静かな皮、次の一歩
「……待てよ」
かおりは、部屋の中でふと足を止めた。
製麺機の件も一段落。
スープの匂い騒動も、今は落ち着いている。
――今なら、少しだけ“静かな実験”ができそうだった。
「餃子の皮なら……いけるんじゃない?」
小麦。
水。
塩。
特別な香りも、強い匂いも出ない。
茹でるわけでも、長時間煮込むわけでもない。
「うん。これなら平和」
◇
思い出すのは、倉庫を探していた時のこと。
「そういえば……」
寸胴鍋を引っ張り出した時、奥に転がっていた道具。
「手回しの……ミンチ機」
当時はラーメンで頭がいっぱいで、軽く確認しただけだった。でも、構造は単純。
刃も問題なさそうだった。
「挽肉、作れるわね」
家畜は、もういる。
加工も、少量なら問題ない。
「皮があって、挽肉があって……」
自然と、頭の中で完成図が組み上がっていく。
「包む作業は……人手がいるかもだけど」
それはそれで、楽しいかもしれない。
◇
机に腰掛け、軽く伸びをする。
「今日やると、また徹夜になりそうだし」
ラーメンの一件が、脳裏をよぎる。
「……明日にしよう」
無理はしない。急がない。
最近、少しずつ身についた判断だった。
◇
窓の外は、穏やかだった。
工場の方角からは、かすかに金属音が聞こえる。
誰かが、今日も何かを作っている。
「私だけが動かなくても、世界は回る」
そう思えるようになった自分に、少し驚きながら。
「じゃあ次は……餃子、ね」
かおりは小さく笑った。
強い香りも、派手な変化もない。
けれど――
またひとつ、“生活に溶ける何か”が生まれそうな予感だけは、確かにあった。
――次の日。
「さて……」
かおりは腕まくりをして、作業台の前に立った。
「だいぶ、小麦を練るのも慣れてきたわね」
手のひらで生地を押し、畳み、また押す。
感触で水分量がわかるようになってきた自分に、少しだけ感心する。
「最初の頃は、粉まみれだったのに」
生地を薄く伸ばし、型抜きで丸く抜く。
同じ大きさの皮が、作業台に並んでいく。
「まさか、皮から作る日が来るとは思わなかったわ〜」
思わず苦笑する。
「でも……やっぱり、何かを作るのは楽しいわね」
◇
次は挽肉。
手回しのミンチ機を固定し、肉を入れて、くるくると回す。
「よし、問題なし」
受け皿に落ちていく挽肉を確認して、頷く。
「それから……」
包丁を手に取り、キャベツっぽい葉物を刻む。
とん、とん、とん。
「うん、この音、いいわね」
最後に――
「やっぱり、大蒜は外せないわよね〜」
刻み始めた瞬間、ふわっと香りが立つ。
「……あ、でもこれは騒ぎにならない程度で」
そう言い聞かせながら、量を控えめにする。
皮、具材、下準備。
全てが、静かに、順調に進んでいく。
「今日は……平和に終わりそうね」
かおりは、そう呟いて、小さく微笑んだ。




