなのか!?」
「そう...だね?」
ウブもなにも女子を見れないんだ…。
でもトラウマのことを言えばこの高校での生活の平穏すら危ぶまれてしまう、そんなことは絶対に避けなければいけない。
だから僕は口が裂けても前の高校で起きた出来事は他言しないだろう。
「あっ、そういえばこの近くにうめぇラーメン屋あんだよ食いいこうぜ!」
「え!本当!?行きたい!」
「よーーし!転校祝いだ!!たんまり食おーぜ」
「やったぁ!!」
僕は悠二君の後を追いかけ小走りで教室を後にする。
良い友達には巡り会えた。
だけどそれでも心機一転で新天地での暮らしを謳歌するのにはあまりに大きすぎる不安要素があった。
このまま何事もなく大桜で暮らしていけるのだろうか。
これが運命だと受け入れるしかないのだろうか。
いや、考えるのはよそう。
今はただ目の前のことにーーー
「何廊下走っとるんだ!!」
「「いっ!!」」
気持ちよく秋風通り抜ける放課後。
一抹の不安を背負いながらも僕の新しい生活が始まったーーー。
そういえば、僕の隣の席の人……休みだったな。
たしかーーー名前は
『銀桜鈴音』
次はユウランが去ったあとの姉妹達サイドをお届けしますー!!