第18話:絶対絶命
転がる敵の死体を囲うように立ち並ぶ三人のキャラクター達。
現在、フューたんとつづりんは軽い作戦会議を始めていた。
〔あとはタワーに降りた敵ですね〕
〔どうしよっか? 突っ込む?〕
〔うーん、一旦漁りましょうか。まだ万端ではないですし〕
〔おっけー☆ じゃあ雑談タイムだー☆〕
「ふぅ……」
床を見ながらとぼとぼと歩き始めたフューたんの背中を自然と追ってしまうこの右手は、なかなか本能に素直である。
まぁこんな機会は一生に一度あるかも分からないのだ、彼女の一挙手一投足は目に焼き付けなければならんだろう。
こちらは付近を漁り準備は万端……二人の会話に全集中可能だ、ぬかりはない。
〔せっかくのコラボ配信だしパシリスの皆、つづりんに聞きたいこととかある? もちろん綴り手さんから、あーしに聞きたいことでもおけだよ〕
:つづりんは普段どういう配信しているの
:つづりんの最近のハマってるものとか
:シャンプー何使ってる?
:フューたんも肘のやつやってほしい
:いつものソムリエおるw
〔おっ☆ 色々きたぞー……ん? この肘のやつってなんだろう〕
〔あー、なんか私もこの間やらされましたね、それ〕
〔へぇ、なになに? なにするの?〕
「肘のやつ、ってあれか。やっぱどこにでも湧くんだなぁセクハラリスナーって」
全く…………。
………………。
呆れや侮蔑といった感情が「はぁ〜」とため息になり身体から出ていくと、そこには全く別の何か……ピンク色をした如何わしい感情が残っていた。
喉が無意識に生唾を飲む。
人間とは知的好奇心に勝てない生き物なのかもしれない……無論、中の人への極度な関心は避けるべきだという信念はある……あるのだが……今の俺の気持ちは ────
〝知らないことは知りたい〟
はい、これは知的で哲学的に飾った表現。そして全ての見栄やプライドを脱ぎ捨てると ────
〝好きな子の胸のサイズって気になるよね〟
こうなる。
「すまん、ジョン松。お前の気持ちが少し分かったかもしれん、男は皆アホだった」
〔なんかこう、身体の前で右肘と左肘がくっつくかってテストらしいですよ〕
〔へぇ、こんな感じ? ん?……んー!……んっー!! これ無理じゃね?〕
ポヨンっと黒タイの跳ねる二つのたわわが次元の壁を越えた瞬間だった。
「解釈一致です。本当にありがとうございました」
ディスプレイに向かって一礼。
〔私も付かなかったんですけど、なんなんでしょうねこれ〕
〔あれじゃない? 人間の身体の構造上、絶対できないことみたいなやつ〕
〔なるほど、肘と顎は付かないとかが有名なあれですか〕
〔それそれ、全人類できないんだよきっと〕
:ちょっとこの会話エッジ鋭すぎない?
:誰か教えてやれよ
:女性リスナーがブチギレてそう……
:持たざる者の叫びが聞こえる
〔じゃ、次の質問ー……ってみてみて、補給物資落ちてきたよ☆〕
〔おぉラッキーですね〕
「へぇ、俺らの真上か。本当ツイてるな」
二人の声を聞き空を見上げると、薄く雲がかった青色の中にポツンと黒い粒が一つ。それはだんだんと大きくなっていき、ヒラヒラとしたパラシュートの輪郭を認識できるサイズとなった。
パラシュートの先に結び付けられている派手なオレンジ色のコンテナ。これは一定時間でランダムな場所に落ちてくる支援物資で、中には非常に強力な武器が入っていることが多い。
〔フューさんどうぞ取っちゃってください〕
〔あざす☆ さてさて何が入ってるかな……わっ激アツ! クレーヴァーげっと〕
「まじか、一桁パーセントとかじゃなかったっけ」
どうやら、そんな強力な武器の中でも一線を画す存在が出たらしい。ヘッドショットさえ決めればどんな相手もワンパン可能な作中最強のスナイパーライフル……クレーヴァー。かなり出現率の低い武器なのだが、そこは流石のフューたんである、幸運の女神とはやはり彼女のことを言うのだろう。
〔あとは、金シールドもあるね。つづりんと、とり蔵さんも取っちゃってよ〕
〔これで一気に装備は整いましたね〕
〔どうする? タワーの方カチこむ?〕
「……安置も外れたし無理に突っ込まなくてもいいな。ガチでウィナー捕りに行くなら敵が降りてなかった南ルートか」
〔安置出ちゃったので一旦移動しましょうか。南に行きましょう〕
〔おけまる水産☆〕
「おぉ、やっぱりつづりんとは噛み合うな。やりやすい」
会話せずとも阿吽の呼吸でコミュニケーションが取れるこの感じ……ジョン松やポコライオンさんに似た雰囲気がつづりんにはあった。
ドミネーターともなると皆、思考も似てくるということだろうか? 走りながら小刻みに左右へ首を振る仕草にポコライオンさんの影を覚えながら、俺は二人の背中を追った。
───
──
─
