第28話:届けこの想い……
おかしい……。
おかしい、おかしい。
おかしい、おかしい、おかしい。
何かがおかしい。
あれからしばらくたって二人はトイレから出てきたのだが、入る前と雰囲気が明らかに違う人がいる。
店内角のスペース。四人掛けのテーブル席にて、俺の前には一人しか……フューたんのレイヤーである冬華さんしか座っていなかった。
「えっと……席、そこでしたっけ?」
「えっ、あっ、ちょ、ちょっとエアコンの風が当たるので場所を変えようかなって」
そして何故か俺の真横には、椅子をぴったりとくっつけて座る綴音さんがいた。
まずもってそれが意味不明なのだが。対面に座る冬華さんの動きは更に謎で、あごをクイクイッと俺に向けながら小声で「いけっ、もっと寄れっ」といった指示を綴音さんに出している。
(ちょっと、さっきの威勢はどうしたん綴音)
(え、あ、い、いや……やっぱ実物を目の当たりにすると……)
(バッカモーン、そんなんじゃ負けるぞ?)
(そ、そうだよね、か、勝たなきゃ)
本人達はコソコソと話しているつもりなのだろうが、全部丸聞こえである。もういっそ普通に話してもらってかまわないというか……だって俺、全く内容を理解できてないもの。
負けるだの勝たなきゃだの、彼女達はいったい何と勝負をしているのだろう。
「よ、よしっ......」
何に納得したのか、綴音さんはぐっと両手で握りこぶしを作ると、こちらへと体を捻った。
見つめる上目遣いの瞳はすぐに左右へと逸れ、頬がじわりと紅潮してゆく。
目は合わない。でも確かに俺たちは見つめあっていた。
「………………」
な、な、ななな、なんなんだこの表情?! こんなの、アニメや漫画の乙女が告白する直前に見せる顔じゃ……!?
いったいトイレの中で何があった!?
考えろ考えろ考えろ考えろ。考えろ俺!!
「と、十理さん」
「はひっ!!」
不意を突かれ、しゃっくりのような声がでた。
「十理さんは普段、どういう方とヴァペをされてるんですか?」
「あ、え?」
「ソロじゃないっしょ? 誰かと一緒にやってるんじゃないの?」
「あー、友達ですね。だいたいいつも同じ友達とやってます」
ん? 至って普通の会話が始まった?
いや、二人が互いに目配せを行いながら頷いている。やはり何か変……え? なぜ急にシャドーボクシングを!? 冬華さん!?
「えっと……その友達というのは女性ですか?」
「も、居ますね。男女です」
「そ、そうですか。ち、ちなみにその女の方とは仲が良いんですか?」
アッパー、ジャブ、フック……き、気になる。
「はい? そうですね、悪くはないと思いますけど。なんでそんなことを?」
「あ、いえっ。なんというかその……」
「とーりん、その子のこと気になったりしないの?」
「えっ?」
右ストレートが飛んできた。
(ちょっ、冬華!? 早いっ!! ペース早いよ!?)
(いいから、攻めるよ)
早い? 攻める? まじでさっきから何を言ってるんだこの二人は? そんでもって、なんでそんなにガン見してくるの?
いやゴクリ……じゃなくて。 え?
〝気になる〟というのはどういう意味だろうか。ポコライオンさんについて気になること……あぁそういえば彼女が何の仕事してるのか気になったことがあったな。IT関係って言ってたけど具体的には何なんだろう。
「何の仕事をしてるかとかは気になりますね」
(………綴音コイツ一旦殴った方がいいかな?)
(ちょいちょいちょいちょい!!!!)
「!?」
今なんて!?
冬華さんから感じる殺意。
なんでそんなに睨まれてるの俺⁉︎ 怖すぎるんですけど……さっき転売ヤーと間違えた時より空気がヒリついてるじゃん。
(だから言ったでしょ? 色恋沙汰には超鈍感なんだって)
(いやいや。もはや異能の域っしょこれ、スーパーナチュラルかて)
「す、スーパーナチュラル?」
「チッ……」
えっ、舌打ち!?
「違うよとーりん...気になってるってのは、異性としてってこと」
「異性として? あー……えぇっ!?」
ポコライオンさんを異性として!?
考えたことも無かった……。彼女はゲーム仲間であり戦友であり親友……。それをいきなり女性としてどうなのかと問われても……。
てか、なんで二人はそんなことを?
