回らない工場と並び過ぎる商人
「……足りない」
かおりは、ぼそっと呟いた。
「全然、足りない……」
目の前。小麦袋の山。
延ばしても、切っても、干しても。
減らないし、むしろ増えてる。
「次の持ち込みでーす!」
「まだ来るの!?」
「あと五台!」
「うそでしょ!?」
工房内に悲鳴が響く。昨日からずっとこんな調子だ。乾燥麺工房。
本来は「備蓄+少量販売」のはずだった。
それが今や。完全に――
加工工場。
しかもフル稼働で朝から晩まで休む暇がない。
「かおりさん……腕が上がりません……」
「私も……粉練りすぎて指が……」
「乾燥棚、夜通し見張りです……」
職人たちが、半分溶けている。目が死んでる。いかん。これはいかん。
ブラック工房になってしまう。
「ダメダメダメ!」
かおりは慌てて手を振る。
「これ続けたら絶対倒れる!」
「ですよねぇ……」
全員、即同意。そこへ。
「やはり限界が来ましたか」
いつもの落ち着いた声のリーナ登場。
この人、タイミング完璧すぎるし、絶対どこかで見てる。
「リーナさん……」
「状況は把握しています」
外を指差す。
「そして、あちらも」
視線の先の工房前。
「うちは先に来てるんだぞ!」
「いや順番だろうが!」
「早く加工してくれないと出発できねぇ!」
「積み荷腐るんだよ!」
商人たちが揉めていた。ちょっとした言い合い。軽く押し合い。
……取り合いである。
「うわぁ……」
「人気商品ですね」
「笑ってる場合じゃないですよ!?」
「加工待ちが三日以上です」
「順番で揉めています」
「このままでは、いずれ喧嘩になりますね」
淡々と怖いこと言う。
「ど、どうしましょう……」
リーナは少し考え。ぱん、と手を打った。
「二つ、やりましょう」
「二つ?」
「一つ」
指を一本立てる。
「シフト制にします」
「……シフト?」
「朝組、昼組、夜組」
「三交代制に分けます」
「工房は常時稼働」
「休む人はしっかり休む」
「働く時間を固定する」
なるほど。前世の工場スタイルだ。
「それなら負担は分散できますね……!」
「ええ。増員も同時に行います」
「やった……人増える……」
涙出そう。
「そして二つ目」
もう一本指。
「受付制にします」
「受付制?」
「持ち込み順ではなく」
「日付予約制」
「今日はここまで、と線を引きます」
「……あ!」
「順番争いを無くします」
「来た順の取り合いは非効率ですから」
さすが。完全に運営側の発想。
その日の午後。
「はい、今日の受付ここまでー!」
「次は三日後でーす!」
「番号札配ります!」
「予約書いてくださーい!」
工房前が、まるで役所みたいになった。
商人たちも最初は文句を言ったが。
「確実に加工してもらえる」
「待ち時間が読める」
と分かると、意外と素直に従った。
むしろ。
「じゃあその間、別の町回ってくるか」
「効率いいなこれ」
とか言い出している。たくましい。そして工房内。
「交代時間でーす!」
「夜組入りまーす!」
「お疲れ様でしたー!」
人が入れ替わる。流れが止まらない。
でも、無理もない。
「……すご」
かおりはぽかんと見渡す。昨日までの地獄が嘘みたいだ。ちゃんと“回っている”。
「これが“仕組み”です」
隣でリーナが言う。
「人は、気合いでは長続きしません」
「回る形にしなければ」
「……」
「あとは勝手に回ります」
その通りだった。誰かが無理しなくても。
工場は、自然に動いている。
「ほんと……」
かおりは苦笑する。
「道具作って、ご飯作ってただけなのに」
「いつの間にか工場長みたいになってる……」
「諦めてください」
「ですよねー……」
二人で小さく笑った。
その夜。乾燥棚には、また新しい麺が揺れ。
外には整然と並ぶ荷馬車。
揉め事はなく。工房の灯りは消えず。
静かに。力強く。
この領地の「産業」が、回り続けていた。




