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ふたりの休日

 シフォンが来てから、一週間が経った。


 ユイは朝、目を覚ます。


「お姉ちゃん、起きてー」


「……」


「お姉ちゃん?」


「……起きてる」


「絶対起きてない」


「起きてるって……」


「じゃあ目開けて」


「……」


「ほらー」


 布団の中でもぞもぞする。


 シフォンが笑う。


「もう七時だよ」


「……あと十分」


「昨日もそう言って、二十分寝たじゃん」


「うっ」


「今日は私が許しません」


「なんで急に厳しいの……」


「お姉ちゃん、遅刻したら困るから!」


 そう言いながら、シフォンは布団をめくる。


「さむっ!」


「起きて!」


「シフォン鬼!」


「あはは!」


 こんな朝が、当たり前になっていた。


 大学へ行く。


 講義を受ける。


 友人と昼食を食べる。


 その間にも、以前とは少し違うことが増えた。


 昼休み。


 ユイはスマートフォンを見る。


 通知が一件。


『今日帰るの何時?』


 シフォンからだった。


『五時くらい』


 すぐに返信。


『わかった!』


『何か買ってきてほしいものある?』


 少し待って。


『から揚げ棒!』


 思わず笑う。


『また?』


『また!』


『はいはい』


『二本!』


『一本です』


『えー』


 ユイはスマートフォンをしまった。


「……誰と話してるの?」


 隣に座っていた友人が聞いた。


「妹」


「妹?」


「うん」


 ユイは一瞬だけ考えてから、そう答えた。


 その言葉に、自分で少し驚いた。


 妹。


 別に間違っていない。


 でも、最初からそうだったわけじゃない。


 シフォンは、ユイが自分で作った人工生命体だ。


 それなのに。


 今はもう。


「妹ねぇ」


 友人が笑う。


「仲いいんだ」


「うん」


 ユイも自然に答えた。


「すごく」


 午後。


 探求系のゼミの説明会があった。


 専門的な内容を扱う少人数制のゼミで、二年生以降の正式所属に向けた説明会らしい。


 ユイは特に強い目的があったわけではない。


 ただ、少し興味があった。


 教室に入ると、すでに何人か集まっている。


 その中に、一人だけ見覚えのある顔があった。


「あ」


 向こうも気づいたらしい。


「一年生の人だよね?」


「え?」


「この前の講義、一緒だった」


「ああ……」


 ユイは思い出した。


「トウマ先輩」


「そうそう」


 少し年上。


 話し方が柔らかい。


 周囲に気を遣っているのが分かる。


「今日、一人?」


「そうですね」


「なら、こっち座れば?」


「いいんですか?」


「もちろん」


 ユイは席についた。


 説明会が終わったあとも、二人は少し話した。


 ゼミの話。


 大学の話。


 地元の話。


 高校時代の話。


 その流れで。


「あ、そうだ」


 トウマが言った。


「最近話題になってる人工生命体って知ってる?」


 ユイの足が止まった。


「……知ってます」


「買った?」


「えっ」


「いや、なんとなく。大学でも結構いるらしいから」


「あー……」


 ユイは少しだけ笑った。


「私も持ってます」


「ほんと?」


「うん」


「へえ。どんな子?」


「……かわいい子です」


「それ、参考にならないな」


「あはは」


 ユイも笑う。


 それ以上は話さなかった。


 まだ。


 このときは。



 夕方。


 ユイが帰宅する。


「ただいまー」


「おかえりー!」


 すぐに声が返ってきた。


 シフォンが玄関まで駆けてくる。


「お姉ちゃん!」


「ただいま」


「今日遅かった!」


「ごめん。大学で説明会があって」


「何の?」


「ゼミ」


「へえー」


 シフォンはユイの鞄を受け取る。


「重い」


「教科書入ってるから」


「持つ!」


「いや、私が持つよ」


「いいの!」