ポテトを向ける冬華さんの視線はあいも変わらず鋭いまま……。綴音さんもソワソワしており、ドリンクのストローを咥えているが飲んではない。横目で俺をチラリと確認しながら……じっと答えを待っている。
謎のプレッシャーがあった。まるでこの応答に世界の命運でもかかってるんじゃないかという緊張感がテーブルを包む。
「えっと……?」
もう全てが意味不明。
いやでも、まず俺が考えるべきは質問の回答か。
ポコライオンさんと気が合うのは確か。細かな気配りもしてくれるし、普段一緒にゲームをしていて居心地はとても良い。何事にも全力な彼女は素敵だし、性格もめちゃくちゃ聖人……それに声も可愛い……最近分かったが趣味も同じだ。
あ、あれ? ポコライオンさんってもしかして凄く魅力的な女性なのでは?
いかんいかん、変なことを考えるな。俺にはフューたんがいるだろう。他の女性を気にしている場合ではない。
それに……。
「いや、まだ会ったことないですからね、顔も見たことないし」
「じゃあその子がめちゃくちゃ美人だとしたらどう? 綴音みたいに」
「ちょっ」
「綴音さんですか!? それは……」
隣を覗き見る。
彼女は深く俯いており、目にかかった前髪で表情は読み取れない。美人と言われて恥ずかしかったのか耳まで真っ赤にした綴音さんは、ちゅーっとドリンクを飲んでいた。
可愛いぃ ────
っじゃない!!
くっ……。こんなことは初めてだ。
俺の頭の中のフューたんが霞み始めている。
もしポコライオンさんの見た目が綴音さんなのだとしたら、俺はこんなに可愛い女の子と毎日ゲームをしていたということに……。そ、そんなの……全オタクの夢じゃ……。
「まぁそれは流石にちょっと揺らぐというか。正直、好きピさんが羨ま……あ」
「ん?」「へ?」
……分かった。謎が解けた。
うわっ、馬鹿だ俺。
はずいはずいはずい。
そういうことか。
そもそもこの会話はなんで始まった? 綴音さんの彼ピッピGETのためだ。そして綴音さんと好きピの関係はゲーム仲間。俺とポコライオンさんも同じである。
つまりこれは俺を擬似的に好きピに見立て、ポコライオンさんを綴音さんに見立てたシミュレーションなのだ。
鈍感な好きピが何を考えているか分からないから、俺の気持ちを参考に対策を練っているのだ……それにさっきから勝負だの、勝ち負けだの……きっと彼女は今日、告白をするに違いない。
あー、マジで勘違いするとこだった。
「…………」
であればだ、ここは決戦に挑む綴音さんを勇気づけるために少し大袈裟に肯定した方が良いか。ちょっと俺も恥ずかしいが……彼女のために一肌脱ごう。
「いや、どうかなー、一緒にゲームしてた女の子が綴音さんみたいに可愛かったらめっちゃ意識しちゃうかもなー」
「うぇ!?」
「ひゃいっ!?」
(えっ何!? 急に攻めてきた!?)
(あわわわああわわあわ)
どうだ? お、考えてるな。
大丈夫ですよ綴音さん、自信もっていきましょう。
「なんて、まぁあまり無責任なことは言えないですが……俺は応援してますよ? 綴音さんのこと。好きピさんへの告白頑張ってくださいね」
(こ、コイツ……本物……)
(……………………………)
「本物?」
「あ、いや……」
何故だか冬華さんは頬から汗を垂らし、ポカンと口を開けていた。
綴音さんも、深く俯き……表情は分からないがプルプルと震えている。
「ぷっ……くっ……ふふっ……」
「綴音?」
「ふふっ。本当、とり蔵さんは困った人ですね。もうっ……感情がジェットコースターに乗ってるみたい」
顔を上げた綴音さんの目じりは僅かに涙で滲んでおり、彼女は人差し指でそれをすっと拭った。
そして向けられたのは、今までとは違い覚悟の決まったような笑顔で……。目と目が合う。だが今回、彼女はその視線を逸らさなかった。
「応援ありがとうございます」
「あ、いや。それくらい」
「じゃぁ……今からしちゃおうかな」
「え?」
「告白。成功すると思いますか? 十理さんは」
その問いに、何故か心臓が跳ねた。
「あ、いや……」
そんなわけないのに、まるで俺が告白されるかのような。
