夜学の裏ボス、おばちゃん無双
「……今日も多いですね」
夜の倉庫を見渡しながら、かおりは小さくため息をついた。
机は満席。椅子も満席。立ち見までいる。
「ライブ会場かな?」
「こんばんはー!」
「今日は満点取るぞー!」
「じいさんに負けたままは嫌だ!」
仕事終わりの大人たちが、なぜか部活みたいなテンションで続々と入ってくる。どうして勉強に闘志を燃やしているのか。
そして最前列には、いつものおじいちゃん。今日も一番乗りだ。
「もう住んでません?」
その隣に、見慣れない人物が座っていた。市場で野菜を売っているおばちゃんだ。腕組みしてどっしり構えている姿は、妙な貫禄がある。
「あれ、夜学来るの初めてですよね?」
「今日な。計算、ちゃんと覚えとこうと思って」
声が低い。なんか強そう。
授業開始。
「今日は計算強化日ですー」
「「「おおー!」」」
だからなんで盛り上がるの。
「銅貨12枚×7袋は?」
「はい!」商人の兄ちゃんが手を挙げる。「84!」
「正解ー」
「よっしゃ!」
順調。いつもの流れ。
「じゃあ、27×18は?」
ぴたりと止まる空気。指を折り、ぶつぶつ計算する声。
その時。
「486」
ぽつり、と声。
全員が振り向く。おばちゃんだった。
「……今、暗算?」
「いつもやってるしな」
「何を!?」
「大根37本×単価23銅貨、とか」
「日常が応用問題すぎる!!」
かおりも思わず乗る。
「じゃ、36×24は?」
「864」
即答。
「15×15は?」
「225」
「125×8は?」
「1000」
「電卓!?」
「何それ」
ざわざわと教室が揺れる。
「強すぎる……」
「チートだろ」
「裏ボス来た」
商人が震えている。
「俺、商人なのに負けてる……」
おばちゃんは首をかしげた。
「なんで皆そんな遅いんだ?」
「世界基準があなたなんです!」
紙をひょいと取り上げる。
「まとめて足した方が早いだろ」
さらさらと式を書き換える。
「あ……」
「ほんとだ、楽だ」
「早っ」
「天才か」
気づけば周囲に人だかり。
「先生、ここ教えて」
「このまとめ方どうやるの?」
「もう先生側じゃないですか!?」
自然に第二講師が爆誕した。
「いやほんと助かりますけど!」
「別に。商売人は計算できなきゃ死ぬ」
台詞が強い。かっこよすぎる。
後ろではおじいちゃんが真剣な顔で呟く。
「……負けた」
「対抗心やめて!?」
「次は暗算もやる」
「ガチ勢が進化してる!!」
わいわい、がやがや、笑い声が止まらない。酒場みたいに騒がしいのに、ちゃんと皆勉強しているのが不思議だ。
「……なんか、講師増えてません?」
かおりが言うと、隣のリーナがにこっと笑った。
「自走し始めましたね」
「教育が勝手に進化してる……」
その時。
「先生ー!」
「はい!?」
「チョーク足りなーい!」
「また!?」
「机も足りない!」
「増えすぎ!!」
「あとおばちゃんが黒板使ってるー!」
「乗っ取られてる!!」
黒板には達筆で【暗算のコツ まとめて考えろ】と書かれていた。完全に先生の字である。
かおりは思わず吹き出した。
「……まぁ、いっか」
騒がしくて、うるさくて、でもみんな楽しそうで。出来た瞬間の、あの嬉しそうな顔がある限り。
夜学は今日も、酒場みたいな笑い声と一緒に、少しずつ賢くなっていくのだった。
本日の最強:市場のおばちゃん!




