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「自分を磨け」と言ったのはあなたです  作者: 伊賀海栗


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第31話 何も響かない言葉


 ジュスト様が布をひらくと、兵士たちがそれを覗き込んでそれぞれに眉をひそめました。


 布にはなんらかの魔法術式らしきものが細かい文字でギッチリと記述され、その真ん中にブルネットの髪がひと房。確かにこれは私の髪です。


 呪術は対価を用意することで自分の魔力、つまり実力を越えた強大な力を扱うことができます。生物の身体の一部または全部、というのは呪術においてコスパが最も優れていると聞いたことが。


 お兄様が苛立たしげに大きな溜め息をひとつこぼしました。


「こりゃあ、オリーが暴漢に襲われたときの髪か。……術者は?」

「呪術の気配を感じ取った時点で、すでに捜索させています。術者を叩くのが早いですから。……ですが、竜が騒がしい。あちらで見つかったのかもしれません」


 確かに、森の奥の上空では竜が飛び回ってギャーギャーと騒いでいます。

 これで一件落着となればいいのですが。


「ジュストはゲストへの説明もあるだろうから、いったんオリーを連れて――」


 言いかけたお兄様とジュスト様が同時に勢い良く背後を振り返りました。


 私も釣られるように視線を追うと、木陰で何かが動いています。動くというか、生き物が走り出した気配。


 弾かれたようにお兄様がそれを追いかけ、私はジュスト様によって抱き上げられました。


「え、ちょ、歩けます!」

「腰が抜けているのでは?」

「それは、まぁ」


 思わず歩けると言ってしまったけど、腰が抜けていたのは確か。反抗するのは諦めて、素直に従っておきましょう。


 それよりお兄様です。ひとりで行ってしまったけど、大丈夫なのでしょうか。また魔物だったらどうしよう。……いえ、魔物が相手であるほうが大丈夫かも。魔物オタクは弱点まで知り尽くしていますからね。


 むしろ、呪術を扱う人間を相手にするほうが苦戦するんじゃないかしら。


 私の不安を見透かしたように、ジュスト様が僅かに口角を上げました。


「アンドレアのほうは問題ありません。相手は素人ですから」

「素人……?」


 人間であることは間違いなさそうですが。素人って、どういう意味でしょう。


 頭を捻るうちに森を抜けて広場へ戻り、私たちは狩猟参加者たちに拍手で迎えられました。魔物との激闘の結果については兵士によってすでに知らされていたようです。


 ジュスト様の腕から降りると、どうにか立つことはできました。ジュスト様は私を支えつつも、陛下へ子細を報告をし始めたのですが――。


「オリエッタを狙った理由は?」


 ひと通りの報告を受け、陛下が最初に言ったのがそれです。


 呪術の対価に私の髪を使ったからでは? と首を傾げていると、そこへお兄様が戻って来ました。たった今捕縛したのだと思われる男性を足元に転がします。


「僕は! 僕はオリエッタを助けに来ただけだぞ! なぜ捕らえられなきゃいけないんだ!」

「……ティーノ様?」


 少々髪が乱れ、疲れたお顔をしていますが、間違いなくティーノ・ミラベラ様です。いえ、もうミラベラは名乗れないんでしたっけ。


「直答を許す。助けるとはどういう意味か」

「お聞きください、陛下! 僕は魔物にかけられた呪術を解くことができるのです。オリエッタを狙う悪逆の徒から愛するオリエッタを守るのは婚約者として当然のこと!」

「余はおまえに呪術の才があると聞いたことはない。術者へ干渉せず解呪するのは高度な技術が必要だ。そうだな、ジュスト?」


 陛下から水を向けられたジュスト様は大真面目な顔で頷きました。


「無論です。たとえば先ほどの魔物、あらゆる条件が整っていても俺は解呪に5分は要するでしょう」

「ふむ。筆頭魔術師で5分だ。ティーノ、おまえならいかほどか」


 ここにいる全員が、すでにティーノ様の言葉を信じてはいません。

 けれどティーノ様ご本人だけがそうと気付かず意気揚々と口を開くのです。


「即刻です! 僕ならオリエッタをすぐ助けられるはずでした。ここへ来るのに手間取ったばかりに……!」

「筆頭魔術師より呪術に明るいと申すか。真実なら王国魔術師団での受け入れも考えたいが、さて。そもそも、なぜここにいる?」

「なぜ、ですか。僕はオリエッタの婚約者です。彼女のそばにいるのは当然のこと」

「その婚約はとうに解消されておるが」


 人形の首みたいにぐるんと頭を回して、ティーノ様がこちらへ視線を移しました。見慣れたはずの青い瞳はどこか薄暗く、私を見ているようで見ていない、不思議な感覚に陥ります。


「僕は婚約者に土いじりなどさせない」

「私はもうあなたの婚約者ではありませんわ」

「僕がちゃんと幸せにしてやる。いつまでも意地を張っていないで戻ってこい。今すぐ戻れば許してやろうじゃないか。流行りのドレスだって作らせてやるから」


 腕を縛る縄をほどこうと全身で抵抗する様子も、意味がまるでわからない言葉も、何も映さない瞳も、すべてが私に恐れを感じさせます。


 ジュスト様が私を庇うように一歩前へ出ました。


「婚約が解消され、貴殿とオリエッタ嬢はすでに赤の他人だと言ったはずです」

「お前の方が無関係だろう、僕とオリエッタのことに口を出すな、僕のオリエッタから離れろ! オリエッタ、なぜこっちに来ない? 早くこの縄をほどけよ。今までのように僕の言うことを聞いて――」

「聞きました。自分磨きしろと言ったのはあなたです、ティーノ様。あなたの言う通りに磨いたからこそ、あなたのそばにはいられない、いたくないのです」


 は? と、掠れた声が聞こえた気がしました。


 今さら「愛するオリエッタ」も何もありません。意味を理解していただけるまで、何度でも言ってやります。自分磨きしろと言ったのはあなたなのです。




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