〔さて、そろそろ接敵するかも〕
〔りょ☆ うぇ、ここ建物多くて戦い辛いんだよねー〕
〔ちょっと私があの丘に登って街中の索敵してきますね〕
〔ほーい。じゃあとり蔵さんはあーしとここで待機しとこー〕
小規模な市街地を望む開けた丘を登っていくつづりんを見送り、街はずれの掘っ建て小屋に入ったフューたんと俺。
物資は十分……索敵はつづりんがやってくれているのであれば、俺とフューたんは特にすることがない……つまり……。
「フューたんと二人っきり……」
〔えっ何。とり蔵さん、めっちゃあーしのこと見つめてくるじゃん〕
「やべ、バレた。エモートで誤魔化せ!!」
〔フューさん‼︎ 気を抜かないでちゃんと警戒はしておいてくださいよ?〕
〔分かってるよー☆ あははっ何とり蔵さんその動き、ウケる〕
名前を呼んでくれて……リアクションまでしてくれる……そんな推しとのコミュニケーションは、恋愛経験のないオタクには劇薬すぎたようで……。俺はつい舞い上がってしまい、周りも、配信も気にせず持っているエモートを順番に披露していた。
一礼、からのリンボーダンス、からの戦隊ヒーローモノの決めポーズ……ここでさりげなく投げキッスなんかも混ぜたりなんかして、きゃー俺って大胆……。
〔すごーい、そんなのもあるんだ。えっ☆ とり蔵さんそれはちょっとマズイって、あははっ〕
〔き、気になる……〕
そして普段使わないようなキーまで押しはじめた時、事件は起こった。
「ふっふっふ、これはランカーしか持ってないエモートで……えーっと、あとは……これとか……あれ、こっちだっけ? あんまりやらないから忘れたな、これとこれの同時押しだったか?」
──── デン!
「は!? ちょっ、えっ、何!?」
小指やら薬指やらを不可解な方向に曲げつつ、ファンクションキーを右手人差し指が押し込んだ瞬間、モニターがブラックアウトしたのだ。
直後、青く光った画面に表示された文字に血の気が引いていく。
《PCを再起動しています》
「はい!? えっ!? 俺、何押したいま!? えっ!? やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい」
やばいどころの話ではない。
フューたんとつづりん……ヴァ―学の二大アイドルと一緒にヴァペができるなんて今後一生起こるかも分からない奇跡的イベントの最中なのに、何を考えているんだこのPCは!?
もう五年も連れ添った仲、たとえそれがオーナーである俺の操作ミスだとしても、再起動を実行する前に「本当に大丈夫ですか?」くらいの確認をする気概は見せろ ────
「な、なんて馬鹿なこと考えてる場合じゃない!! 急いで再起動してくれ!!」
一応はハイエンドPC……だが再起動してヴァペに入り直すまで凡そ二、三分はかかる……。頼むから何も起こらないでくれと手を合わせ、モニターに祈りを捧げるように伏せた視線が、デスク上のスマホを捉えた。
「そうだ!! 配信!! スマホからフューたんの配信を視聴すれば状況確認ができるはず……」
〔あれー、とり蔵さん動かなくなっちゃったぞ〕
〔って落ちてますよ、それ。名前の横に切断マーク出てます〕
〔あ、本当だ。回線不調かな? でもタイミング良かったね待機中で〕
〔帰ってこれるとよいのですが……〕
「ふぅ。よかった、まだ状況は変わってないか」
フューたんの配信画面には、直立不動で動かない案山子のようなロボットが映っていた。
〔一旦私も戻りますね、とり蔵さん戻るまで固まってたほうが良さそうだし……っっ‼︎〕
〔大丈夫!? つづりん〕
〔接敵しました。くっ三人いる……。耐えてみますがちょっと厳しいかも……すいません油断しちゃった〕
〔おけ、ヘルプいく!! ……ってやば!! こっちも別パ来た。とり蔵さんは……まだ戻ってこないよ、大ピンーチ!!〕
〔フューさん、敵のヘイト引いて離れられますか? とり蔵さんを生存させられればワンチャンあります〕
〔えっ……と、分かった‼︎ やってみる‼︎〕
「まずい。これはまずい」
索敵に出ていたつづりんは離れた丘の上で三対一。フューたんは別の三人を引き連れ市街地へと入った。数的不利を抱えた状態の二人がやられるまでもはや時間の問題だ。
「頼む、急いで立ち上がれ!! ──── きた!!」
──── ピンッっと音を立て、暗転した画面が光を点す。
〔あっ!! とり蔵さん戻ってきたよっ〕
〔よかった……〕
すでに状況はフューたんの配信で掴んでいる。互いに位置が離れているし、助けられるとしたらどちらか一人だが……。
〔助けてください、とり蔵さん〕
〔助けてっ、とり蔵さん〕
「えっ……と」
フューたんか、つづりんか。
突きつけられたのは、究極の二択だった。




