第29話:コーチ就任
モックを出てスマホを覗くと、メールの通知が届いていた。
送り主は事前に案内のあった葛城さんという方で『既にカフェに入っています』という一言だけが書かれている。
「よし。いくぞ」
カフェ入り口のテラス席を通り抜け、ガラス扉から店内を覗いてみると、四人掛けの席の横でこちらを見ている女性が立っていた。
若い女性に人気のカフェらしく、モックとは違ってオシャレでカジュアルな客層。そんな中でのピシッとしたスーツ姿は、一目で彼女を葛城さんだと察することができた。
「あれかな?」
「いらっしゃいませー、何名様ですか? えっ……!?」
「? 待ち合わせです、既に中に」
「あ、し、失礼しました」
なぜかギョッとしている店員さんにすみませんと片手を上げ、葛城さんらしき女性に視線を合わせながら奥へ進むと、向こうもこちらに気づいたのか軽い会釈をしてくれた。
「はじめまして、葛城と申します……えっ……!?」
「どうも、高蔵寺です……ん? どうかされましたか?」
キラリと光る眼鏡と、バシッと固められたお団子頭からくる第一印象はバリキャリウーマン。そんな葛城さんは俺を見た途端、先ほどの店員さんと同じようにギョッとした反応を見せた。
「いや服が……」
「あ……」
しまったー!!
今の俺、冬華さんのアイスコーヒーでYシャツに世界地図が描かれてんじゃん。
「ちょ、ちょっと先ほどトラブルがありまして……」
「?」
「あはは……あはー……」
「まぁ、とりあえずこちらを」
最悪だ、第一印象は最悪。
そんなアクシデントに気を取られていたのが良くなかったらしい。差し出された名刺を受け取り、会社名に目を通しても俺はすぐに気が付けなかった。
「あぁーヴァヴァーの方なんですね」
「はい」
ヴァヴァー株式会社。その記載の横に描かれている立体的な青い〝V〟のロゴが脳内の知識と紐づく。
「ん?……ヴァヴァー?!」
「どうかされましたか?」
「いやっ、あれ……たしかVtuberのイベント関係の人だと」
「はい。弊社はVtuberアイドルグループ 〝ヴァ―チャ学園〟を運営しております」
えええええええ!?!?
どういうことだ!?!?
てっきりポコライオンさんの知り合いが来ると思ってたら、ヴァヴァー本体の人が来たんだが。いや……その二つは矛盾しないけど……え?
「えっと。チケット? の件で合ってますよね?」
「はい。まぁどうぞお座りください」
「あ、はい……」
キョドりながらも着席した俺の目の前に、葛城さんは表情一つ変えずスッとカフェのメニュー表を差し出した。
「何か飲み物でも? お好きなものを頼んでください」
「あー……、ありがとうございます」
目の前にヴァヴァーの人がいるという状況で、正直頭の中は飲み物どころではなく。店員さんが置いていった水でも全く問題なかったのだが……Yシャツから仄かに漂う芳ばしい香りにあてられたのか、俺はアイスコーヒーの上に指を置いていた。
「じゃ、じゃあこれで」
「では私も同じものを、Vサイズで ────」
葛城さんは近くに居た店員さんにサラりと注文を伝えると、片手で眼鏡をクイッと上げてこちらに向き直った。
「さて、高蔵寺さん。早速ですが ────」
ヴヴヴとスマホのバイブレーションがなる。
「失礼、電話に出てもよろしいでしょうか?」
「あ、どうぞどうぞ」
「ありがとうございます ──── もしもし、もう既に……はい? もういい? 何が? え? ショートした!? は? なにを……ちょっ」
何かトラブルでもあったのだろうか? 一瞬険しい表情を見せた葛城さん。とはいえ電話が終わると何事もなかったかのようにビジネスフェイスへと戻っているあたり、大したことではなかったのかもしれない。
