店ではなく工場という選択
机の上に広げられた図面。
木炭で引かれた線。厨房の配置。
壁の位置。釜と作業台の並び。
リーナは腕を組み、それを静かに眺めていた。
「……悪くありませんね」
カレー屋の隣にラーメン屋。
店舗は二つ。裏手の調理場を共有。
理にかなっている。
無駄も少ない。
十分、現実的な設計だ。
――だが。
「……本当に、これで足りますか?」
ぽつりと呟いた。思い出す。
温泉。
リバーシブル。
農具。
荷車。
物流。
そして――カレーとラーメン。
かおりが「ちょっと」と言って始めたものは、
いつも。
必ず、大きくなる。
本人にその自覚が無いのが、また厄介なのだが。
「ラーメンの次は……何でしょうね」
麺。香辛料。
恐らく、まだ増える。間違いなく増える。
「その度に、増築?」
非効率だ。
壁を壊し、また建て、また壊す。
そんなことを繰り返していては、金も人手も無駄になる。
領地運営としては下策。
ならば――
「最初から」
視線が図面の裏手に止まる。
「……“店”として考えるのが間違いですね!工場にしましょう」
その一言だった。
翌朝。
設計士と職人頭を呼びつける。
「こちらを書き換えます」
差し出したのは、赤線だらけの図面。
「え……?」
「厨房を共有、ではなく統合」
「統合?」
「大規模調理場を一つ。各店舗は“配膳口”だけを持たせます」
職人たちが顔を見合わせる。
「つまり……裏は全部繋げる、と?」
「はい」
リーナは迷いなく頷いた。
「釜を増設可能な配置。仕込み専用区画。
乾燥庫、保存庫、粉挽き場」
次々と指示を出す。
「今後、新料理が増えても壁を壊さず対応できる構造に」
「……新料理、ですか?」
「ええ」
少し笑う。
「必ず増えますから」
全員、妙に納得した顔になった。
「ああ……確かに……」
「また何か始めますよね、あの方」
「間違いなく」
満場一致だった。
「ラーメン屋の店舗部分はそのまま!裏手だけ、別物に作り替えますれカレー屋の裏も同様に!完成後、壁を打ち抜けば即連結可能」
職人頭が唸る。
「……最初からそこまでやるんですか」
「はい」
「金も人もかかりますよ?」
「今払うか、後で三倍払うかの違いです」
即答。
「将来の手間を買います」
その声には、一切の迷いがなかった。
数日後。
現場では。
「なんだこの広さ!?」
「厨房というより倉庫だぞ!」
「いや、工場だろこれ……」
基礎からして、もう違った。
太い梁。
広い床面。
大型の煙突。
完全に“飲食店の裏”の規模ではない。
食の生産施設。
そんな言葉が似合う空間になっていく。
その様子を、少し離れた場所から眺めながら。
リーナは小さく息を吐いた。
「……きっと、また驚くでしょうね」
かおりの顔が浮かぶ。
「なんでこんな大げさに!?」と慌てる姿が目に見える。
でも。それでいい。彼女は作る人。
自分は、支える人。
「あなたが自由に作れる場所を、用意するのが私の役目ですから」
ぽつりと、誰にも聞こえない声で呟いた。
店ではない。
屋台でもない。これはもう――
領地の“食産業”の始まりだった。
工事の槌音が、今日も高く響いている。
新しい未来を打ち鳴らすように。




