試作と線引き
作業台の上には、ばらした部品が並んでいた。
車椅子のフレームを参考にした簡易構造。
足用補助器具の関節部。
小型の風の魔石。
魔力の流れを制御するための、簡単な導線。
「……まずは、形ね」
かおりはそう呟きながら、手を動かしていた。
動力付き車椅子。
補助付き歩行器。
どちらも“治す”ものではない。
けれど、“楽にする”ことはできる。
「力を足すだけ!ほんの少しでいい」
風魔法なら、押す方向に軽く力を添えることができる。
人が動こうとした、その瞬間にだけ。
「常時はダメ。それだと……」
無意識のうちに、身体を任せてしまう。
だから、出力は低く。
反応は鈍く。
あくまで“補助”。
そう考えながら、魔石の配置を微調整していた、その時。
「……その辺で、一度止めておこうかの」
背後から、爺さんの声がした。
「え?」
かおりは振り返る。
爺さんは、杖を突きながら、作業台の横まで来ていた。
表情は穏やかだが、どこかいつもと違う。
「何か……問題ありますか?」
「技術的には、無い」
即答だった。
「むしろ、よく考えとる」
その言葉に、かおりは少し安堵する。
「じゃあ……」
「じゃがな」
爺さんは、杖の先で床を軽く叩いた。
「線を引かねばならん」
「……線?」
「そうじゃ」
爺さんは、作業台の部品一つ一つに目をやる。
「これは。魔道具ではない」
「……?」
「“生活補助具”として扱え」
はっきりとした口調だった。
「魔法で動く以上、魔道具と呼ばれかねん。だが、それを認めた瞬間に用途は、勝手に広がる」
かおりは、息を呑んだ。
「治療」
「戦闘」
「兵器転用」
「……量産」
一つ一つ、爺さんは言葉にしていく。
「お主は、そこまで望んでおらんじゃろ?」
「……はい」
かおりは、即座に頷いた。
「誰かを楽にしたいだけです。歩けない人が、少し動けるようになるとか」
「押す人が、少し楽になるとか。それだけで……」
「十分じゃ」
爺さんは、満足そうに頷く。
「だから、条件を決める」
爺さんは、指を一本立てた。
「これは“治療”ではない」
「治す道具ではなく」
「生活を支える道具」
二本目。
「兵器転用不可」
「出力は、意図的に低く抑える」
「速度も、力も」
「人を押し倒せぬ程度まで」
三本目。
「量産は禁止」
「必要な者に」
「必要な分だけ」
「管理下で作る」
四本目。
「設計は、外に出さぬ」
「仕組みを理解できるのは」
「ここに居る者だけじゃ」
かおりは、黙って聞いていた。
頭の中で、言葉が一つずつ噛み合っていく。
「……便利なものほど」
ぽつりと、口から零れた。
「制限が、必要なんですね」
爺さんは、にやりと笑った。
「そういうことじゃ。便利はな。人を助けるが、同時に、道を誤らせる」
かおりは、作業台に視線を戻す。
もし、これを強くすれば。
もし、速くすれば。
もし、誰でも使えるようにすれば。
「……怖いですね」
正直な気持ちだった。
「じゃが」
爺さんは、かおりの肩に、軽く手を置いた。
「それを分かっておる者が作るなら。まだ、希望はある」
かおりは、深く息を吸った。
「……分かりました」
「出力は、最低限にします」
「わざと、弱く」
「補助にしかならないように」
「それでいい」
爺さんは、満足そうに頷いた。
「お主は、もう」
「ただの発明家ではない」
その言葉に、かおりは顔を上げる。
「作ったものを」
「どう扱うかを、考える側じゃ」
少しだけ、胸が重くなった。
でも、不思議と嫌ではなかった。
「……管理する側、ですか」
「そうじゃ」
爺さんは、楽しそうに笑う。
「面倒じゃが」
「それが出来る者は、少ない」
かおりは、再び工具を手に取った。
「じゃあ」
「試作、続けます」
「条件付きで」
「うむ」
爺さんは、満足そうに頷いた。
その日の作業台の上には、
“便利さ”よりも
“安全”と“制限”を重視した設計図が増えていった。
それは、派手ではない。
だが確かに。
この世界で長く生きるための、
大切な一歩だった。




