表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倉庫ごと異世界転移したので、何でも屋を始めます  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/152

踏み出さないという選択

その報告を聞いたのは、夕方だった。


かおりは倉庫で紙類の整理をしていた。

古紙回収品を種類ごとに分け、簡単な札を付けていく。単調な作業だが、頭を空にするにはちょうどいい。


「……かおり」


声をかけられて振り向くと、そこに立っていたのはリーナだった。

いつものように背筋は伸びているが、表情は少しだけ硬い。


「使者が来たわ」


「……そう」


それだけで、十分だった。

いずれ来ると思っていた。

むしろ、思ったより早かったくらいだ。


「噂になっているそうよ。この領地」


「でしょうね」


否定する理由はない。生活が安定すれば、人は集まり、言葉は外へ流れる。


「遊戯盤も、調味料も“面白い”“便利だ”と」


リーナは、そこで一度言葉を切った。


「だから、線を引いたわ。外には、広げない」



しばらく、沈黙が落ちた。


かおりは、棚に戻しかけていた紙束をそっと置いた。そして、ゆっくりと息を吐く。


「……正しいと思う」


その答えに、リーナはわずかに目を見開いた。


「止めなくていいの?」


「止める理由がないわ」


かおりは、穏やかに言った。


「私は“作る人”でいたいだけ。広げるか、守るかを決めるのは、領主の仕事でしょう?」


「……それを、私に任せる?」


「最初から、そのつもりよ」


かおりは笑った。無責任な笑いではない。

線を越えないと決めた人間の、軽さだった。



「私が前に出るとね」


かおりは、ぽつりと続ける。


「たぶん、全部が速くなる。便利で、効率的で、正しい方向に」


「でも――」


言葉を探すように、少しだけ間を置く。


「それは、この場所の“選択”じゃなくなる」


誰かが与えた正解。誰かが敷いた道。


「それはもう、ここじゃない」



リーナは、静かに頷いた。


「だから、私は“減らす判断”をしたわ。求められても、全部は渡さない。説明はする。でも、再現は任せない」


「うん」


「それで、人が離れるかもしれない。それでもいい」


即答だった。


「残る人が、この場所を選んだ人なら」



外では、木を打つ音がしている。

家が、少しずつ増えている音だ。


「ねえ、リーナ」


「何?」


「困ったら、相談して」


それだけ。


助けるとは言わない。指示もしない。


「判断は、あなたがして。私は、隣にいる」


リーナは、初めて少しだけ肩の力を抜いた。


「……ありがとう」



夜。


かおりは一人で、ランプを灯した倉庫に戻った。


今日も、何も“新しいもの”は作っていない。

けれど。


(踏み出さないっていうのも、案外大事ね)


世界はまだ壊れていない。それならそれでいい。紙束を一つ、棚に戻す。


この場所が、この速度で進む限り。

かおりは、前に出ない。


それが――彼女自身の、選択だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