「全く……もう。し、失礼しました、気を取り直して……高蔵寺さん、お伝えした書類は全部お持ちでしょうか?」
「はい大丈夫です。履歴書と印鑑ですよね? どうぞ」
「──── 確かに」
葛城さんは履歴書に目を通すと、再度胸ポケットからスマホを取り出し二、三タップした。
「あのー本当にこれってヴァ―学の3rdアニバーサリーライブチケットを譲って頂けるというお話で合ってますよね?」
「こちらを」
軽くうなずきながら葛城さんがスマホをテーブル上へ滑らせる。みると画面にはQRコードが表示されていた。
「このコードを読み取れば3rdアニバーサリーライブのチケットが受け取れます」
「えっ」
「特別なものなので個人情報等の入力は不要です。当日、会場では他の方と同じように入り口でコードを翳せば入れます」
「あれ? いや、チケットを貰うには何か条件があると聞いたのですが」
そう、ポコライオンさんの話では副業の面接だと。
「はい、もちろんそちらについてはこれから話しますが……少しコンフィデンシャルな内容も含まれておりますので飲み物が来てからが良いかなと」
「な、なるほど」
想像していたよりも緊張感のある会話に、俺の表情が硬くなっていたのだろうか? 葛城さんは口元を少しだけ緩ませた。
「そんなに構えないでください。そうだ、送って頂いたヴァペックスの動画拝見しましたお上手なんですね」
「あ、っと、あれで大丈夫でしたでしょうか?」
「もちろんです。もしかしたら試験があるとお聞きかもしれませんが、先に言っておくと既に高蔵寺さんは合格です。これから話す内容に同意いただけるのでしたら是非とも一緒にヴァヴァーで仕事をして頂きたい」
「えっ!? ヴァヴァーで!?」
「はい。あっ飲み物来ましたね」
「お待たせしましたー、こちらアイスコーヒーのVサイズになります」
「私です」
「デカッ!?」
店員さんがおぼんに乗せていたグラスのサイズを見て俺は噴き出しかけた。通常サイズの三倍はあろうかというアイスコーヒー……ヴァヴァーの名前で混乱していた頭の中が全部もっていかれる。
そしてさらに驚いたのは、それを受け取るや否や、葛城さんはストローをポイっと抜き取り、豪快に喉へと流し込んだのである。それはまるで黒い滝を見ているようで……。
俺、初めてみたよ。
アイスコーヒーを一気飲みする人。
「ぷはっ。さて……本題といきましょうか」
「…………あ、はい」
何事も無かったかのように眼鏡をクイッと上げると、葛城さんは二枚の紙をスッとスマホの横へと滑らせた。A4サイズの紙にビッシリと書かれた文章、その一番上には秘密保持契約と雇用契約の文字が並んでいる。
「ひ、秘密保持契約……」
「そんなに怯えないでください、大した話ではありません。高蔵寺さんにはウチでバイトをしていただきたいのです。その内容を外部に漏らさないようにして頂ければ全く問題ございません」
「バイト、ですか」
「はい、弊社のアイドルにヴァペックスのコーチをお願いします」
「え……」
ヴァヴァーのアイドル、つまりヴァ―学のメンバーということ。
その皆に俺がヴァペックスのコーチを?!
「いったいどういうことですか? 全く流れが分からないんですが」
「もちろん全て説明します。まずですね ──── 」
それから葛城さんは、俺を雇うに至った流れを説明してくれた。
現在ヴァヴァーは多方からFPSのコーチを雇っており、メンバーにコーチをつけているらしい。有名なプロゲーマーを雇うと周りの目に触れてしまうため俺のような無名の一般ユーザー、特にランカーの人間に声をかけているとのことだった。
「・・・・・・」
夢のような話だった。
俺がヴァ―学のメンバーに?
ということは、もしかしてフューたんやつづりんとも話せたりして?
