人を育てるという投資
「……という訳で」
かおりは机の上に紙を並べた。
簡単な図。丸と矢印。
自分でも笑ってしまうくらい雑な設計図。
「学校……ですか?」
リーナが首を傾げる。隣で補佐官も同じ顔をしていた。
「うーん、学校って言うと少し違うかも?どちらかと言うと……作業の基礎訓練所?」
「訓練所」
その言葉に、リーナの目が少しだけ鋭くなる。
領主の顔だ。
「詳しく聞きましょう」
かおりは頷いた。
「今って、人は増えてますよね?」
「ええ。保護民も増えましたし、仕事も増えています」
「でも現場って、見て覚えろ方式ばっかりじゃないですか」
「だから最初、絶対混乱するんですよ」
昨日見た広場の光景を思い出す。
籠を取り合って、ぐちゃぐちゃになっていた子供たち。
「道具も仕組みも揃ってるのに、“使える人”が足りてない感じがして」
紙に描いた図を指差す。
「ここで最初に、読み書き。次に数の計算。道具の使い方に仕事の流れ」
「これを軽く教えてから現場に出せば、いきなり放り込むより絶対スムーズだと思うんです」
部屋が静かになる。
リーナは腕を組み、目を閉じた。
しばらくして。
「……なるほど」
ゆっくり目を開く。
「確かに」
「最近、同じ報告が増えていました。新人が手順を理解していない。簡単な計算が出来ず在庫が合わない。教える側の負担が大きい」
「その都度、現場で怒鳴って覚えさせていましたが……効率は良くありませんね」
補佐官も頷く。
「人手は増えているのに、生産効率が比例しない理由はそこか……」
「ですです」
かおりは勢いよく頷いた。
「最初に“基礎”をまとめて教えた方が、結果的に早いと思うんです。私の世界ではそれが普通だったので」
「普通……」
リーナが小さく笑う。
「かおりさんの“普通”は、いつも領地を変えますね」
「良い意味で」
少し照れる。
「でも費用は掛かりますよ?」
補佐官が現実的な指摘をする。
「建物、人員、時間。すぐ利益にはなりません」
その言葉に。
リーナは即答した。
「投資です」
きっぱり。迷いゼロ。
「人材は最大の資産です」
「道具や建物は壊れますが、人は経験を積めば積むほど価値が増す」
「ならば最初から育てた方が安い」
さすが領主。決断が早い。
「まずは小規模で始めましょう」
指示が飛ぶ。
「空き倉庫を一つ改装をし、読み書き出来る者を講師に。午前は子供、午後は新規雇用者、夜は希望者」
「試験運用です」
「もうやる前提!?」
かおりが思わず声を上げる。
「当然です」
リーナがにっこり笑う。
「かおりさんの提案で失敗した例がありませんから」
「責任重大なんですが!?」
部屋に小さな笑いが起きる。
でも。その空気は不思議と明るかった。
武器でもなく、魔法でもなく。
“教える場所を作る”という話で。
こんなに前向きになるなんて。
「……なんか」
胸の奥がじんわり温かい。道具を作った時とも。料理を広めた時とも。
少し違う感覚。もっとゆっくり。もっと長く効く感じ。
「これが一番、地味だけど一番効くやつかもね」
小さく呟く。
「はい?」
「いえ、独り言です」
窓の外。子供たちの声が聞こえる。
あの子たちが。文字を読めて。計算が出来て。仕事を覚えて。
この領地を回していく。
「……悪くないなぁ」
かおりは、少しだけ誇らしい気持ちで笑った。
次に作るのは。道具でも料理でもなく。
未来そのものだ。




