幸せと不幸は表裏一体:後編
さっきまでは青く透き通っていた空だったがいまは冬だ。
僕らがショピングモールから出る頃には黒い夜が広がっていた。
昼間は太陽に出番を奪われていたイルミネーションが今度はこっちの番だぞと言わんばかりに多種多様な鮮やかな蛍光色を放ち、見る人々の足を引き止める程の美しい風景を演出している。
さっきまではそれぞれ思い思いの個性を出していた繁華街も青一色に染められていた。
まるでネオンの洞窟だ。
「すごく綺麗…」
目を見開き、この景色を脳に焼き付けているであろう銀楼さんが隣にいた。
「そうだね、すごく綺麗だ」
「……勇気出して……よかった」
「え?なんか言った?」
何かを呟いていたが、繁華街の喧騒に紛れよく聞こえなかった。
銀楼さんはそんな僕を嘲笑うかのように、華奢な指を下唇に当て微笑えんでいた。
「君咲くんと見れてよかったっていったの」
「…そ……そうなの?」
「うん、友達とイルミネーションを見るの…人生で1度もしたこと無かったから……なんか不思議だね、一人で見るより二人で見た方が綺麗に見える」
「…うん……そうだね」
銀楼さんの黒い瞳が鮮やかな青を反射している。
そのあまりの美しさに息を飲みつつ、僕はそう返した。
青白い光に包まれたこの幻想的な景色を銀楼さんと共有出来ることの幸せを僕はかみ締めている。
銀楼鈴音……。
どんな過去があって、どんな信念があって、どんな欲望があるのか。正直何も知らない。
だけど今日見た彼女の一挙手一投足に裏表なんてないように見えて。
全身全霊で僕に向かってきてくれている気がして。
僕の空いた心の穴を、埋めてくれている気がして。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
僕の隣に銀楼さんが歩いている。
その時間はあまりにも幸せなものに昇華していて。
変な話、明日死んだとしてもおかしくはない思った。
なぜなら人は人生において幸福と不幸どちらも天秤が釣り合うように、平等に与えられると誰かが言っていたからだ。
それがもし本当だとしたら僕は今、これまでの人生で起きた不幸を全部換算しても釣り合わないくらいに幸せを感じている。
そう、姉に全てを奪われたことでさえも、霞むほどに僕は幸せを感じていたのだ。
姉への憎悪はこんなものだったのかと、自分を嘲たくなる。
ただ、それでもーー
たまに目が合うとニコッと微笑み掛けてくれる。
それが愛おしくて堪らない。
ちょこんちょこんと小さい歩幅で歩く。
それが愛おしくてたまらない。
銀色の髪を耳にかけて、たまに不安そうに僕の顔を覗く。
それが愛おしくて堪らない。
目の前に広がる光景に瞳を輝かせ、頬が紅潮していることにも気が付かず景色に没頭する。
それが愛おしくてたまらない。
胸が苦しくなる、それも苦痛に感じない。
幸せな心持ちでも胸は苦しくなるのか…
『これが愛じゃなければなんと呼ぶのか』
ふとそんなフレーズが頭に浮かんだ、、そっか
僕は…銀楼さんをーーーー。
ドン
鈍い音が聞こえてくる。
何かが僕にぶつかった音…
あまりの衝撃に僕は地面に尻餅をついた。
「がっっ痛っだ」
なんだ?なんだ?
何が…ぶつかった?なんで僕は倒れてーーー
僕を襲ったものの正体を確認する為、視線を地面から上へ上げる。
そこには大男が2人立っていた。
二人とも金髪にピアス、それに二人とも筋肉質な体をしていて、
例のごとく3つの白いラインが入ったジャージを着ている。
その装いを見て察した
…もしかしてガラの悪い奴らじゃないのか……?
いや…悠二くんもガラは悪いけどいい人だ人を見かけで判断しちゃーー
「おいガキ、こんな美女連れてるなんて何様だ?」
開口一番、そんな罵倒が聞えてきた。
あ、こいつらは悪い人だ…
それに美女って、どう考えても銀楼さんの事だよな…
もしかしてーー
嫌な予感がした僕は、立ち尽くしている銀楼さんに視線を向ける。
嫌な予感が当たった。
男二人は僕のことなんて構うことなく、2人して銀楼さんを囲んでいる。
この明らかに異質な状況なのに、周りを行く人達は僕達に構う様子なく過ぎ去っていく。
…け、警察に電話してくれるくらいしてくれてもいいんじゃないか!?と人々の無情さに絶望しつつ、状況をもう一度確認するために男達を、そして男達に囚われている銀楼さんに視線を向ける。
ニヤァ……
「ッ!」
僕の視線に気づいたのか、こちらを見て嘲笑うかのように気色の悪い笑を浮かべてきた。
「お前みたいな冴えねぇヤツがこんな女連れてるなんて勿体ないなぁ」
な…何を言っているんだこの人達は……
「俺達が有効活用してやるよ」
と言うと男のひとりが銀楼さんの肩に手を組み、おもむろに胸をさわる。
「こんな奴より俺達とヤろうぜ?気持ちよくさせてやるよ?」
「………………」
銀楼さんは嫌がる素振りも助けを呼ぶ声もあげない、いや上げられないんだ……銀楼さんも僕と同じ様に異性にトラウマがあると以前聞いた、そのトラウマによる弊害が僕と同じと仮定したのならば今、激しい動悸とパニックに襲われているはずだ。
だから助けを呼べないんだ。
……
彼の不躾な行動に僕は酷い虫唾が走った。
銀楼さん(女の人)のことは何も考えず自分たちの欲求を満たすことに終始している…クソ野郎。
ふざけ……るな、そんなの許せるはず無いだろ。
「っっお前!!何いきなり来て銀楼さんに触ってんだよ!!」
声を荒らげる。
尻が痛いがそんなのどうでもいい、
銀楼さんが訳の分からない奴らに連れ去られようとしている。
そんなの看過できない、出来るはずがない!!
