姉が残した呪い
もう……最悪だ。
セーラー服を身にまとっている生徒…つまり『女子生徒』だけ、顔が乱雑に黒のマッキーペンで塗りつぶされた様になっている。
例外なく、全員にだ。
その黒く塗りつぶされた顔の上に不気味に笑う赤い目と口だけが存在している。
はっきり言って異常な光景だ。
「………」
RPGをやっている時に、無数のエネミーに囲まれてしまって、何回トライしても逃げることが出来ずジリジリHPが削られてとてつもない焦燥感に駆られてしまう…そんな状況が現実で再現されている様な感覚に襲われる。
動悸が早くなり、汗も滲んできた。
天井に視線を移す。
「はぁっ……はぁ……」
あダメだ声を抑えろ。
なんで。
美織。
真奈?
意味が。
スタべのフラペチーノ。
水族館。
女?
あなたなんて消えればいいのよ。
あれ?
今日のご飯は目玉焼きとーーー
いや待て待て待て!
脳が異常を察知したのか、ここ数ヶ月分の記憶が取捨選択をされずに一気に押し寄せてくるので、思考がぐちゃぐちゃになる。
何を考えるべきなのか、どうするべきなのかそれが分からない。
一旦視線をみんなに戻してーーー
「ッ!!」
どうしてみんな笑ってるんだ?……どうして……そんなに不気味な顔をしているんだ?
「君咲くん?」
先生が心配そうにこちらを伺う。
心配かけてごめんなさいと思いつつもその言葉を紡げない。
は、まさか
僕がなんでここへ来たのか皆知っているんじゃ……!
クラスに居場所が無くなったって。
姉と恋愛関係になろうとしてたって。
不登校だったって。
小森に知り合いがいて、その人から聞いてるのかも。
1度考えたら止まらない。
息が切れる、思考がまとまらない。思考の流れが台風の時に氾濫した川のようにものすごいスピードで僕の頭に押し寄せてくる
クラス全体が僕の敵に見えた。
どうしよどうしよどうしよどうしよどうよ......!!
パニック寸前、涙が出そうになる
クラスの人達も少しざわつき始める
『あいつ大丈夫?w』
『もしかしてコミュ障?』
そんな声が聞こえてくる。
あぁあ...ーー最悪だ...
僕はどうしちゃったんだーーー
ポン
ふいに肩に手が置かれる、その瞬間僕は思考を緊急中断し、置かれた手の持ち主に全視線をやる。
そこには単発金髪で、おそらく校則違反であろうピアスを開けているガラのわるそうな男子がいた。
「え...?」
不意に声が出る。
ーーもしかして僕、この人にボコボコにされる?
根拠は全くないがその男子の見た目からして完全に不良だったため、でもシメられるようなことした覚えは無いし…
『 おいゴラァ!テメェ!』
みたいな感じで怒られちゃうのか?ーーーーー
しかし、その男子が発した言葉はそうではなかった。
「緊張してんな!!」
「え?」
予期せぬ助け舟。
「キンチョーすんなよ!」
「大丈夫大丈夫!」
「えっ、あっ…」
不意にかけられたその声に僕は救われた。
その男子がそう言葉を発した瞬間クラス中が納得したようにワッと沸き上がたのだ。
彼の一言によって僕に対する認識が、一瞬で塗り替えられていくのを肌で感じた。
それと同時に、絶望に染まっていた思考回路が多少マシになった。
「...あっ…ありがとうございます!」
僕は彼にそう言う。
「おう!へーきへーき!!あ、俺は大崎悠二よろしく!!」
大崎悠二…
金髪ピアスの彼は自信に満ち溢れたかのような満面の笑みでそう名乗った。
彼はきっと…これまでの僕の人生で、出会うことが無かった、脳細胞の全てが善意100%で構成された善人…なんだろう。
「うん悠二君。僕は君咲優蘭、よろしくね」
「おう!」
僕がそう言うと悠二君はニコっと微笑み、軽く会釈をし自席へ戻って行った。
変な勘違いをして本当に申し訳ないと心の中で土下座しながら彼を見送る。
「そうだなぁあ...君咲くん、ハァ……一番うしろの空いている席に座ってくだふいハァ……」
「はい!」
階段をかけ昇った疲労が未だに癒える気配の無い先生にそう言われ、一番うしろの席へ向かった。
席に向かう途中も、会釈をしながらできる限りクラスを見渡したけどやはり女子の顔は全部気味の悪い笑みに塗りつぶされている。
そしてその顔を見ると手が震え、動悸も激しくなる。なので直ぐに目を逸らしてしまう。
やっぱり僕の根底には姉から受けたトラウマが存在していてそのトラウマの効力は全ての女子に適応されてしまう。
この短い数秒の間でこの結論に至ったのは僕なりに納得のいく考察が出来たから。
十中八九、僕は女子の存在に深層心理の中で深い拒絶反応を起こしている。
……あの件以降、登校拒否になった。
1度だけ意を決して、登校したが
その時の記憶というのは散々なもので、クラスのみんなからはボロクソに叩かれ、美織には見捨てられるという結末が待っていた。
