第19話:神の領域
画面右端のフューたん。
その逆、左端のつづりん。
二人が向ける空色と翠色の瞳は、今現在この配信を見ている十三万人の視聴者の中からただ一人、俺だけを見つめているような気がした。
〔とり蔵さん、助けてください!!〕
〔とり蔵さん、助けて!!〕
一言一句が被るほどに同タイミングで飛んで来た救援要請を受け、俺が動き出すまで恐らく三秒もかからなかったと思う。だがその三秒はあまりにも……それこそ世界の時間が止まってしまったかのように長く感じられた。
距離、フューたんの方が近い。猶予、つづりんはもう時間の問題か。カバー成功率、市街地のフューたんの方が可能性はある。一位を取るには……つづりんの方がランクは高いが。配信映え、フューたんだよな。
いや……、でも……、あれが……。と、静止した時間の中で脳内を駆け巡っていく雑念達。
「でぇええい、何を迷ってる俺。お前の推しは誰だよ!!」
それらを払い落すようにパンっと両手で自分の頬を叩くと、俺は力強くキーボードを押し込み、キャラクターを市街地へ向けて走り出させた。
:おっ、こっち来たぞランカー
:まぁパシリスだしそうだろ
:でも綴り手とも言ってたぞ
:流石にこれは苦渋の選択
:俺ならつづりん助けたけどな
〔あ、ありがと。とり蔵さん〕
〔……っ〕
自分は感情で動いた。
最初は俺も……俺自身でもそう思った。
「いや、あるな……、むしろこれしかない」
だがグチャグチャになっていたように思えた脳内はたった一つだけ、コンマ数パーセントの期待値で二人を助ける算段を導き出していたようだ。
限りなく薄い可能性……そんな蜘蛛の糸に手を伸ばすかの如く、市街地のビルへと張られるジップラインにキャラを投げだす。
「ふぅ。極限状態の方が逆に冴えるのはなんでだろうな」
〔とり蔵さん。敵、ピンの方向にいると思う。あーしは建物内だから見えないけど〕
「ナイスピン、フューたん」
ピコンッと点った黄色いピンの近くには、三つの黒い点が固まっていた。
その目視確認から刹那、思考を飛ばし、判断を飛ばし、行動を起こせと動いた指先に迷いはなく、すぐさま自キャラをワイヤーから切り離す。
狙いは上空からの急襲……天地がぐるりと反転する自由落下を繊細なキー操作で制御し、空中で構えたライフルから指切り六発 ──── 重力の後押しを受けたその超速の弾丸は、敵の頭頂部へと突き刺さった。
「まず一人」
盗賊のようなキャラクターを覆う半透明のシールドがパリンと割れ、そのまま敵がダウンする。
「次……くっ、反応いいな」
息つく暇などなく、着地と同時に残り二人はすぐさま応戦してきた。薙ぐように残弾をばら撒くが倒すまでには至らない。
リロードの余裕も ──── ない。
咄嗟に俺は近くの箱へと滑り込んだ。
「ふぅ」
身体を出せば一瞬でハチの巣になる距離、敵に詰めさせないようにと威嚇射撃を行うだけで精一杯なのだが……。
〔くっ……きっつ……〕
〔つづりん頑張って耐えて!! あーしはとり蔵さんのカバーに……ってまじこの建物複雑すぎ!! あーもうっ、どうやって行くんそこ!? 上?下?〕
「これ以上時間はかけられん、無理してでも決めるぞ」
顔を出すフェイント、から逆への飛び出し、次はタイミングをずらす……。遮蔽物が一枚でもあればそう簡単にやられることはない。
「死ななきゃ多少もらっても……あとは敵のリロードタイミングを待って、ここだっ!! よしっ、ラスト……」
ハードピーク気味に二人目を倒し、最後の一人へとエイムを合わせる……が、既に俺のキャラは全身飛び出してしまっている。ダウンこそしていないものの、もはや虫の息……この状況で互いに正面からの撃ち合いは負け確だった。
だが。
「フューたんはいつもこういう場面で使ってくれるんだよなぁ」
ドゴォン!!
雷光一閃 - 轟く雷鳴と共に画面の中を走るギザギザの青い光。
〔ごめーん☆遅れた、アルト使っちゃったけど、ここしかないっしょ?〕
「完璧。ナイスアルティメット、フューたん」
シュウゥゥゥゥゥという排熱音を立て、鋼鉄製の義手と義足から煙を上げる女の子の背中がそこにはあった。
正面に居た敵は既に倒れており、サイボーグ女子高生の背面越しに繰り出された「親指を立てる」のエモートが戦いの勝利を告げる。
半径25m以内を領域とするオブジェクトを無視した超高速移動……。
「あれを制御できるってやっぱすげーなフューたんの動体視力」
:神アルトきたあああああ
:フューたんカッコよすぎ
:キャラコンだけは神の領域なんよな
:でも、もうつづりんは……
〔つづりんは……まだ生きて……るね!! よしっ!!〕
〔はい、でももう無理かもです〕
体力はミリ残った。
つづりんもギリ生きている。
「あとは頼む、フューたん気付いてくれ」
倒した敵を漁るでもなく、回復も、索敵もせずただ一つ、俺は一縷の望みをかけてフューたんへエモートを飛ばした。
──── ビッ。
〔つづりんのヘルプに……でもこっからじゃ間に合わな────って何してんのとり蔵さん〕
「頼む。ボイチャもチャットも禁止なんだ、これしかない」
〔そのエモート……〕
俺は、フューたんの背中にあるクレーヴァー……作中最強のスナイパーライフルを指さし続けた。
:フューたん多分SRくれっていってる
:コイツもしかして
:フューたんスナあげて
:まじかよ、やる気か!?
