食の施設
数日後。現場では。
「なんだこの広さ!?」
「厨房というより倉庫だぞ!」
「いや、工場だろこれ……」
基礎からして、もう違った。
太い梁。広い床面。大型の煙突。
完全に“飲食店の裏”の規模ではない。
食の生産施設。
そんな言葉が似合う空間になっていく。
その様子を、少し離れた場所から眺めながら。
リーナは小さく息を吐いた。
「……きっと、また驚くでしょうね」
かおりの顔が浮かぶ。
「なんでこんな大げさに!?」と慌てる姿が目に見える。
でも。それでいい。彼女は作る人。
自分は、支える人。
「あなたが自由に作れる場所を、用意するのが私の役目ですから」
ぽつりと、誰にも聞こえない声で呟いた。
店ではない。屋台でもない。
これはもう――
領地の“食産業”の始まりだった。
工事の槌音が、今日も高く響いている。
新しい未来を打ち鳴らすように。
「それにしても……」
巨大な調理場の中央で、かおりはぽつんと立ち尽くした。
視線をゆっくり動かす。
大鍋が並び。薪が山積みされ。
野菜の箱が何十個も積まれ。
粉袋が壁際にずらり。
人も、道具も、規模も。全部がおかしい。
「……私の知ってる“厨房”じゃないんだけど」
小声で呟く。
前世で見たのは、せいぜい家庭のキッチンか、学食の裏側くらいだ。
こんな――
「完全に工場じゃん……」
思わず天井を見上げる。高すぎる。
声が少し響く。
料理する場所の高さじゃない。
「これ、もう“ご飯作る場所”ってレベル超えてない?」
「はい」
隣でリーナが即答した。
「食事生産施設です」
「言い切った!?」
その時。
「スープ用の骨、追加で運びます!」
「野菜洗浄終わりましたー!」
「粉、計量完了!」
次々に声が飛ぶ。誰も迷っていない。
誰も指示待ちしていない。
それぞれが自分の仕事を理解して、自然に動いている。
「……あれ?」
かおり、瞬きをする。
「私、何も言ってないよね?」
「はい」
「なのに回ってる……」
「はい」
「……私、いらなくない?」
「いります」
即答、二回目。
「ここを動かしているのは人手です」
リーナが静かに言う。
「ですが“何を作るか”を決めているのは、かおりさんです」
「……」
「道具も、料理も、仕組みも」
にこりと微笑む。
「最初の一歩は、いつもあなたでしょう?」
その言葉に。胸の奥が、じんわり熱くなった。
思い出す。最初は、ただ。
うどんが食べたかっただけ。
ラーメンが食べたかっただけ。
餃子が食べたかっただけ。
それだけだったのに。気付けば。
領地中の人が食べて。仕事が生まれて。
建物が建って。工場が出来て。
「……スケールおかしくない?」
自分で自分にツッコミを入れる。
でも。悪い気は、しなかった。
「まあ、いっか」
ふっと笑う。
「私一人で台所に立ってるより、こっちの方が楽しそうだし」
鍋を覗き込む。湯気の向こう。
忙しく働く人たち。
笑い声。包丁の音。薪の爆ぜる音。
生活の音。
「……うん」
小さく頷く。
「これも、悪くない景色だわ」
そして腕まくり。
「よーし」
くるっと振り返る。
「じゃあ次は――ラーメンスープの大量仕込み、地獄のレシピ作りますか!」
「「おおー!!」」
「ちょ、なんでみんなやる気満々なの!?」
今日もまた。
かおりの「ちょっと作ってみよう」は。
領地を一段、進めてしまうのだった。