僕は立ち上がり男達の前に立ちふさがった。
「は?邪魔」
「ーーーっ」
決死の覚悟虚しく、一瞬にして僕は男に殴り飛ばされてしまう。
「あがっっ」
視界が揺らぐ、目の前に赤いトマトジュースみたいのが飛んでいる。
あ、僕の血か…
理解した頃には僕は地面に附していた。
地面に伏した僕をクソ野郎共はこれでもかと蹴りつける。
そして満足したのか蹴るのをやめて、唾を吐きかけてきた。
「んだよ、邪魔くせーな」
「てか、この女全く抵抗しないぜ?俺達と行くこと満更でもないんじゃね?」
「確かに!!女はビッチなのにそれを知らずただ殴られる陰キャ男って寂し過ぎんだろ」
「可哀想だからこいつ犯したら返してやろうぜ」
ボコボコに蹴られたせいで視界は真っ暗だが辛うじて耳はまだ聞こえている
屈辱だ…
僕のことはどうでもいい、だけど銀楼さんを侮辱するなんてのは許せない、だけどそれを聞いても僕は立ち上がることが出来ない。
…それは屈辱以外のなんでもないんだ。
僕は銀楼さんのことが好きになってしまったんだよ、好きな女の人1人救えないなんてなんて無力なんだ。
…さっきの答えかもしれない
人は幸せと不幸どちらも平等に与えられる
さっきの幸せがこの不幸を呼んだのか…
ならあんな幸せ…いらなかった。
何度も手を地面に叩きつける、
悔しい悔しい悔しい。でも僕には何もすることは出来ないんだ。
男達の声が遠くなる。どこかへ向かったのか?
この道の向こうはホテル街だ、なんか昨日調べたら出てきた。(たまたまだよそういうつもりで調べたつもりじゃなくて…)
あいつらは銀楼さんを無茶苦茶に犯すのだろうか…
僕が姉にされたように…
出来るだけ…優しくして欲しいな、、、
『たすけて』
あ……
銀楼さんの声が聞こえた。
今にも消えてなくなりそうなほど掠れた声だ。
しかし、そんな声だけど僕の耳には鮮明に届いた。
今銀楼さんの隣に居る男二人よりも確実に…
「何…馬鹿な事考えて、諦めてんだよ」
先程の自分の考えを恥じた…
僕がされたことを銀楼さんがされて言い訳ないんだよ。この世の理不尽を当たり前のことだと思ってんじゃねぇ!
足腰に力を入れろ。
目を開けろ。
「好きな人くらい取り返せ!!!!」
イルミネーションの灯りが美しい道とは正反対の形相、男ふたりに連れ去られる彼女。それを止める血塗れた男。
傍から見たら僕達は異分子だ。
周りを歩く人々は足早に僕たちに気付かれないように、興味を示されないようにと足早に過ぎ去っていく。恋人達の聖地であろう場所で、血みどろの戦いをしているのだから。
それも当然のことのようにおもえてくる。
でもそんなのはどうでも良かった。
僕は銀楼さんを取り戻すことに、全ての思考を捧げたからだ。
恥も恐怖も慄きも、全て捨てたんだ…!
「返せッて言ってるだろうがァァ!クソッッ野郎オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
声を荒らげる。生まれて初めて発露した怒りと似ているが明確に違う、名前も知らないような感情が僕を支配する。
そして倒したはずの、虫ケラ同然の君咲優蘭が目の前に現れたことにより男達の中で困惑と畏怖が生まれる。
「このガキーー」
一瞬の静寂を打破し、思い出したかのように暴言を吐き、男は殴りかかってくる。
「っっ!」
戦っても勝てないことは痛いほど分かった、だからーーー
「銀楼さん!」
彼女の名を叫んだ。
男達が僕というイレギュラーを前にして動揺したこの一瞬で銀楼さんを連れ出す。
「この手を掴んで!!」
朝とは逆だ、僕が銀楼さんに手を差し出すんだ。
僕が…銀楼さんの手を…ッ
握るんだ!!