その後ずっと家に引きこもっていたため家族以外の女の人との接触は断たれていた。
そのため今まで気付きもしなかった事実。
僕は、重度の女性恐怖症に陥ってしまった。
これは…姉さんが僕に残した呪いなんだね。
自分の震える手を見ながら、そんな結論に至った。
「ふぅ……」
席について、バックを机の横にかけ、少し目を閉じる。
女性恐怖症になって……今後の人生は大丈夫なのだろうか…。
そんなことを考えると目の前が、そして今後の人生が真っ暗闇に染っていくーーー
「おーい!昼、一緒に飯食おうぜ!」
「え!?」
悠二くんが遠くの席から叫んだ思いがけない提案によって僕の視界は明るくなった。
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キンコンカンコンーキンコンカンコンー
やけにうるさいチャイムの音が授業が終わったと伝える。
「終わったか...」
転校初日の高揚感に包まれた長いようで短いようなこの独特な時間もこれで終わり。明日からはい大桜生としてキッチリとした毎日を過ごさなければいけない。
まぁ兎も角、色々あったものの何とか転校初日を終えることが出来た……。まずはそれに安堵するべきか。
僕は教科書を素早くバッグへとしまい、帰りのホームルームが終わると同時に帰れるように準備を整えた。
ポン
と不意に肩を叩かれる。
うしろを振り向くとそこには悠二君がいた。
デジャヴ…
悠二君は僕の自己紹介のとき助け舟を出してくれたある意味恩人のような人で、昼休みも一緒に食事をした。
一見人を寄せつけないような見た目とは裏腹にとても優しい、良い奴だ。
悠二君は僕が振り向くとニコッと微笑み
「ユウランー!!今日一日どうだった?」
と聞いてきた。
「楽しかったよ!!悠二君のお陰で友達もできたしほんとありがとう!」
僕は悠二君への感謝の意を述べる。
悠二君にはたくさんの友達が居てその人たちも僕と食事を共にした、そのため仲良くなれた人も多数いるのだ。
友達の友達は友達……と言うやつだ。
これもそれも全部悠二君のおかげのほからならない。
悠二君がいなかったら間違いなく僕は転校初日の自己紹介でやらかしたヤツというレッテルを貼られ、卒業までずっと教室の隅でぼっち弁当を食べる高校生活を送っていたことだろう。
「はっはっいーっていーって!!」
僕がそう言うと悠二君はやや乱暴に僕の背中を叩きながら得意気に笑っていた。
「あはは痛いよー」
僕も悠二君につられついつい笑ってしまう。
あぁ...
これが友達との会話ってやつだ...。
久しぶりに誰にも気を使わず、自分自身を表現できたきがする。
前の高校に居る時は事件以降僕と話してくれる人が全員いなくなり、結局僕は学校生活を全て孤独にすごしそのまま精神を壊してしまった。
だから、この他愛も無いほんと数回の会話ですら涙が出るほど嬉しかった。
「そういやユウラン〜気になる人は出来たか?」
急に小声になった悠二君は僕の耳元でニヤつきながらそう囁く。(よく顔は見えないけど多分ニヤついてる)
急に俗っぽい話になったな…そんなことを思いつつ僕は気になる人がいた考えた。
しかし答えはNOだ。
僕はトラウマの影響で女子の顔が全て黒く染って見えてしまう。
その上それを直視していると動悸が激しくなり、パニックに陥ってしまうというおまけ付きだ。
つまり女子の方を見るということは僕からしたら大きなリスクを伴う行為意外の何物でもない…気になる女子なんて出来るはずがないんだ。
「うん...まだいないかな」
「なんだよーつまんねーなー」
僕の返答に悠二君はぶっきらぼうに答える
「はははごめんね期待に添えなくて」
「はっホントだぜ!!意外にウブなのか!?」
「そう...だね?」
ウブもなにも女子を見れないんだ…。
でもトラウマのことを言えばこの高校での生活の平穏すら危ぶまれてしまう、そんなことは絶対に避けなければいけない。
だから僕は口が裂けても前の高校で起きた出来事は他言しないだろう。
「あっ、そういえばこの近くにうめぇラーメン屋あんだよ食いいこうぜ!」
「え!本当!?行きたい!」
「よーーし!転校祝いだ!!たんまり食おーぜ」
「やったぁ!!」
僕は悠二君の後を追いかけ小走りで教室を後にする。
良い友達には巡り会えた。
だけどそれでも心機一転で新天地での暮らしを謳歌するのにはあまりに大きすぎる不安要素があった。
このまま何事もなく大桜で暮らしていけるのだろうか。
これが運命だと受け入れるしかないのだろうか。
いや、考えるのはよそう。
今はただ目の前のことにーーー
「何廊下走っとるんだ!!」
「「いっ!!」」
気持ちよく秋風通り抜ける放課後。
一抹の不安を背負いながらも僕の新しい生活が始まったーーー。
そういえば、僕の隣の席の人……休みだったな。
たしかーーー名前は
『銀桜鈴音』




