白い選択
鍋を前にして、かおりは腕を組んだ。
「……うん。今日は、やめておこう」
商人の所で買ってきた香辛料たち。
それを並べて眺めながら、胸の奥に小さな不安が浮かぶ。
前回のラーメン騒動。
あの時の匂いと人だかりを思い出すだけで、ため息が出た。
「これ、下手に手を出したら……また騒ぎになるわよね」
香辛料は香りが強い。
少し加減を間違えれば、家の外まで匂いが漏れるのは目に見えている。
「お腹も空いてるし、今日は安全策で行こう」
視線を移した先には、バターと乳製品。
小麦もある。
「……クリームシチューにしよう」
これなら刺激も少なく、香りも穏やか。
この世界の材料でも、無理なく再現できる。
鍋を洗い直し、火を入れる。
バターを溶かし、小麦粉を加えて、ゆっくり混ぜる。
「この工程は慣れてきたわね」
少しずつ乳白色になっていく鍋の中。
立ち上る匂いは、ほっとする優しい香りだ。
野菜を入れ、コトコト煮込む。
部屋の中は静かで、外が騒がしくなる気配もない。
「うん、これでいい」
何でも一気にやる必要はない。
急がなくてもいい。
「順番、順番」
かおりは鍋を見つめながら、そう呟いた。
白い湯気が、穏やかに部屋を満たしていった。
ふぅ〜。
久々に、ちゃんと落ち着いて食べた気がする。
優しい味のシチューを平らげて、かおりは椅子に深くもたれた。
「……さて」
視線は、部屋の隅に置かれた香辛料の袋へ向く。
「本命のカレー、どうしようかしら?」
頭の中で、あの独特な香りを思い出す。
鍋に火をかけた瞬間、立ち上る刺激的な匂い。
間違いなく、外まで届く。
「……大騒動は、もう勘弁してほしいのよね」
しばらく考え込み、ふと顔を上げる。
「……あ」
小さく、手を打った。
「入口に、看板立てればいいのか」
紙と炭筆を持ち出し、さらさらと文字を書く。
――
只今、新商品メニュー実験中!
上手くいったらレシピ公開しますので、しばらくお待ちください。
――
「……うん」
少し眺めてから、満足そうに頷く。
「これなら、いきなり押しかけられる事は無い……はず」
完全に防げる気はしないけれど、何もしないよりはいい。
看板を入口に立てかけ、部屋に戻る。
香辛料の袋を一つ手に取った。
「さーて……」
小さく息を吸って、笑う。
「やってみますか」
こうして、かおりの――
次なる挑戦の鍋が、静かに火にかけられた。




