善意が広がりすぎる
違和感は、静かに始まった。
最初に気づいたのは、朝の配給所だった。
「……あれ?」
かおりは、並べられた籠を見て小さく首を傾げた。
パンの数が、いつもより多い。野菜も、干し肉も。
「今日、多くない?」
声をかけると、担当している青年が少し困ったように笑った。
「ええ。隣村から来た人が増えまして」
「仕事を探してるって言うから、食事くらいはって」
「……隣村?」
聞き返すと、青年は頷いた。
「噂を聞いたそうです。この村は、暮らしやすいって」
かおりは、胸の奥で小さく何かが鳴るのを感じた。
その日の昼。
広場では、見慣れない顔が増えていた。
旅装のままの者、粗末な袋を背負った者、家族連れ。
共通しているのは――
「ここ、仕事ありますか?」
「食べ物は分けてもらえるって聞いて」
誰も悪意はない。
切羽詰まった様子も、必死さも、正直に伝わってくる。
「……あ」
子供たちが、いつものようにリバーシブルで遊んでいる。
だが、今日は盤の周りに大人が立っていた。
「それ、売ってもらえないか?」
「うちの村でも流行りそうだ」
子供たちは得意げに胸を張る。
「これね!すごく面白いんだよ!」
その無邪気さが、かおりの胸を少し締めつけた。
夕方。
倉庫で整理をしていると、ミリャが駆け込んできた。
「かおり!ちょっといいか!」
「どうしたの?」
「川沿いに、簡易小屋が出来始めてる」
「住む場所がない人たちが、勝手に……」
「追い返したの?」
「いや……出来なかった」
ミリャは視線を落とした。
「子供連れもいるし、腹減ってるし」
「『ここは優しい村だ』って言われるとさ……」
言葉が、続かなかった。
夜。
かおりは、一人で考えていた。
(助けることは、悪くない)
(むしろ、正しい)
だが。
(“助けられる”って噂が広がったら?)
人は、集まる。
仕事の数より、早く。
食料の生産より、早く。
「……善意が、追いつかなくなる」
それは、昔どこかで聞いた話と同じだった。
支える余裕があるうちは、問題にならない。
だが、余裕を超えた瞬間――
善意は、不満に変わる。
翌朝。
リーナの館では、報告が山のように積まれていた。
「滞在者、昨日より三割増」
「配給量の見直しが必要です」
「仕事を割り振れない者が出始めています」
リーナは、黙って聞いていた。
「……追い返す、という選択肢は?」
補佐役が慎重に言う。
「可能です。ただし――評判は落ちます」
「ええ」
リーナは即答した。
「でも、このままでは、村が壊れます」
沈黙。
「善意は、資源です」
「無限ではありません」
その言葉は、冷たいようで、現実的だった。
その頃、かおりは畑にいた。
土を触りながら、考える。
(私は、何も決めてない)
(決める役目は、もう私じゃない)
それでも、心が落ち着かない。
そこへ、リーナがやって来た。
「かおり様」
「……リーナ」
二人は、畑の端で並んで立った。
「人が増えましたね」
「ええ」
「助けるのは、正しいです」
「……はい」
「でも、全員は、無理です」
かおりは、ゆっくり頷いた。
「わかってる」
それでも、言葉に詰まる。
「線引きが、必要なんですよね」
「はい」
リーナは、少しだけ表情を緩めた。
「それを決めるのが、統治です」
夜。
簡易小屋の灯りが、川沿いに点々と並ぶ。
村は、確かに“良い場所”になった。
だからこそ、人が集まった。
「……成功、なんだよね」
かおりは、そう呟く。
だが、成功はいつも、次の問題を連れてくる。
善意が広がりすぎた、その先で。
誰かが、選ばなければならない。
その役目は――
もう、彼女ではない。
そしてそれが、正しいのだと。
かおりは、自分に言い聞かせるように、夜空を見上げた。