彼女の真剣な眼差しで頭が真っ白になっていく。
「いや? 失敗するってことですか?」
「ちがっ、俺はこういうのあんまり分かんなくて」
「ふふっ、知ってます」
「え、知って……」
彼女がフッと顔を伏せる。
「最初は、一緒にゲームができるだけで嬉しかったんです……。でもいつの間にかそれだけじゃ物足りなくなって……」
「つ、綴音さん?」
「私は……ずっと……」
「えっ、いや、えっ!?」
再び上げられた彼女の顔。
その唇はキュッと結ばれ、瞳が震えている。
ゴクリと動いた喉。
俺と綴音さんは互いに固唾を飲んだ。
「すぅ ──── 」
小さく開いた口から息を吸い、彼女の胸が少しだけ膨んだその瞬間。
ピピピピピピピピピピ
「へっ?」「うぉ!?」「ちょ!?」
突如スマホのアラーム音が鳴り響いた。
「やべっ時間だ」
「あ、もうそんな時間……」
(あちゃー……もうちょっとだったのに)
慌てて手に取ったスマホの画面には〝面接〟とかかれた通知が浮かび上がっていた。
「す、すいません。俺実はこの後予定が入ってて……」
場の緊張をかき消すようにと大げさな動きで身なりを整える。
「そ、そうですよね」
「か、片付けよっか」
皆どこかぎこちない動き……。かく言う俺もバクバクと高鳴る鼓動がまったく収まっていなかった。直前まで向けられていた綴音さんの顔が、脳内で鮮明に蘇る。
今のはもう……ち、違う違う違う、あれは練習だろ。これから好きピに告白するんだからその練習だって。モックで告白なんてする女の子がいるわけないじゃん。
「・・・・・・」
自然と彼女の顔を目で追ってしまう。
(どうする綴音。プランB?)
(う、うん。もとより長期戦は覚悟してる。練習にはなったし)
ほ、ほらプランだとか練習だとか言ってる。
ふぅー……き、緊張したぁ。
「じゃ、じゃあ俺はこれで……なんか中途半端になっちゃってごめんなさい」
「い、いえ、(私は十分満足というか……過剰摂取というか……か、顔が見れただけでもお釣りが……)全然、むしろありがとうございました」
「本当、サンキューね。あーしの無茶ぶりに応えてくれて」
ありがとうか……。
俺は大したことはしていない、というよりも逆に俺の方が……。
「いや、俺も……ありがとうございました」
「ん? あーしらは別に何も」
二人と会話していて気付かされたこと ──── ポコライオンさん。
この一年、俺の横にはずっと彼女がいてくれた。ランカーになった時も、ライブのチケットも、毎日の通話が俺に取って憩いの場所で……。彼女が居なかったら俺は……。
ちゃんと顔見て言わないとだよな。
「えっと、実は俺もゲーム仲間の女の子に伝えたいことがあって食事に誘おうと思ってたんですけど……なかなか勇気でなかったんですよね。オタクだし……陰キャなんかの俺がって……でも、今日、告白しようとしてる綴音さんを見てたら決心できたというか」
「ん? なんか流れが……」
「へっ? ちょっ?ふぇっ?」
「俺も伝えてみようと思います、この想い」
「えええええええええ!?!?」
「──────ッ!?!?」
(だ、だだ大逆転きちゃ!?!? こ、これはプランC? ば、バラす? 綴音がポコ ──── ふがっ)
(わー!!!! だめだめだめ!!!! ちょっと一旦中止!!!! 作戦中止!!!! い、異常事態発生だよこれは……つ、伝える!? 想い!? そ、それってとり蔵さんも……ボフッ)
ん? まぁいいか。
なにやら盛り上がり始めた二人に軽く一礼をして、俺は店を後にした。
俺の想い……。
そう、俺はポコライオンさんにチケットのお礼をまだしていない。ちゃんと会って伝えないとだよな……《《日頃の感謝》》を。ついでにジョン松も呼んでみるか? まぁ九州からは来れないかもしれないけど。
いやぁ、それにしてもまさか公式のレイヤーさんに会えるなんてなぁ……今度二人にも自慢しよう。めちゃくちゃ可愛かったぞって。
(ちょ、ちょっと綴音!? あ、ショートした……綴音ぇえええ!!!!)
彼女達との出会いは夢のようで……まだ頭の中は名残惜しいのか、通りの喧騒に紛れて冬華さんの叫び声が聞こえた気がした。




