最初の持ち込み
森の朝は、静かだった。
だが、その静けさを、踏み慣れない足音が破る。
「……ここ、だよな」
倉庫の前で足を止めたのは、三十代半ばほどの男だった。
革鎧はくたびれ、剣もよく手入れされている。
典型的な、街の冒険者だ。
「副産物処理場……」
建物を見上げ、喉を鳴らす。
「……本当に、こんな所で」
周囲を見回すが、人の気配はある。
だが、騒がしさはない。
男は、腰の袋を叩いた。
中には、透明になった魔石が五つ。
価値は、ほぼない。
だが、捨てるのは気が引ける。
「……ええい」
覚悟を決め、倉庫の扉を叩いた。
◇
「来たぞ」
爺さんが、短く言った。
かおりは、作業の手を止める。
「……本当に来るものなんですね」
「最初は、こういう連中じゃ」
「困ってるが、深入りしたくない」
爺さんは、表情を切り替えた。
「さて、“演技”じゃ」
倉庫の一角が、仕切られる。
魔力集束板は布で覆われ、充電器は奥へ。
表に出るのは、簡素な台と木箱だけ。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ」
爺さんは、杖を鳴らす。
「わしが話す」
扉が開く。
男が、一歩踏み入れた瞬間、空気が変わる。
「……失礼」
「何用じゃ」
爺さんの声は、低く、事務的だ。
「空の魔石を……引き取ってもらえると聞いて」
男は、袋を差し出した。
「……確認する」
爺さんは、袋を受け取り、無造作に中を見る。
「五つか」
「再利用は、しない」
「了承しておるな?」
「はい」
「では、こちらへ」
男を、倉庫の端へ案内する。
そこには、魔力を吸い取る“処理槽”――
という名目の、ただの木箱が置かれていた。
爺さんは、儀式めいた動作で魔石を入れる。
「……終わりじゃ」
「え?」
「処理は、内部で行う」
「立ち会いは不要」
男は、拍子抜けしたように瞬いた。
「……それだけ?」
「それ以上、見たいか?」
「い、いえ!」
男は、慌てて首を振る。
「危険と聞いてますし」
「なら、帰るがよい」
「……ありがとうございました」
男は、そそくさと立ち去った。
◇
扉が閉まった瞬間。
「……ふぅ」
かおりが、息を吐いた。
「怖かった……」
「上出来じゃ」
爺さんは、満足そうに言う。
「深入りさせんのが、肝要」
「見せるのは、最低限」
すぐに、内部作業に切り替わる。
布が外され、集束板が姿を現す。
「じゃあ……」
かおりは、魔石を手に取った。
「内部確認」
五つの魔石は、完全に空だ。
「劣化は……許容範囲」
「一度、通しましょう」
魔力充電器が、静かに起動する。
集束板に、淡い光が走る。
「……きれい」
かおりは、呟いた。
表では、“処理”。
中では、“再調整”。
同じ行為が、全く違う意味を持つ。
「……これ」
かおりは、爺さんを見る。
「本当に、世界変えますよね」
「じゃから、隠す」
爺さんは、即答した。
「世の中はな」
「良い物ほど、奪われる」
魔石の一つが、薄く色を取り戻す。
「……成功」
「初回としては、十分じゃ」
かおりは、胸を撫で下ろした。
「外に見せた顔と」
「中の本当の姿」
「……違いすぎますね」
「それで良い」
爺さんは、杖を床に立てる。
「二つを混ぜたら、壊れる」
倉庫の外では、風が木々を揺らしていた。
最初の持ち込みは、無事終わった。
誰も騒がず、
誰も疑わず。
処理場は、処理場として機能した。
そして、その裏側で――
静かに、次の準備が進んでいた。