「ち、ちなみに教えるメンバーというのは誰になるのでしょうか?」
「全員です」
「はいっ!?」
また葛城さんは一枚の紙を滑らせた。
そこにはヴァ―学に所属する全五十二名のVtuberの顔が載っていた。もちろん、フューたん。つづりん、キア嬢まで全員だ。
「どなたかご存じのタレントがいますか?」
「は、はい。俺、八重樫フューの大ファンでし ──── ひっ!?」
興奮気味に身を乗り出した俺を、葛城さんの鋭い目が貫いた。
「先に釘を刺しておきますが、弊社タレントに手を出したら高蔵寺さん。貴方は社会的に〇にますのでお気をつけください」
「ふぁっ!?……そそそそ、そんなつもりは」
咄嗟に両手を挙げ、首を振らなければ今この瞬間にも俺の命は無かったかもしれない。この平和な日本社会でここまでの殺気を感じることがあるとは……恐るべしVtuberの世界。
「コーチングはヴィスコード上で行ってもらいます。当然、仕事以外の通話は禁止です」
葛城さんの指が契約書の上をトントンと叩く。
見ると『タレントとの私的接触を禁ず』という記載があった。
「も、もちろんです」
「………まぁいいでしょう。高蔵寺さん、RVカップというのを知っていますか?」
「あ、はい。配信者達のゲーム大会ですよね、元プロとかも出て来てかなりガチなやつ」
「はい、その大会に今度ヴァ―学も参加します。メンバーは今から三ヶ月後の時点で最も上手い三名にするつもりです。もしコーチを引き受けてくださるのであれば、人選は高蔵寺さんが決めることになるでしょう」
「えっ……まじですか」
「そして高蔵寺さん。あなにはヴァー学の大会優勝を目指してもらいます」
「え?」
えええええええええ!?
「正直こんな重大なプロジェクトにあなたのような一般人をコーチ役として置くのは反対の声も出ていますが……」
「あ、え、いや。そ、そうですよね。そんな、ねぇ? 流石に」
「ですが、私は期待していますよ? 高蔵寺 十理さん」
「おぉ……ぅ?」
「何せあなたには実績がありますからね、初心者をドミネーターに育て上げたという」
「ん? なんのこと……」
「あ、いえ。これは失礼、今のは気にしないでください」
実績? ドミネーター?
困惑する俺の前へ全ての書類が綺麗に並べられていく。
そして葛城さんはその他諸々、就業条件等の説明を続けた。
「── さて、話は以上です。あとは書類に押印頂き、このQRコードを高蔵寺さんが読み取れば契約は成立となります。コーチ、引き受けて下さいますか?」
「・・・・・・」
正直、断る理由は何一つ思い浮かばなかった。
ライブに行く目的はフューたんを応援するため。そして今俺の目の前にあるのはそれよりも圧倒的に彼女と接することができるような話で、ぶっちゃけライブどころの騒ぎではないというか……。
『あーしの一つの目標なんだけど、ヴァペの大会で優勝することなんだよね』
以前フューたんが配信で言っていたこと。目標へ向かう彼女に伴走できるのならばこんなにパシリスとして嬉しいことはない。
「是非やらせてください」
そんな想いが、ほとんど迷いなく首を縦に振らせた。
それに ────
書類の中、八重樫フューの横にいる詞ノ葉 つづりに目が留まる。
ジョン松に促され彼女の配信を見て以来、何かとつづりんを意識することが増えていて……もう言い訳できないレベルで俺は綴り手になってしまっていたのかもしれない。綴音さんとかいうバチクソに可愛い公式レイヤーさんの影響も多大にあっただろう。
ヴァペのコーチであればつづりんとも絡みがありそうだなぁ……なんて邪な気持ちが、最後の最後で俺の背中を押していた。
───
──
─
「ここと、ここと、ここで最後ですね。はい、ありがとうございます。では、高蔵寺 十理さん。ヴァヴァーの専属FPSコーチとしてこれからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして俺は、ヴァー学のFPSコーチとして働くことになったのだった。
◇◆
彼女いない歴=年齢。
魔法使いを目前に控えた男は恋をした。
それは二次元世界に突如訪れた〝架空の存在〟
アニメやゲーム調のキャラクター姿で活動し、歌やトークにゲーム等、主に配信サイトを通じてファンと交流することができるオタクの夢。
彼女ら・彼らのような存在を、世間は「Vtuber」と呼んだ。
これはそんなVtuberガチ恋勢の超鈍感男が、推しのゲームコーチとして彼女達をe-Sports界のトップアイドルへと導く物語。その序章である。




