香りが先に完成してしまった日
「……まさか、こんな事になるなんて……」
かおりは、家の前に集まった人だかりを見渡しながら、乾いた笑いを浮かべていた。
ついさっきまで、静かな朝だったはずなのに。
「ですから!まだ完成してないんです!」
そう言って必死に説明する。
「昨日から煮込んでたスープで……えっと……料理の途中段階で……」
一応、念のためにと簡単な作り方を書いた紙も配った。
「これ、レシピです。まだ試作中なので……」
「まさか、匂いだけでここまでになるとは……」
だが。
「かおりさん!」
ぐいっと一歩前に出てきたのは、リーナだった。
「私は……途中でも、食べたいです」
「え?」
「え?」
かおりの思考が、一瞬止まる。
「え、えーっと……」
「まだ、スープしか無いんですけど……?」
「では、そのスープを」
即答だった。
「は、はっい!」
反射的に返事をしてしまう。
鍋を火にかけ、器に注ぐ。
まだ未完成。
本来は麺と合わさって初めて完成するはずのもの。
だが。
リーナは、静かに一口すする。
「……」
一瞬の沈黙。
「ん……」
そして、目を見開いた。
「……嗅いだことの無い香りです」
「まさか……これほどのものが、ここで出来るなんて……」
周囲がざわつく。
「……でも?」
リーナは、かおりを見る。
「これは、スープだけで完成では無いのですよね?」
「え、えーっと……はい」
「スパゲッティの麺みたいなのを、このスープに入れて絡めて食べる感じです」
「ほう……」
興味津々、という表情だった。
「それは……いつ完成しますか?」
「初めて作るので……」
正直に答える。
「上手く行くか、わかりませんが……」
「昼には……たぶん……」
「分かりました」
にこり、と微笑んで。
「では、また来ます」
「えー!!」
思わず声が出た。
人だかりは、名残惜しそうに散っていく。
だが、空気は完全に変わってしまっていた。
「……まずい」
かおりは、鍋を見下ろした。
「これは……逃げられない流れだわ……」
◇
「……手回しの製麺機……」
かおりは倉庫へ飛び込んだ。
「確か……前に……」
古紙回収品の山、木箱、工具。
ひっくり返しながら探す。
「……あった!!」
埃を被った、手回しの製麺機。
「セーフ……!」
胸を撫で下ろす。
「よし……やるしかないわね……」
小麦粉を用意して。。。
「こねて……休ませて……」
頭の中で、うどんの時の感覚を思い出す。
「……いける」
生地を伸ばし、製麺機に通す。
きし、きし、と音を立てながら、細長い麺が生まれていく。
「……ラーメン、だわ」
湯を沸かし、試しに茹でる。
「……硬さ、確認……」
少し噛む。
「……うん」
「……昼には、間に合いそう」
家の外では、まだどこかそわそわした気配が残っていた。
香りだけが、先に完成してしまった朝。
かおりは、覚悟を決めて呟いた。
「……よし」
「今日は、ちゃんと完成させるわよ」




