並び始めた荷馬車
乾燥麺工房は、今日も朝から動いていた。
ごと、ごと、ごと。延ばし台の音。
ざっ、ざっ。粉をふるう音。
ぱき、ぱき。乾いた麺を束ねる音。
「次の生地いくぞー!」
「乾燥棚空けろー!」
「計量終わり!」
掛け声が飛び交う。
数日前までは試作と改良の場だったここは、もう完全に――
生産現場になっていた。
「……ほんと、工場だよねこれ」
腕を組みながら、かおりはしみじみ呟く。
今作っているのは販売用ではない。
主に保存用。
領内備蓄と、冬越し用。
「とりあえず作れるだけ作る」が合言葉だ。
小麦はたくさんある。保存食はいくらあっても困らない。そういう段階だった。
――はずだった。
「ん?」
昼前。
外から、やけに騒がしい音がする。
馬のいななき。車輪の軋み。人の声。
「何だろ……?」
工房の外に出てみる。そして。
「……え?」
思わず固まった。道の先。
ずらり。ずらりずらりずらり。
荷馬車の列。
一台や二台じゃない。十台以上。
いや、もっと。列が途切れない。
「な、なにこれ……?」
行商隊?いや違う。
全部、荷台いっぱいに――
小麦袋。
山のように積まれている。
「かおりさん!」
商人の一人が手を振る。見覚えのある顔だ。
「どうしたんですかこれ!?」
「依頼に来ました!」
「依頼?」
「ええ!」
にかっと笑う。
「乾燥麺に加工して欲しいんです!」
「……へ?」
聞けば。どうやら商人同士の口コミらしい。
『あの領地で作ってる乾いた麺、めちゃくちゃ便利だぞ』
『腐らない』『積みやすい』『すぐ食える』
『長旅の保存食に最高』
そんな噂が一気に広まったらしい。
「いやぁ助かるんですよ!」
別の商人も言う。
「小麦のままだと湿気るし、虫も出るし、嵩張る!」
「でも乾燥麺なら半分以下になりますからね!」
「積載量が全然違うんですよ!」
「保存も楽!」
「旅が楽!」
「最高です!」
口々に絶賛。
「……そ、そうなんだ」
かおりはぽかん。完全に想定外。
保存用のつもりだったのに……
いつの間にか交易商品になってる……
まただ。また勝手に広がってる。
そこへ。
「面白いことになっていますね」
いつの間にかリーナ登場。状況を一目見て。
にっこり。
「あらまぁ」
楽しそう。絶対楽しんでる。
「これは……どうします?」
かおりが聞く。
「受けます」
即答。
「ですよねー……」
分かってた。この人が断るわけない。
「加工賃をいただきましょう。持ち込み原料、こちら加工。利益も出ます。仕事も増えます」
「……」
さらっと計算してる。早い。
決断が早すぎる。
「人、足りなくなりますよ?」
「増員します」
「乾燥棚足りなくなりますよ?」
「増設します」
「私の仕事量が」
「増えますね」
にっこり。
「うわぁ……」
逃げ道ゼロ。
その日の午後。
「持ち込み分こっちー!」
「計量急げー!」
「乾燥棚もう満杯だぞ!」
「次の棟準備!」
工房は一気に戦場になった。朝とは比べ物にならない忙しさ。
小麦袋の山。
次々に捏ねられる生地。干しても干しても足りない棚。
「ちょ、ちょっと待って!量おかしくない!?」
「まだ後ろに三台います!」
「うそでしょ!?」
悲鳴混じりの笑い。でも。
誰も嫌そうじゃない。むしろ、楽しそうだ。
「……なんか」
汗を拭きながら、かおりは呟く。
「本当に産業になっちゃったなぁ」
保存食の延長。ちょっと便利にしただけ。
それだけだったのに。気付けば。
外の商人が列を作って。
「加工してください」って頭を下げてる。
前の世界なら、工場とかメーカーとか、そういう話だ。それが今。目の前で起きている。
「かおりさん」
リーナが横に並ぶ。
「忙しくなりましたね」
「ですね……」
「でも、悪くないでしょう?」
工房の喧騒を見る。笑ってる職人。
働く人。回る荷馬車。動くお金。
「……はい」
自然と笑みがこぼれた。
「悪くないです」
むしろ。ちょっと誇らしい。
その日から。乾燥麺工房は――
備蓄のための場所ではなく。
交易のための工場へと、姿を変えた。
そして。
翌朝。
さらに長い荷馬車の列が並んだのは。
また、別の話である。




