開店初日、そして次の一手
「さーて……」
朝の空気を吸い込みながら、かおりは店の前に立った。
まだ新しい木の匂い。
磨かれた看板。整然と並んだ机と椅子。
――本日オープン。
ついに、この日が来た。
「場所は変わったけど……」
袖をまくる。
「やる事は同じ、よね!」
仕込みは完了。
大鍋のカレーは十分。
米も炊き上がっている。
香辛料の配合も準備済み。
人員配置も昨日の通し確認どおり。
「……大丈夫。いける」
そう呟いた瞬間。
「もう並んでますよー!」
外から声。
「早っ!?」
扉の隙間から覗くと、
既に十数人。
「楽しみにしてたんだ」
「新しい店、広いなぁ」
そんな声まで聞こえる。
胸の奥が、じんわり温かくなった。
「よし!」
パンッと手を叩く。
「行くわよ!」
「「はいっ!!」」
扉が開いた。
結果から言えば――
「……あれ?」
昼過ぎ。
かおりは首を傾げた。
「思ったより……落ち着いてる?」
大混乱。
怒号。
鍋パンク。
そんな地獄を覚悟していたのに。
「次、三皿お願いしますー!」
「盛り付けいけます!」
「配膳通ります!」
きちんと、回っている。
流れがある。
以前の領主館より、ずっと静かだ。
「……そっか」
多分もう、皆。
一度はカレーを食べた事がある。
未知の料理じゃない。だから混乱がない。
「慣れって、凄いなぁ……」
一息ついて、壁にもたれる。
「となると……」
頭が、勝手に次を考え始める。
「メニュー、増やした方が良いのかな?」
同じ味だけだと、いずれ飽きる。
でも。
「いきなり何種類もは無理よね……」
仕込みが地獄になる。人も回らない。
「だったら――」
鍋を見る。
「今のを“普通”として……」
指折り数える。
「甘口、辛口、とか?」
後から足すだけ。
ベースは同じ。オペレーションは崩れない。
「……いけるかも」
小さな改良。でも確実な変化。
それくらいが、この領地には丁度いい。
「かおりさん!」
「はい?」
「追加五皿です!」
「はーい、今いく!」
鍋に向かいながら、ふっと笑う。
私、いつの間にか。
料理人というより――
完全に、店長思考になってるわね。
でも。
悪くない。むしろ、ちょっと楽しい。
新店舗初日。
大きな混乱もなく、穏やかに、確実に。
カレー屋は、町に根付き始めていた。
そして、かおりの頭の中ではもう――
次の味の実験が始まっているのだった。