:いやいや、無理だろ
〔フューさん、スナライ! とり蔵さんに渡してください!〕
〔あ、これ欲しいの? ほいっ、どぞどぞ〕
「きたっ!! さんきゅーフューたん!!」
俺はフューたんからスナイパーライフルを受け取ると、即座へ建物の屋上へと飛び上がった。
「あそこか……」
視線の遥か先にある高台、一つの大きな岩で射線を切るようにしてつづりんは三人と撃ち合っていた。倍率十五倍のスコープでもゴマ粒程度にしか見えていない状況 ────
「ふぅー。外したら終わりだぞ、集中しろ。……相手さん、バラけずに一丸となって行動してるな、慎重派か?」
たとえボイチャで繋がって集団行動していたとしてもラグはある。完全な同タイミングでの詰めは不可能なはずだ……三人ならばさらにコンマ数秒のズレは生まれるだろう。
いける、順番に三発全てヘッドに当てればつづりんを救える。
〔とり蔵さん、ピンの位置、北側に全員回りました〕
「ナイス情報、つづりん」
マップを脳内で展開……キャラクターのパラメータとシステムデータを落とし込め。
:絶対無理、人間技じゃない
:見えてないじゃん
:これはランカーでも流石に
:600mくらいあるか?
:いやいけるさ、なぁ相棒
「すぅー………」
〝演算開始〟
脳内に創り出したもう一つのヴァペックス。そこでは全てのオブジェクトがポリゴン状に表示され、肉眼では見えない領域すら予測データとして表示されていた。
岩の奥、傾斜は15度。オブジェクトは中型の岩が4つと地形の凹凸が少々。詰めのパターンとしては……43通りくらいか? いや、念の為256通り走らせろ……オーケー。一番可能性の高いルート……MAXの速度で岩の右側から敵が顔を出すとしたら……3秒後だな。
距離は623m、クレーヴァーなら着弾まで0.12秒。そして俺の反射神経……認知・判断・動作まで0.4秒。
あとはその0.52秒後の世界にエイムを置けば ────
スチャッ
〔来ましたっ〕
「外しようがない」
バァン
発射された一発の弾丸は、レーザーのように真っ直ぐな軌跡を描き、岩から横っ飛びで出てきた敵の頭を貫いた。
カシャコン
耳をつんざくような馬鹿でかい音と共に跳ねた銃身を抑え、薬莢を排出する。
〔やばっ……次がっ〕
「大丈夫、必ず助ける」
バァン
全くの同じ動きで飛び出した二人目も、空中で糸の切れた操り人形のように地へ落ちた。
〔さっすが、とり蔵さん〕
〔……すっご……神じゃん……カッコよ〕
:うぉ!? ヤバすぎ
:チートじゃね!?
:こ、これは惚れる
:バケモンだろコイツ
:ふっ、これがとり蔵よ
「問題は最後……やっかいだな」
残った敵は今の狙撃でこちらの射線を把握したのか、丘陵で体を隠していた。
ぴょこぴょこと様子見で頭は出ているが……一瞬しか顔を出さない相手を抜けるほどフリック射撃は得意ではない。
「ジョン松なら、当てるかねぇ……これ」
ある種の膠着状態。なにかきっかけを作らないと互いに動けなかった。
とはいえ俺にはどうしようも……ん?
〔とり蔵さん。アレ、お願いします、私は右に〕
「アレ? ……ってなんだ?」
口から出た疑問とは裏腹に、頭の中には一つだけ思い当たる行動があった。
ジョン松やポコライオンさんと一緒にプレイしている際、こういう膠着状態になった場合に俺がよく取る行動……。なぜそれが思い浮かんだかは分からない、もしかするとつづりんの声がポコライオンさんに似ていたからだろうか? だが……。
〔いきますよ、3、2、1〕
バァン
つづりんのコールに合わせ、無意識に手が動いていた。
〔外した!?〕
:あ、外した
:まぁこいつも人間か
:ランカーもこんなもんよ
:さっきのはまぐれかも
:いや、完璧だ
放った三発目は敵の頭ではなく岩に着弾。
そしてその瞬間、敵が飛び出した。
〔ナイスです、とり蔵さん! えいっ!〕
:うぉおおおつづりん!!
:おぉおおお1v1勝った
:流石ヴァー学トッププレイヤー
:やっぱつづりんよ
〔つづりんもすごっ! ナイスぅー!〕
「…………まじか、今の狙って?」
確かに俺は外した。だがワザとだ。
後の先。相手が上手いプレイヤーだと感じた場合、空撃ちし、指を切ったと見せかけ攻めに転じた瞬間の敵を味方に叩いてもらう。俺がよく使う心理戦なのだが……。
「まじでポコライオンさんみたいだなつづりんって」
スコープに映るライオンの凱旋に、俺はゲーム仲間の女の子の姿を重ねるのだった。




