静かな発注、宝の山の整理
動きは、早かった。
かおりが工房を出てから、そう時間は経っていない。それなのに――
「……もう?」
建築現場の方から戻ってきたかおりは、木工師の工房前の様子を見て目を瞬いた。
人が多い。明らかに、いつもより多い。
板材が運び込まれ、削り台が増やされ、手の空いていた職人や手伝いの者たちまで動員されている。
「早速だなあ……」
その中心にいたのは、リーナだった。
図面を手に、木工師と何かを確認し、時折うなずきながら指示を出している。
迷いがない。
「これは当たる、って読んだんでしょうね」
かおりは、思わず笑った。
「市民用を優先で」
「数を出します。質は一定で!」
「家紋の焼き印は、必須で」
落ち着いた声。
だが内容は、完全に“量産の指示”だ。
木工師も、最初の戸惑いは消えていた。
「……わかった!手の空いてる連中も回そう」
「お願いします」
そのやり取りを見て、かおりは胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
「産業ができるって……こういうことなんだ」
特別な魔道具でも、画期的な発明でもない。
ただの遊び道具。
それでも――
人が動き、仕事が生まれ、金が回り始める。
「いいことだよね」
かおりは、心からそう思った。
さて。
ひと段落ついたところで、かおりは自分の役目に戻ることにした。
「私は……倉庫の整理でもしようかな」
誰もが忙しくなってくると、後回しにされがちな作業。
でも、今やっておかないと、後で必ず困る。
特に――
「古紙回収品」
倉庫の奥。
積み上げられた紙の山を見て、かおりは苦笑する。
「ちょっと前まで、完全にゴミ扱いだったのに」
今では、料理、保存、遊び、考え方。
あらゆる“種”が詰まった宝箱だ。
「でも、探すたびに掘り返すのは……効率悪すぎ」
かおりは、作業台を引き寄せ、紙束を一つずつ手に取っていく。
「よし、分類しよう」
簡単な木箱を並べ、札を書く。
・料理、保存食
・遊戯、娯楽
・生活知識
・歴史、思想
・技術、道具
・その他
「完璧じゃなくていいのよ」
「探しやすければ」
ページをめくり、内容をざっと確認して箱へ入れる。
黙々と、ひたすら。
「……これ、当時は暇つぶしで読んでたのにな」
料理雑誌を入れながら、少しだけ懐かしくなる。
「まさか、世界を越えて役に立つとは」
途中で、ふと手が止まる。
「……これも、一種のインフラよね」
道も、水も、建物も。
でも、知識の整理もまた、土台だ。
「慌てないための準備」
「混乱しないための余白」
かおりは、箱の位置を少しずつ整えながら、そう思った。
夕方。
倉庫の中は、見違えるほどすっきりしていた。
「……うん」
額の汗を拭い、満足そうに頷く。
「これで、次に何か思いついても、慌てずに済む」
外では、木工師たちの作業音が続いている。
建築現場からは、槌の音も聞こえる。
人が動き、物が生まれ、生活が形になっていく。
「焦らなくていい。でも、止まらない」
かおりは、倉庫の扉を静かに閉めた。
この場所は、もう“仮の拠点”じゃない。
少しずつ、確実に――
暮らしと産業が根を張り始めていた。




