建ってしまった覚悟
「……しかし、リーナさん」
かおりは、町の外れに立ち尽くしていた。
「もう出来てるんですが……」
数日前まで更地だった場所に、
しっかりとした造りの建物が立っている。
看板はまだ無い。けれど、どう見ても――
店だ。
「えらい気合いの入れ方だな……」
思わず、乾いた笑いが漏れる。
建て始めた、じゃなくて
建ってる、ってどういう事よ。
領主館へ戻ると、
相変わらずの光景が広がっていた。
列。
香り。
鍋の音。
「いらっしゃいませー!」
「次の方どうぞ!」
増えた人手が、きちんと機能している。
まだ不慣れな動きはあるが、それでも流れは止まらない。
「……回ってる、か」
人が増えたおかげで、
以前のような無理は減った。
一人が倒れそうになる前に、誰かが支える。
厨房が、“個人技”から“組織”に変わり始めていた。
かおりは、鍋の前で深く息を吸う。
「……よし」
ここまで来たら、中途半端は許されない。
「こっちも、気合い入れないと」
味を守る。人を育てる。流れを崩さない。
それは、料理を作る以上に、重たい仕事。
でも。
「……まあ」
ふっと、口元が緩む。
「嫌いじゃない、かも」
領主館は、まだ“仮の店”だがその仮は、もう日常になりつつある。
そして、町の外れに建った建物は――
逃げ道の無い、次の舞台だった。
新店舗の前に立ち、かおりは腕を組んだ。
「……さて」
建物は、もう完成している。机も椅子も入った。鍋も、釜も、香辛料棚も。
問題はそこじゃない。
「動くかどうか、よね」
人。流れ。判断。
一つでも詰まれば、全部止まる。
かおりは紙を広げた。
「まず、動線」
仕込み担当。調理担当。配膳担当。
「ここで交差すると、確実にぶつかる……」
鍋の前で止まる人。香辛料棚で詰まる人。
頭の中で、人を動かす。
「……一度、通しでやろう」
実際に火は使わない。
「声だけ出して」
「はい!」
「次、鍋空きます!」
「盛り付け入ります!」
声が、少しずつ重なり始める。
「待って!そこ被ってる!」
修正。また修正。
次は――
「味」
かおりは、鍋を見下ろした。
「ここでは“挑戦”はしない」
冒険しない。尖らせない。
「いつ来ても、同じ味」
それだけを、守る。
スパイスは、事前に配合。
火加減は、担当固定。
「迷ったら、止める。勝手に足さない」
皆、真剣に頷く。
最後に――
「心構え」
かおりは、一同を見渡した。
「ここは、流行り物じゃない」
「一回で終わる店でもない」
少し、間を置く。
「続ける店です」
その言葉に、空気が変わった。
試し営業は、まだ。だが、もう準備は始まっている。
「……よし」
かおりは、小さく頷いた。
「開ける覚悟は、出来たかな」
新店舗オープンまで、あと少し。
そして――
本当の忙しさは、これからだった。




