回り始めた歯車としばらく休む勇気
シフト制を導入してから、数日。
ようやく。本当にようやく。
工場に「落ち着き」というものが戻ってきた。
朝組が入り。昼組が交代し。
夜組が静かに麺を干す。
ガヤガヤも、怒鳴り声もないし、慌てて走る人もいない。
ただ淡々と。
規則正しく、一定のリズムで。
工場が、呼吸しているみたいに動いていた。
「……はぁ〜……」
かおりは工房の入口で、ぐっと伸びをする。
「落ち着いたぁ……」
心の底から出た声だった。少し前まで地獄だった。小麦の山。止まらない荷馬車。
揉める商人と寝不足の職人。
「まさか、こんな大事になるとは……」
苦笑が漏れる。
「ちょっとした提案、のつもりだったのに……」
乾燥させただけだ。ただ麺を干しただけ。
それだけで。工場が出来て。雇用が増えて。
商人が列を作って。三交代制になって。
もはや完全に。
「……産業じゃん」
小さく呟く。料理の延長のつもりだったのに。いつの間にか「食料工業」になっていた。スケールがおかしい。
「でもまぁ……」
視線を外へ向けると整然と並ぶ荷馬車。
受付で笑って話す商人。
忙しくも楽しそうに働く人たち。悪くない。
むしろ、すごくいい。
「加工賃も入るしね」
リーナから聞いた数字を思い出す。
正直、目を疑った。
「え、そんなに?」ってなった。
乾燥麺って儲かるのね……。
「領が潤うなら問題無し、と」
うんうんと一人で頷く。税も増える。
仕事も増えるし、生活も安定する。
文句の付け所がない。
その時。ふと、背筋に冷たいものが走った。
「……あ」
嫌な予感。自分の思考を振り返る。
乾燥麺でこれ。カレーで騒動。ラーメンで人だかり。餃子で厨房拡張。
もし今、ここで。
「新メニュー追加しましたー」
とかやったら?想像する。香りに釣られて人が押し寄せ店がパンク。厨房崩壊。
工場も人手取られる。
職人不足に商人混乱そうなれば、リーナが頭抱える。
「……ダメだこれ」
即却下。
「こりゃー当分、新しいメニューやらない方がいいわ……」
腕を組んで真顔になる。
「絶対混乱するし間違いなく極みコース。カレー屋もラーメン屋も巻き添え、私が殺される」
最後物騒。
「……うん。やめよう」
自分会議、即決。今は拡張より安定。
増やすより整える。
「回ってる物を、ちゃんと回す方が大事よね」
これはきっと。前の世界で仕事してた時も、同じだった気がする。
新企画よりは、まず運用にまず現場。
「よし」
深呼吸。
「しばらく私は裏方に回ろ」
新しい物を作るのは、少しお休みし、今ある物を、ちゃんと根付かせる。
その方がきっと、この領地のためになる。
工場から、規則正しい音が響く。
トン、トン、トン。麺を切る音。
それはもう、騒がしい音じゃない。
安心する音だった。
「……落ち着くわね」
かおりは小さく笑う。嵐の後の静けさ。
いや。嵐を越えて。
やっと「日常」になった音だった。
「さて」
肩を回しながら歩き出す。
「今日は久しぶりに、のんびりお茶でも飲もっかな」
そんな普通のことを考えられる。
それだけで。
少しだけ、幸せだった。