 シフォンが嬉しそうに鞄を抱えたまま、部屋へ運んでいく。


 ユイはその後ろ姿を見ながら、笑った。


 その日の帰りに買ってきたもの。


「はい」


「……!」


 シフォンの目が輝いた。


「から揚げ棒!」


「約束したからね」


「二本ある!」


「一本って言ったでしょ」


「でも二本買ってくれた!」


「私も食べるの」


「えー」


「何?」


「お姉ちゃんも好きなの?」


「……まあ、普通に」


「じゃあ半分こしよう!」


「最初からそれでよかったじゃん」


 二人でソファに座る。


 シフォンは一口食べる。


「おいしい!」


「ほんと好きだね」


「うん!」


「そんなに?」


「だって、買ってきてもらうからもっとおいしい」


 ユイは少しだけ黙った。


「……そっか」


「うん」


 シフォンは尻尾を揺らしている。


 休日。


 二人で買い物へ行くことになった。


 シフォンには外出用の服がまだ少ない。


「何着たい?」


「これ!」


「早い」


「かわいい!」


「確かに」


「こっちも!」


「似合いそう」


「じゃあ、これも!」


「全部は無理」


「えー!」


 服屋を何軒も回る。


 鏡の前でシフォンがいろいろ試着する。


 ユイは、そのたびに写真を撮る。


「お姉ちゃん、写真撮りすぎ!」


「だって面白いんだもん」


「面白いってなにー!」


「ほら、これとか」


「見せて!」


「はい」


「……」


 シフォンが画面を覗き込む。


 そこには。


 両手を広げて嬉しそうに笑っている自分。


「……かわいい」


「でしょ?」


「うん」


 少し照れながら笑う。


「お姉ちゃんが撮ってくれたから、もっと好き」


「……そういうの、ずるいよ」


「何が?」


「なんでもない」


 昼食はファミレス。


 窓際の席。


 シフォンはメニューを見て悩んでいる。


「これと、これと……」


「食べきれないでしょ」


「じゃあお姉ちゃんと分ける」


「それならいいよ」


「やった!」


 注文する。


 料理が来る。


 二人で分ける。


 シフォンは嬉しそうに食べる。


「お姉ちゃん」


「ん?」


「こういうの楽しいね」


「うん」


「また来たい」


「また来ようか」


「ほんと?」


「うん」


 シフォンの尻尾が揺れる。


 その姿を見て。


 ユイも笑う。


 帰り道。


 二人で駅へ向かう。


 シフォンが突然、言った。


「お姉ちゃん」


「なに?」


「私、ここに来てよかった」


 ユイは歩く速度を少し落とした。


「……どうしたの、急に」


「だって、楽しいから」


 シフォンが笑う。


「毎日、お姉ちゃんと一緒にいるの楽しい」


「……そっか」


「お姉ちゃんは?」


「私?」


「うん」


 ユイは少し考えた。


 そして。


「……楽しいよ」


「ほんと?」


「うん」


 シフォンは満面の笑みを浮かべた。


「よかった!」


 その声を聞いて。


 ユイも自然に笑った。


 その夜。


 ベッドの中。


 ユイはスマートフォンを見ていた。


 昼間に撮った写真を眺める。


 シフォン。


 笑っている。


 服を選んでいる。


 料理を食べている。


 ユイに笑いかけている。


 気づけば。


 写真フォルダの中にシフォンの写真が増えていた。


 大学の友達の写真より。


 高校時代の友達の写真より。


 ずっと多い。


「……」


 ユイは画面を消した。


 隣では、シフォンが眠っている。


「おやすみ」


 小さく呟く。


 返事はない。


 でも。


 その静けさは、以前とは違っていた。


 翌週。


 ユイはゼミの説明会で知り合ったトウマと、また話をするようになっていた。


 まだ、ただの先輩と後輩。


 ただ少し。


 ユイは、大学で彼と話す時間を楽しみにするようになっていた。


 そのことを。


 シフォンは、まだ知らなかった。

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