重さと発想
「……んー……」
かおりは、腕を組んだまま唸っていた。
話は聞いた。
侯爵家のご令嬢。
足が不自由。
政治的な意味合い。
成功すれば恩。失敗すれば――。
「……中々の重大責任よね」
しかも相手は侯爵。
領主より上。
下手なことをすれば、何をされるか分からない。
「正直、怖いわ」
爺さんも、ミリャも、そこは誤魔化さなかった。
「ただし」
「断れば、別の誰かが口を出す」
「それが、より酷い形になる可能性もある」
かおりは、深く息を吐いた。
「……やるにしても」
「治す、じゃない」
「“楽にする”」
「それなら、私にも出来るかもしれない」
◇
話を聞き終えたあと。
かおりは、無意識のうちに倉庫へ足を向けていた。
「確か……」
棚を一つ一つ見ていく。
「回収品……」
「処分予定……」
「……あ」
埃をかぶった、大きな物体。
「……車椅子」
元の世界の、古い型。
パンクしたタイヤ。
錆びたフレーム。
「この世界にも、似たのはあるって言ってたわね」
ただし、話を聞く限り、
構造は単純で、重く、操作に力がいる。
「比べると……」
かおりは、元の世界のそれを撫でた。
「やっぱり、こっちの方が合理的」
折りたたみ構造。
重心設計。
手元の操作性。
「……これに」
「動力を付けたら?」
人力補助。
いや、完全自動でなくていい。
「少し、押してくれるだけで」
「負担は、かなり減る」
「まずは……ここで再現、よね」
この世界の材料。
この世界の魔力。
「じゃないと、意味がない」
◇
さらに、倉庫を漁る。
「……あー……」
今度は、小さめの器具。
「足用の補助器具……」
大人用。
しかも、片方だけ。
「何でこんなのまであるのよ……」
思わず苦笑する。
「ほんと、何でもかんでも倉庫に放り込んでたわね、私」
だが、形を見る。
関節。
固定具。
負荷を逃がす構造。
「……応用、出来そう」
大人用を、そのまま使うのは無理。
だが、構造を縮小すれば――。
「子供用に、作り直す」
「軽くして」
「成長に合わせて、調整出来るように」
かおりの目が、少しずつ真剣になっていく。
◇
「……関節部分!ここが、肝よね」
単純な固定では、意味がない。
動こうとした時に、助ける。
「……魔法」
ふと、ミリャの言葉を思い出す。
生活魔法。
風。
圧。
「風の魔石……空気の圧力で、補助をかける?」
動かそうとした方向に、
少しだけ力を足す。
「常時じゃなくて、必要な時だけ」
「……うん。悪くない」
魔石は小型。
出力も抑える。
暴走しないよう、物理構造で制限。
「補助、だから歩けるようにする、じゃない」
「“動こうとした意思”を」
「支えるだけ」
◇
かおりは、作業台に向かい、紙を広げた。
車椅子の構造図。
補助器具の関節。
魔石の配置。
「……これ」
「魔道具というより」
「生活道具ね」
そして、ふと気づく。
「……あ」
「これ」
「もし、侯爵家の話がなくても」
「必要な人、いるわよね」
戦で傷を負った人。
事故で足を悪くした人。
年老いた人。
「……やっぱり」
「慎重に、やろう」
政治の道具には、しない。
でも、閉じ込めもしない。
「まずは」
「試作品」
「それから……」
かおりは、静かにペンを走らせた。
「出来るかどうか、じゃない」
「どう作るか、ね」
責任は、重い。
でも。
それ以上に。
「……放っておく方が」
「後味、悪いわよね」
倉庫の中。
静かな明かりの下で。
かおりの発想は、
誰かの未来へ、少しずつ形を取り始めていた。




