始動!
「乾燥麺工房、始動……というわけで、乾燥麺です」
机の上に並べられた、細長い棒。
ぱっと見は、薪か何かにしか見えない。
けれど。
「茹でれば、戻ります」
かおりの説明に、リーナは一本手に取った。
軽い。驚くほど軽い。
「保存は?」
「数か月はいけます。湿気さえ避ければもっと」
「……」
リーナは無言で、もう一本折る。
――パキッ。乾いた音。
それが、やけに大きく響いた。
「これは」
ぽつりと呟く。
「生活を変えますね」
「やっぱりそう思います?」
「ええ。確実に」
即答だった。迷いが一切ない。
領主の顔だ。
「凶作時の備蓄になります。遠方への輸送も容易。兵の携行食にもなる。冬の保存食にも」
指折り数えながら、次々と用途を挙げていく。
かおりは途中から、あ、これ……もう私の手を離れたやつだ!?
と察した。
これは料理じゃない。
政策だ。そして。
「ふふ」
小さく笑うリーナ。
「流石、かおりさん」
「嫌な予感しかしない笑い方ですね?」
「増やしましょう」
「やっぱり!」
「工房を作ります」
さらっと、とんでもないことを言う。
「専用の乾燥麺工房を」
「こうぼう!?」
「ええ。個人製作では間に合いません」
書類を引き寄せ、さらさらと図を書き始める。
「捏ね場、延ばし台、裁断、乾燥棚、保管庫……」
「待って待って!規模が!」
「標準化します」
止まらない。
「長さ、重さ、太さを統一。誰が作っても同品質。量産体制に移行。交易品目に追加」
「……早すぎません!?」
「善は急げです」
にっこり。
もう決定事項だった。
翌日。旧倉庫の一角。
「よし、ここを改装だ!」
「棚は高く組め!」
「風通しを作れ!」
職人たちが、どたばたと動き回っている。
大工、鍛冶師、木工士。
総出。
完全に工事現場。
「……え?」
かおりは呆然と立ち尽くした。
「昨日決めたばっかりですよね?」
隣でリーナが涼しい顔。
「ええ」
「もう始まってるんですけど」
「ええ」
「早くないですか!?」
「早い方が良いでしょう?」
満面の笑み。
この人、決断が戦場レベルで速い。
「かおりさん!」
職人が呼ぶ。
「捏ね台の高さ、これでいいか!?」
「乾燥棚は何段必要だ!?」
「麺の幅、基準くれ!」
「え、あ、はい!?ちょっと待って!?」
一斉に質問攻め。
「私、開発責任者みたいになってません!?」
「その通りです」
即答。逃げ場なし。気付けば。
粉まみれになっていた。
捏ねる。
伸ばす。
切る。
吊るす。
ずらりと並ぶ麺。
工房いっぱいに広がる、小麦の匂い。
洗濯物みたいに揺れる乾燥麺。
その光景を見て。
「……すご」
思わず呟いた。個人で作ってた量とは、桁が違う。これはもう。
産業だ。
「これが毎日作られるんですね」
リーナが満足げに言う。
「備蓄も、交易も、一気に進みます」
「ただの麺なのに……」
「いいえ」
首を振る。
「ただの麺ではありません」
真っ直ぐに、かおりを見る。
「これは“安心”です」
その言葉に、胸が少し熱くなった。
ああ。そっか。私は。
安心を作ってるんだ。
「よーし!」
ぱん、と手を叩く。
「まずは乾燥パスタから量産開始!」
職人たちが声を上げる。
「おう!」
工房に活気が満ちる。
こうして。かおりの“ちょっと作ってみた”は――
ついに。
乾燥麺工房という、新しい産業へと進化したのだった。




