小さな黒白、大きな芽
確かに、この地を発展させるには人口も必要だけど――
お金も、必要よね。
かおりは、倉庫の隅で膝を抱えるように座り、天井を見上げていた。
「今は……多分、お父様からの資金提供がある」
伯爵家の後ろ盾。
それは、安心材料でもあり――同時に、期限付きの猶予でもある。
「でも、いつまでも頼ってはいられないわよね……」
売上。
運転資金。
税収。
「皆が豊かにならなければ、税も増えない。領地の収入って……会社経営に、似てる?」
ふっと、苦笑する。
「とは言っても、大きな事はいきなり無理」
武器になる産業。
独占できる技術。
――それは、まだ早すぎる。
「……何か、小さくて、でも継続できるもの」
思考の糸を辿る。
「そうだ」
かおりは、立ち上がり、倉庫の奥へ向かった。
「古紙回収品……」
今や、この山は“お宝”だ。
当初はただの紙の束だったものが、生活を、考え方を、少しずつ変えてきた。
「まさか、こんな価値が出るとはね……」
本をめくる。
温泉地特集。
観光案内。
旅行雑誌。
「温泉あるし、温泉地……?」
すぐに首を振る。
「ダメね!そもそも、“旅を楽しむ”発想が無い」
移動は危険。
時間は労働。
娯楽としての旅行は、貴族のもの。
「観光地化は……今は無理」
次。
技術書。
「……ダメ!これは、まだ早い」
扱いを誤れば、支配力になる。
争いを呼ぶ。
「レシピは、ギリギリ安全。でも、私が居なくなったら……」
胸の奥が、少しだけ冷える。
「最後に何も残らない、っていうのも……嫌ね」
農業書。
加工品の記述。
「農産物の生産……加工品……」
無難。
堅実。
だが――
「時間がかかる」
今すぐの“芽”には、少し遠い。
「んー……」
その時。
一冊の、薄い本が目に留まった。
「……漫画?」
異世界転生――ではなく、ただの娯楽漫画。
読んだ事は無いが、ぱらりと開く。
「……あ」
そこに描かれていたのは。
「リバーシブル……あ、オセロね」
遊戯。
黒と白。
単純なルール。
「そういえば……」
記憶が蘇る。
「おじいちゃんの相手するのに、覚えたんだっけ。将棋と囲碁もやったな……」
チェスは知らない。
でも。
「これは……簡単」
盤は八×八。
木の表裏。
「材料は、木」
「特別な技術はいらない」
「戦争にも使えない」
くすっと、笑う。
「しかも……人が集まる」
人が集まれば、話す。
話せば、関係が生まれる。
「……売れる、かも」
盤を作る。
ルールを教える。
「高級品じゃなくていい。誰でも買える価格で」
子供も大人も。身分も関係ない。
「娯楽って……心の余裕だもの」
かおりは、静かに頷いた。
「まずは、リバーシブル。小さな黒と白から、始めよう」
大きな産業ではない。
けれど。
「この領地に、“遊び”が生まれる」
それは、確実に“生活”の証だった。
古紙の山の中から見つけた、小さな発想。
だがそれは、静かに――
この地に、新しい芽を生やし始めていた。