「君咲っ…君ーーー」
銀楼さんは迷いもなく差し出した右手を掴んでくれた。
固く手を繋ぐ。もう絶対に、絶対に離さない。
「ありがとう…ユウラン」
「あっ…」
はじめて僕を名前でーー
いや、今そんなの気にしてたら死んでしまう!
何故なら銀楼さんは奪取したけど男ふたりは鬼の形相をしているからだ。
男達のフラストレーションはMAXだ。
僕と言う自分達が下に見ていた弱者に出し抜かれたのだから…
いま、行動を間違えれば、僕は…間違いなく、殺される。
「逃げるよ!!」
銀楼さんの手を強く握りダッシュをした。
これでも短距離走は自信あったりするーー
少しでも距離を離せ!
「逃がすかぁぁ」
刹那、男が僕の背中を掴む。
あ、僕終わったかも…
身体能力は、圧倒的にあっちの方が上だったんだ、それは足の速さも然りだろう。
僕は一瞬にして男に背中を掴まれた。
「死ねぇぇぇ」
叫びながら、男は拳を振りかぶった。
ぶつかる。しぬ。やーー
ドガっっ
鈍い衝撃音、しかしその音の主は僕では無かった。
僕にその拳が当たることは無かったのだ。
恐る恐るビビって閉じた目を開ける。
なんで
僕に当たらなかったんだーー
「え…?」
何故攻撃が当たらなかったのかは直ぐにわかった、
やられていたのは僕ではなかったのだ。
さっきの僕のようにに男は地面に横たわっている。
男の前には男を下した人影が立っている。
ギリギリ開けれる目を懲らして人影を見つめる…
うっすら見える。
その人影は、金髪で……銀色のピアスをつけていて……こんな寒いのに半袖のアロハシャツを着てる……
……ん?……ま、まさか……
「悠二くん!?」
「よ、ゆーらん!」
「ど、どうして…ここに?」
僕が掠れた声で悠二くんに質問をする。
何故、ここに居るんだ?
僕達を助けてくれたのか…?
その全ての疑問がこの質問に乗っていた。
「暇だったからさ、街プラプラしてたんだ。そしたらなーーんか喧嘩してるヤツらが見えたからよ興味本位で来てみりゃ……」
無様に地面に伏している男を悠二君は身の毛もよだつ様な鋭い眼光で射抜く。
見た事のない表情だ、いつもニコニコしているからこんな表情……見たことない。
「やられてたのが友達だったんだよ」
そして僕の方へ振り向きいつもの柔らかい表情になる。
「なら助けるのが当たり前だろ?」
「うぅっっ悠二君っっ!!」
「ってかそこにいるの銀楼だよな?なんでおめー銀楼と一緒に居るんだ…って今聞くことじゃねーな」
こんな良い友人に巡り会えたことはきっと人生で一度もない。
思わず涙ぐんでしまう。
「ありがとうっっ」
だけど、泣いてなんていられない。
袖で目を拭い、ファイトポーズを取り泣いてないアピールをする。
銀楼さんを……守らないと!!
「ったりめーだ」
悠二君の人としての器の大きさに感服しつつ僕は銀楼さんの方に目をやる。
すると…。
「…銀楼さん?」
銀楼さんは恐ろしい程の汗をかいていて、ただでさえ白い顔をさらに青ざめさせていたのだ。
「…銀楼やべぇのか?」
悠二君が声をかけてくる。
「なんか…顔色が!!」
銀楼さんの顔色が非常に悪い、心做しか体温すらもものすごく低くなっているように感じる。
「マジか…!ここは俺が何とかするユウランは銀楼を安静なところへ移動させろ!」
「一人で大丈夫なの!?」
悠二君はポキッポキッと指を鳴らし目の前の男達の方に視線をやる。
「何言ってんだぁユウラン、へッ……コイツら再起不能にすんのなんてよ、朝飯前だぜ!?」
後ろを向いているので今の悠二君の顔はどんな顔になっているのか見えないけど、きっと鬼のような形相だろう。
目を細めると、悠二君の背中から赤黒いオーラが出ているのがわかる。
「…!!わっ、わかった!怪我しないでね!」
「おう!」
悠二君はこちらを振り向かず親指を立ててグッジョブポーズをした。
『俺も頑張るからお前も頑張れ』
そう解釈し、息切れが激しい銀楼さんをお姫様抱っこのような形で持ち野次馬の壁を切り崩し、走り出した。
街を全速力で走り抜ける。
街を歩く人達は珍しい物を見るように僕達を覗く。
どこか安静にできる場所は無いのか…?
自分の腕の中を見る、そこには今にも消えてしまいそうな銀色の君がいた。
「はぁ…はぁ…銀楼っさん…」
「きみ……ゆ……く……ん」
絶対に……僕が救けるから。
そう決意し、寒さも感じなくなるほど熱い体で12月の夜を走った。